(3)後編
短めのつもりがそれなりに長くなってしまいました。
評価、ブクマ、いいねくださった皆様、ありがとうございました。
2月5日恋愛ジャンル日間5位まであがってました。
久しぶりにランキングチェックして入っていると、とても嬉しいです!
鍛錬場では、剣術クラスの授業が行われている。
私とアレク様は、時に背中あわせに、またある時はまるでダンスでもするように互いの身体をうまく使いながら対戦相手を追い詰めていた。
既に5年もこうやって一緒に特訓しているので慣れたものだ。
もちろん、私は一緒に動いているだけで剣も魔法での補助もしていない。
あくまでもアレク様の剣術授業なのだ。
「アレクシス殿下、ゴールデンバルト侯爵令嬢と仲が良いのは分かりますが、流石に授業中は離れても良いのでは?」
「それは出来ぬ」
「ゴールデンバルト侯爵令嬢も、危ないから剣術の時間ぐらいは見学なさっては?」
「ご心配ありがとうございます先生。ですが、私アレク様から離れることはできませんの」
「そ、そうですか……」
事情を知らない剣術指導の先生は、今日も懲りずに注意をなさったけれど、私も殿下もそれを聞き入れるわけにはいかない。
殿下と国の命運がかかっているのだから。
離れられないからこそ、私達はあれから5年、このスタイルでの戦い方を必死に身につけ、放課後は共に並んで執務をこなして来た。
慎みなく触れているからこそ、それ以外では侮られぬよう、常に優秀な彼と並んで学ぶ立場を脅かされぬよう、勉学もそれまで以上に必死に学んできた。
王太子妃教育を個別にすることも出来ぬ以上、お義母様や秘密を共有する周囲に助けられながら実践の中で王家に嫁ぐに恥ずかしくないよう様々なものを身につけて来たのだ。
だって、私は彼を…アレク様を助けると決めたのだから。
私が彼の足を引っ張って瑕疵となってはいけない。
天恵で命と心を救っても、彼の大切にしている『未来の王としてこの国を支える』という願いと立場を救えなくなってしまうのでは意味がないと、私は誰よりも知っているのだから。
*****
今夜は、国王陛下の誕生日を祝う夜会が王宮で開かれていた。
国内外から多くの賓客が参加するこの夜会は、毎年開かれる夜会の中でも特に大きなものだ。
当然のように、私はアレク様から贈られたドレスを身に纏い参加している。
最初の曲から2曲続けて踊った後は、他の方からダンスに誘われるのを避ける為、ホールの横にある談話エリアでアレク様と共に他国からの賓客との外交を担っていた。
優秀なアレク様に教えて頂いたおかげで、今では私も近隣国家の言葉は不自由なく使いこなしている。
そうして、隣国の第二王子殿下と互いの国の特産物についてや、関税の見直しなどについての考え方を議論していた時であった。
「ご歓談中失礼致します。アレクシス殿下、私共にもウルリッヒ殿下へご挨拶させて頂くことは出来ますでしょうか?」
「ああ、へーブラー公爵にヘッケン公爵、それに……ご令嬢方もご一緒か?そうだな、せっかくの機会だ。ウルリッヒ殿、ご存知の顔もあるだろうが、彼らは我が国の公爵とそのご令嬢だ。挨拶したいそうなので、お時間を頂いても良いだろうか?」
「そうなのですね。もちろん構いませんよ」
王族同士の話を遮って割り込むという非礼をしてまで寄って来たのは、5大公爵家の次席であり財務大臣のへーブラー公爵閣下と、末席であり大法官のヘッケン公爵閣下、そして彼らの娘であるリオニー・へーブラー嬢とイーリッカ・ヘッケン嬢だ。
公爵方は国王陛下や私の父とも同年輩であり、彼女達はどちらも頻繁に学園で声を掛けてくる令嬢たちでもある。
「お久しぶりですな、ウルリッヒ殿下。覚えておいででしょうか?以前外務大臣を務めていた折に、貴国の王宮にて何度かお目にかかりましたアロンザ・へーブラーでございます。今は財務大臣でございますが。殿下は2年前にお会いした時より、実に逞しくご立派になられましたなぁ」
「もちろん覚えているよ、へーブラー公爵。あなたは変わりないようでなによりだ」
「いやはや、まだまだ若い者たちに任せられぬことも多いものですから、老いぼれるわけにはまいりませぬ。こちらは私の娘のリオニーと申します。息子は愚妻に似て融通の利かぬ堅物ですが、リオニーは我が娘ながらなかなか賢く美しく育った娘でしてな」
「お目にかかれて嬉しいですわ。リオニー・へーブラーでございます。父から殿下は優秀な方だと良く話に聞いてはおりましたが、こんなに凛々しくて素敵な方だなんて、もっと早く教えてくれなかった父を恨みますわ」
「ははは、そのように褒めていただけると面映いですね。こちらこそ、美しい令嬢にお会いできて嬉しく思いますよ」
私には普段学園でもキツイ目を向けてくるリオニー嬢が、まるでアレク様を見るときのような目をウルリッヒ殿下に向けているのに気付いた。
