(2)中編
前後編にするつもりでしたが、ちょっと遊びすぎて長くなったので3部構成になりました。
婚約したその日。
まずは昨晩眠っていないアレク様を休ませてあげたいと伝えると、何故かそのままアレク様の寝室に連れて行かれた。
そのままフラフラとベッドに向かうアレク様に手を引かれるまま、慣れない掌の熱とシチュエーションにあわあわしていると、いつの間にかベッドサイドへ歩を進めた私の横に椅子を用意した侍従がニコリと笑った。
「ではゴールデンバルト侯爵令嬢様、殿下をお願いいたします。御用の際はそちらのベルを鳴らしてください。果実水はこちらに置いておきますね」
「は、はい……え、あの…」
「ディア、ありがとう。少しだけ休ませて…おくれ…」
着替えもせずにベッドにパタリと倒れ臥したアレク様に引っ張られる形で、私がよろけながらも椅子に座ると、よほど疲れていたのかすぐに寝息を立て始めてしまった。
侍従はそれを嬉しそうに目を細めて眺めたあと、目礼をして部屋を出て行った……ドアをキッチリ閉めて。
あら……確かに婚約者になったけれど寝室って入っていいものだったかしら?
今2人きりだけど、普通誰か侍従とか侍女とか同行したり扉開けていたりしないものなの?
まだまだ色々な勉強中な私は、自分が家庭教師や親から習ったことと些か食い違う状況に首を傾げつつも、王家がマナーに反することをするとも思えずこんなものなのかもしれないと悩むのをやめた。
目の前にはまだ少しあどけないものの整った顔立ちの美しい少年が瞼を閉じて眠っている。
長い睫は頬に影を落とすほどでありながら、女性的ではない凛々しさもある。
こんな素敵な王子様が自分の婚約者になったのかと、頬が緩んでポワポワと胸まで温かくなってきた。
とにかく、今は私の力で彼を楽にしてあげなくてはいけないのだ。
アレク様が早く元気になられますようにと願いを籠めながら、繋がれた手からゆっくりと魔力を送ったのだった。
まあ、それまでは良かった。
覚悟が足りてなかったというか、想像ができていなかったというか……もうね、婚約者にならないといけない理由を初日で嫌というほど痛感させられたわけですよ。
「アレク様、あのっ……私っ」
「何?どうしたのディア」
「ですから……ご、ご不浄に……行きたいのですが…」
「そうか。では付き合おう」
ずっと5センチの距離にいるということは、いつでも一緒にいるということだった。
つまり、トイレさえも一緒ということ……って、ならないからね!?
「……は?!えええええ?アレク様、い、今なんと?」
「だからご不浄だよね?いいよ、私も行こう。そろそろ私も行きたいと思っていたところだ」
「む、無理です!!ご不浄ですよ?!その間だけ待って頂くわけにはいかないのですか?」
「えええ、それこそ無理。ディアが触れてくれてから、ものすごく楽になったし君の魔力も気持ち良いのに、またあの苦痛に耐えろっていうの?」
「それは……でも…ぅ…」
「あはは、ごめん。ディアが可愛すぎてからかいすぎたな。流石に初日にお互いそれは厳しいよね。では今後はご不浄については生活魔法の浄化を使うことにしよう。騎士団や冒険者がよく使用する魔道具もあるからそれも用意させるが、今日のところは私が使うとしよう」
初日じゃなくても厳しいですという言葉は飲み込んで、ホッと安堵する。
生活魔法の浄化は、体内に使えば本来体外に出す不浄なものを消すことができる。
例えば数日続く戦闘中やダンジョンの中などでもトイレに行かずに過ごせるのだ。
普通にしていれば私に浄化魔法も効かないけれど、今は触れて魔力を共有している状態なので、アレク様の魔法も私に効果が出るから安心だ。
後でなんとなく、どうして10歳にして浄化魔法が使えるのかアレク様に聞いたところ、王族は謁見中やパレード中、外交中などタイミングによっては何時間もご不浄に行けないことも多い為に、幼い頃に習う魔法の一つなのだそうだ。
え、なにそれすごい。
最初の難関が簡単にクリアできて安堵したせいか、次の難関をすっかり忘れていた私はきっとアホな子なのかもしれない。
そして次の難関は夕食時にやってきた。
