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2.聞く

 初日だからということで、アルヴィア様はわたしの側で仕事を覚えることになった。



「実は覚えることなんて殆どないんです。ただ、訪れた人の話を聞くだけ」



 だけど、その『ただ聞くだけ』ってことが、意外な程に難しい。

 話を聞いていると、反論をしたくなることが多々あるし、しょっちゅう耳を塞ぎたくなる。逃げ出したくなることもしばしばだし、泣きそうになるのも一度や二度じゃない。

 だけど、それらを顔には出さず、真摯に耳を傾ける――――ないし傾けている振りをする――――ことがどれほど大変か知っている人は、そんなに多くないと思う。



「分かりました! 精一杯勉強させてもらいます」



 そう言ってアルヴィア様はメモとペンを片手に、実に爽やかな笑みを浮かべる。



(良い人だなぁ……)



 しんみりしていると、開門を知らせるベルが鳴る。と同時に、相談者たちが建物の中へと入って来る気配がした。

 唾を呑み、息を整える。心に重厚な鎧を纏うような感じだ。これをしないと、後でえらくきつい目に合うので、かなり重要だったりする。



「いよいよですね」



 アルヴィア様が、興奮したような面持ちでそんなことを言う。

 相談員にはそれぞれ小さな個室が与えられ、そこで相談者たちの話を聞くようになっている。扉がノックされ、本日最初の相談者が中へと入ってきた。



「聞いておくれよ、リュシーさん!」



 朝一番にやって来るのは、殆どが高齢の常連さんだ。彼等は話し相手を求めて、こうしてここにやって来る。

 『王太子の耳』ってネーミングだけあって、本当は国への意見だとか要望なんかを聞くために用意された場所だっていうのに、実際は家庭内のいざこざや友人間のトラブルも含め、ありとあらゆる相談事が寄せられる。

 だからといって邪険にすることも、話を聞かないってこともできない。そこは腐っても『王太子の耳』。寄せられるのがどんな声であれ、国民に寄り添う必要があるからだ。



「そうだったんですね」



 一通り主張を聞き終えてから相槌を打てば、相談者は少しだけ満足した表情を浮かべる。



(想いを受け止めてもらえないのは辛いものね)



 きっと彼等は、誰にも言えない悩みや想いを、こうしてわたし達にぶつけている。助言なんて必要なくて、ただ話を聞いて欲しい――――そんな人が山程居るし、彼等の気持ちはよく分かる。だってわたしも、彼等と全く同じだから。


 だけど、当然ながら、そうじゃない相談者もたくさん存在する。




「王政なんてくだらないもの、即刻廃止しろと言っているだろう!」



 厳しい罵声。出来る限り心を無にして、ゴクリと小さく唾を呑む。



「お前達貴族や王族が俺達に何をしてくれた? 金をむしり取るだけむしり取って、毎日毎日贅沢三昧! 何一つしてくれないじゃないか! 存在する意義がない! そうは思わないか?」


「それは――――――戴いたご意見については、必ずや王太子殿下にお伝えいたします」


「そんなことを聞いているんじゃない! お前自身はどう思うのか聞いているんだ!」



 一番困るのは、こうして意見を求められる時だ。どう答えても角が立つうえ、精神的に物凄く苦しい。王族を貶すことはできないし、かといって貴族や王政の素晴らしさを説こうものなら、余計に激怒させてしまうだろう。否定も肯定もできない――――相手もそうと分かっていて、わたしに意見を求めてくるのだ。



「どの家に生まれてくるかなんて、誰にも決められないだろう! 能力のない者が上に立ち、真に能力のある者が埋もれていく。そんな世の中で良いのか!?」


(怖い。逃げ出したい)



 そんなこと、わたしに言ったって仕方がないじゃない。国の仕組みも、身分も、何もかも、わたしとは全然関係のないところで決まっている。こういう意見をどれだけ上にあげても、焼き捨てられるのがオチだ。

 そうと分かっていて話を聞かなきゃならない――――なんて地獄みたいな時間なんだろう。



「そうですよね。辛いですよね。変えて行かなきゃいけませんよね」



 出来る限り相談者の気持ちに寄り添うことが大事だって分かっているのに、そうすると漏れなく相手の感情がなだれ込んでくる。その上、自分の心だって捨てきれない。感情の渦に溺れて苦しくなる――――それでも、わたしのことは誰も助けてなんかくれない。寄り添ってなんかくれない。

 相手の気が済むまで、ひたすら話を聞き続ける――――それが、わたしに出来る全てだった。




「――――想像していたより、ずっと大変な仕事なんですね」



 先程の相談者が帰った後、アルヴィア様が神妙な顔つきで呟く。彼は驚いたみたいだけど、こんなの日常茶飯事だ。取り立てて特別ってわけではないし、いちいち凹んでいたら身がもたないって分かってる。それでも――――



「……そうですね。ホント、大変」



 心からの想いを胸に、そんな風に返答する。

 この仕事をしているのはわたしだけじゃない。苦しんでるのは皆同じ。

 だからこそ、ここを作った王太子を少しだけ恨めしく思ってしまう。



「どうして王太子殿下は、こんな部署を作ったんでしょうね」



 あった方が良いってことは分かってる。

 国民の悲しみや怒りの捌け口。それがあるだけで、暴動や混乱はいくらか抑えられるだろうから。


 だけど、そのせいでわたしは――――わたしの心は犠牲になっている。こんな言い方をするのは間違っているんだろうけど、そんな風に感じているのは事実だ。



「民の不満がこんなに溜まっているとは知らなかったんでしょうね。彼はどうあっても、守られた場所に居ますから」



 小さくため息を吐きながら、アルヴィア様はそっと目を伏せる。



「識字率が高ければ、王都に意見箱を置けば事足りる。だけど、それでは不十分だからと相談所を設けたんだと思います」


「…………そうなんでしょうね」



 事実ここには、文字を読めない、書けない人だって訪れる。貧困にあえぎ、その日食べるパンや水にも事欠く人もいる。そういう人でも『困っている!』って国に声を届けられる。その意義はとても大きい。



(本当に届くのなら、だけど)



 相談室の扉がまた開く。目尻をそっと拭い、わたしは偽りの笑みを浮かべた。

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