確かに彼は太陽のような笑顔と少し日に焼けた肌が、明るい金髪と空色の瞳に良く似合った美丈夫で、アレク様とはまた違った魅力のある方だと思う。
私同様そのことに気付いたアレク様が、私にコクリと頷いてみせたので、私は左手首の腕輪の石にそっと触れた。
「おお、ウルリッヒ殿下に私もご挨拶を!お初にお目にかかります。私はベナット・ヘッケン。爵位は公爵位を頂いておりますが、代々我が家は大法官を務めております」
「ヘッケン公爵、貴家のお名前は我が国のものもよく存じておりますよ。建国の折に聖女様を輩出された家柄とか」
「なんと!ご存知でしたか。まあ、その血をあまり他国へ出さぬためということで、我が家はあまり国外へ出ないもので、娘も国を出たことがないのですよ。是非殿下からも、我が娘イーリッカにもキーナン国のことをお聞かせ頂ければこれも喜ぶでしょう」
「はじめまして、ウルリッヒ第二王子殿下。私、ベナットの長女でイーリッカでございます。先祖同様、聖魔法を得意としておりますのよ。私、殿下のお国のこと、殿下のこと、色々教えて頂けたら嬉しいですわ」
「貴女のような可憐な女性に我が国に興味を持って頂けるとは、今日は兄の代理で伺って正解でしたね」
しばらくすると、ただ会話をして公爵たちの対応をしてるだけのはずの第二王子殿下が、次第にリオニーとイーリッカだけを見つめ続けていて、その瞳は愛しい者を見るように甘く蕩けはじめている。
ウルリッヒ殿下は、左右にリオニーとイーリッカの手を取り甘く微笑みながら、嬉しそうに声を弾ませてキーナン国の話をしている。
リオニーとイーリッカも互いを目線で牽制しながらも、殿下を見上げる視線はどちらも多分に媚を含んでいる。
その様子は、何も知らなければ一目惚れでもしたかのように他者の目には映るだろう。
けれど、私達は知っている。
いや、ずっとずっとこんな瞬間を探していたのだ。
私は腕輪の石にもう一度触れた……ある合図を関係者に送るために。
ポワリと赤く光を放つ石を見て、会場にいた事情を知る者たちが息を呑んだのが不思議と分かる。
アレク様と私は涙が滲みそうになりながら互いを見つめ合った後、そっと繋いだ手を離した。
そう、私達はずっとずっと離さなかった二人の距離を、5年ぶりに5センチ以上離したのだ。
その様子を、私も、両陛下も、王弟殿下も、私の両親も、隠蔽魔法で姿を消していた魔道師団員たちもじっと見つめていた。
アレク様は、私から数歩離れて……目を丸くして自分の両掌と私を交互に見て、ゆっくりと息を吐くように小さく呟いた。
「痛くない。異常もない。それに……私の愛しいディアが、今、この時も誰よりも愛おしい」
「アレク様……本当に?良かった、本当に良かったですわね」
ギュッと拳を握り締めて額に押し当て、歓喜の涙を堪えるアレク様を、やはり視界の滲んだ私はそっと背中を撫でて宥めた。
これまで何度も何度も容疑者であろう令嬢たちが、能力を使う瞬間、隠蔽された天恵を知る方法を探して来た。
そして今、魅了の対象が変わったことで、アレク様に長年繰り返しかけられて来た魅了魔法の効力が失われた。
それも、私達の目の前で。
「ウルリッヒ殿。それにへーブラー公爵、ヘッケン公爵とそのご令嬢方、せっかくの機会だ。別室でもっと深い話でもして親交を深めようじゃないか」
「おお、これは王弟殿下!!それは光栄ですな」
「嬉しいですわ!私達も是非、もっとウルリッヒ殿下のお話を伺いたいと思っておりましたもの」
「では、こちらへ。この者に案内させましょう。ああ、まだまだ楽しい夜会は続きますので、皆様、兄を祝って是非もっと楽しんでください」
近くで様子を窺っていたマクシミリアン殿下が彼らに声をかけて合図をすると、執事服に身を包んだ魔術騎士が彼らを特別室へ案内していく。
彼らを待ち受けるのは、王家の影と呼ばれている魔術騎士団と父だ。
そしてこれから向かうアレク様と私、そしてマクシミリアン殿下によって、リオニー嬢とイーリッカ嬢には魔法封印の処置が施され、おそらく厳しい修道院へ送られることになるはずだ。
2つの公爵家は降爵の上、それぞれの息子へと当主を交代。
両当主は収監されてその罪を償うことになるだろう。
自国の王太子と、隣国の第二王子に魅了の天恵を持つ娘を近づけ、結果として魅了魔法を使わせるに至ったのだから、責任逃れはできないだろう。
ウルリッヒ殿下は、アレク様の従兄に当たる方であり、隣国に住まう私と仲の良い従姉と恋仲だったため、危険を承知で今回の作戦に協力してくださった。
狙われているのが王族であろうことは分かっていたから、自分が可愛い弟分を助けてやるのだと朗らかに笑いながら。
たとえ魅了されても、自国にいる恋人を泣かせるようなことには絶対にさせるつもりもないから、今夜しっかり決着つけろとアレク様の胸を拳でドンと叩いたのは、夜会の始まる少し前。