「さて、どうやって食べようか?手を繋いだままお互い食べさせあう?それともディアが私の膝に乗るかい?」
「ひ、膝に?!ここでですか!?」
使用人たちが壁際に並ぶ王族用のダイニングに、両陛下とマクシミリアン王弟殿下、そしてアレク様と私が席に着いている。
こんな中でそんなこと出来るわけないと思うけれど、ナイフとフォークで食事をするなら繋いでいる手を離す必要があるのは確かだ。
「ここじゃなきゃいいの?だったら私の部屋で食事は摂るかい?」
「あの、そういう意味じゃ……どう致しましょう…」
「うーん、可愛い甥っ子カップルは微笑ましいけど、独身の俺にはちょーっと目に毒かなぁ?」
私達の向かい側に座っていたマクシミリアン殿下が、悪戯っぽく笑いながらパチリとウインクを飛ばして来て、カップルという俗な呼ばれ方に顔が熱くなってしまう。
マクシミリアン様は髪色や瞳の色が同じである分、実は国王陛下よりもアレク様に似ている。
アレク様が成長したらこんな姿になるのだろうかとついつい想像しまい、その隣に並ぶ自分まで想像してしまった所で繋いでいた手をギュッと強く握られて隣のアレク様に意識を戻した。
隣を見ると何故かアレク様が、さっきまで私を見ていた優しげな瞳と同じ瞳だと思えない鋭い目付きでマクシミリアン殿下を睨みつけている。
「叔父上、ディアをからかっていいのは私だけですよ?」
「うわ、え、何?もうそんな感じなの?!はー……流石は兄上の息子だね……クラウディア嬢ご愁傷様。頑張れよー」
「え?あ、はい……が、頑張ります?」
「プッ、なんで疑問形なのさ。ディアってほんと可愛いよね。ではとりあえず、食事中は席を近くして机の下で足をくっつけておけば良いだろう?だから叔父上なんて見なくていいからこっちを向こうね、ディア」
「まぁ!さすがアレク様ですわ。それならば食事もできそうですね!」
なにやら後半はよく聞こえなかったけれど、確かに足同士を軽く触れさせておけば両手も使えるので食事もできるだろう。
流石はアレク様、良いところに気付かれたなと思う。
早速私達は侍女たちに手伝ってもらって、互いの椅子をすぐ隣に並べてもらうと、私の足を少しだけアレク様の方へ流して座った。
アレク様はその足に自分の足を少しだけ触れさせてフワリと甘い笑みを浮かべてみせた。
「ほら、これで大丈夫だろう?」
「そ、そうですわね……」
やってみたら思っていた以上に恥ずかしいが、試しに昼からずっと繋いでいた手をそっと離してもアレク様が苦しむ様子は見られなかったので、今後は食事など両手を使う時にはこれで対応することにしようと思った。
そんな私達を無言で見つめていた大人達が、ニコニコニヤニヤとこちらを見ていることに、その時の私は気付いていなかった。
「……なんか、かえってヤラシー気がするのは俺がおっさんになったせいか?」
「マックス、気にした方が負けという言葉をお前に贈ってやろう」
「兄上酷い…」
国王陛下とマクシミリアン殿下が何か小声で話されているけれど、よく聞こえない。
こっちを見ているから私達のことだろうかと首を傾げると、王妃様が楽しげに声をかけてくださった。
「ふふふ、こんなに早くこんなに可愛い娘が出来て、私嬉しいですわ。よろしくね、ディアちゃん」
「王妃様……そう言って頂けて嬉しいです。私の方こそ、至らない所も多いと思いますが、よろしくお願いいたします」
「まあ、王妃様ではなくお義母様と呼んで?」
「なんだ、お前ばかりずるいではないか。クラウディア嬢…いやクラウディア、私のことはお義父様と呼ぶように」
「あ、俺もマックスおじ様で!んん、なんかいいねぇ」
「ディア、叔父上は王弟殿下でいいからね」
「ちょっと、アレク俺の扱い雑じゃない?!」
王家の晩餐だから、どれだけマナーに厳しく静かな場になるだろうとドキドキしていたけれど、仲が良いのだなということがよく分かる。
だからこそ昨日の晩、この楽しいはずの場がどれほど重苦しい空気であったのか容易に想像できてしまった。
私が少し恥ずかしいぐらいなんだというのか。
こんな素敵な婚約者に触れているだけで、彼らの笑顔を守れるのならば、恥ぐらいドンと来い!
心の中で覚悟を新たにした私だったが、その晩だけで羞恥心を何度も殺しにくる厳しい試練がやってきたのは言うまでもなかった。
「ど、どうしてもお風呂は共に入らねば、いけないのでしょうか……浄化魔法では…」
「だって、浄化魔法で汚れは落ちても湯に浸かった方が疲れも取れるだろう?ディアも今日は色々あって疲れただろうから、ね?」
「ですが……ほ、ほんとに…?」
「……ディア、お願い?」
「っ……わ、分かりましたわ」
なんですの、あの可愛いお願いは!!!
ズルイと思うのに、断れない自分が恨めしい。
疲労だって回復アイテムや回復魔法を使えば良いはずなのに、既にアレク様に押し切られて『私達の寝室』に接する浴室へ連れ込まれている。
怒涛の展開過ぎて、気持ちも羞恥心もついてこないので、今はもう嬉しそうに私のドレスのリボンに指をかけるアレク様をポケーっと眺めている状態だ。
彼の裸を見るのも自分の裸を見られるのも恥ずかしい。
目をつぶる?それとも目隠ししてもらう?2人とも目隠ししたら危ないよね?とか頭の中だけはグルグルと考えていたが、はっと気付けば既に私は下着姿で、目の前には顔を真っ赤にして口元を押さえるアレク様がいた。
「ディア、すごく綺麗……可愛いね」
「あまり見ないで下さいませ……恥ずかしいですわ」
「あ、ごめんね。あんまり魅力的だったから…できるだけ、見ないように頑張るよ」
「はい…」
互いに大きなタオルで身体を隠し、浴室に入ると入浴補助の為のメイド達が4人程控えていた。
さっきのように2人きりでないことに少し安堵して、手を繋いだままメイド達によって綺麗に磨かれたのだった。
アレク様の年齢の割にしっかり付きはじめている筋肉とか、濡れた髪から伝い落ちる水滴とか、私の乙女心とか羞恥心とかをガンガン攻撃して来たけど、心を無にして耐えるか、これに慣れる他に私にできることはないようだ。
ちなみに『私達の寝室』というのは、要するに通常結婚した後の王太子夫妻が使用する寝室のことで……まあ、そんな気はしてたけど今日からそこで一緒に寝ることになってしまっている。
眠っている間はまだ未熟な私では意識して魔力を流せない為に、できるだけアレク様との接触面積を増やすことで常時発動の範囲にアレク様が入れるようにする、らしい。
それって、抱き枕ってことですよね。
しかも、用意されてるナイトドレスが丈こそ膝まであるものの、やたら薄くて下肢がショーツだけとか心もとないことこの上ないんですが、そのあたりどうなのでしょうか。
確かに直接肌に触れたほうが天恵の効果は得られるんでしょうけど、婚約初日にしてはハードル高すぎませんか。
あ、マクシミリアン殿下の頑張れってこういうことか……頑張れ、私。
こうして私は王宮に呼ばれたその日のうちに急遽アレクシス殿下もといアレク様の婚約者となり、その日から今に至るまで王宮の王太子妃用の部屋で生活をしている。
私が王宮に住んでいることは、理由を説明するわけにはいかない為に公にされていない。
ちなみにもちろん一線は越えていない……一線はね。
いつからか入浴補助のメイドが誰も来なくなったり、ナイトドレスのデザインが年々際どくなって来たりはしているが、気にしたら負けだと思っている。
流石に一線だけは越えるわけにはいかないのです。
だってまだ婚約者であって、結婚したわけではないから。
最近はアレク様の行動がかなり大胆になってきていて、私も……流されないように頑張っている、つもりだ。
魅了持ちの令嬢は未だに1名しか特定できず、アレク様の症状が完治する前に、どの家が関わっている可能性があるのか明らかにすれば国が荒れる為に、アレク様の『魅了酔い』についても公表できていない。
まあ、そんなわけで私は5年前からずっと、婚約者であるアレク様から離れるわけにはいかない生活を送っているのだった。
ヒロインが流され易くてどうもすみません(笑)
アレク殿下は便乗しすぎだと思います。
こんなおバカカップルですが、完結まであと少し、一緒に楽しんで頂けたら嬉しいです。
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