今頃は彼女達の魔法が封じられたことによって、先程かけられた魅了魔法も解けている頃だろう。
本当に彼には感謝しかない。
こうして私達は、離れられない5年間に終止符を打つことになった。
*****
「王太子殿下、クラウディア様。私……何も存じ上げずに失礼な態度を長年続けておりましたこと、本当に申し訳ございませんでした」
目の前で深く頭を下げているのは、筆頭公爵家のご令嬢アルーシャ・レーマー嬢だ。
あの夜会の数日後、へーブラー公爵家とヘッケン公爵家の処分が発表された。
それと同時に、アレク様に複数の魅了魔法が重ねがけされたことで魅了酔いに長年苦しんでいたこと、私がその症状を天恵で抑えるために常に彼に寄り添っていたことも国民へ伝えられた。
これまで『慎みの無い令嬢』と非難されながらも、情報秘匿の為に言い訳もせずに王太子を支え続けて来た素晴らしい王太子妃だと持て囃す者まで現れている。
そんな大層なものではないのだけれど。
「レーマー公爵令嬢、謝罪は必要ないよ?君が言っていたことは間違っていないのだし、我々も気にしてはいない」
「ですが…」
「アルーシャ様、私はこの天恵は正に偶々天から私に与えられたというだけで、アレク様をお守りできたのも私だけの功績ではないと思っていますの。この使いづらい天恵を役立てる機会をあの時頂けたことも、支えたいと思えるアレク様に出会えたことも、本当に幸運だったのだと思っているのです。私がこの5年してきたことは、自分ができる範囲の努力を怠らなかったということ、ただそれだけ。本来、王太子の婚約者であるならば、学園や社交界での様々なお付き合いをして人脈を広げ、貴婦人たちの見本となり、貴族間の結束を促し、将来でもアレク様の治世を支える助けになれるような淑女にならねばなりませんでした。ですが、私にはこの5年それができなかった。けれどアルーシャ様、貴女がそれをずっとしてくださっていたのです。私は、貴女に感謝こそすれ怒ってなどおりませんのよ」
「クラウディア、様……そんな、私は…」
気高く美しいアルーシャ様は、事実を知ってすぐに私達に謝罪にいらしたのだ。
彼女は確かに学園や社交の場でも、私を注意してこられていたけれど、彼女が言っていたことは全て貴族としての常識を諭すものだった。
貴族令嬢にはもちろんのこと、平民や下位貴族の生徒にも慕われる彼女は正に淑女の見本であり、昔から私も彼女に憧れていた1人でもある。
事情を知らなかったのだから謝ることなどないはずなのに、こうして直接謝罪に来られるような方を嫌ったりできるはずもない。
「ですからアルーシャ様。もし宜しければ、私のお友達になってくださいませんか?」
「え……お友達、ですか?」
「ふふっ、私、お友達がおりませんもの」
「まぁ……ふふ、ええもちろん!私で宜しければ喜んで」
大輪の薔薇が咲き誇るように綺麗な笑顔で微笑むアルーシャ様は、本当に素敵な女性だ。
彼女が味方についてくれるのであれば、今後の社交界も安心できるだろう。
「ところで、殿下、クラウディア様。殿下の魅了酔いは無くなったはずですわよね?」
「ああ、あの日以来何の不調もないな」
「そうですわね。事後処理で多少寝不足気味という程度でしょうか?」
「でしたら、何故、クラウディア様を膝に乗せて執務をなさっていらっしゃるのか、伺ってもよろしいかしら?」
アルーシャ様ってばすごく綺麗な笑顔なのに、極寒の吹雪を思わせるのは何故でしょう。
そういえば、彼女の父であるレーマー公爵様は『氷の公爵』と呼ばれていますが、アルーシャ様はお父様に似たのかしら。
それにしても、私もついいつもの癖で、手を引かれるままに何の疑問も持たずにアレク様の膝に座っていました。
最近はこの体勢が一番症状が楽になるとおっしゃっていたので……習慣って怖いですね。
「あ……そういえばそうだな」
「いつもの癖で、アレク様の膝に座ってしまっていましたわね。私もこれから気をつけないと……」
「お2人とも、ついじゃございませんわよ!今までは仕方なくとも、今後は気をつけてくださいませんと、お2人は皆の見本となるべきお方なのですから!」
「「……気をつけます」」
こうして叱ってくださるアルーシャ様に見捨てられないよう、これからはアレク様との適切な距離感を学び直さねばなりません。
アレク様と離れるわけにはいかなかった私ですが、この先も一緒に人生を歩んで行くために少しだけ離れることになりました。
勢いで書いたので、軽い気持ちで楽しんで頂けたら嬉しいです。
アルーシャ様は、クラウディアのお兄さんと結婚して義理の姉になっちゃえばいいと思っています。
次期宰相になる怜悧な兄と、愛ある厳しさを持つアルーシャ様に怒られる国王夫妻。
いいんじゃないかと思います。
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