(1)前編
連載の合間に短めの話を一つ。
いちゃいちゃ書きたいだけのお話です。
私の名前はクラウディア・ゴールデンバルト。
父がこの国の宰相を務める侯爵家の一人娘であり、この国の王太子殿下の婚約者でもある。
絶世の美女というわけではないが、それなりに容姿に恵まれた両親譲りの外見に、使用人たちの努力によってしっかりと磨きがかけられているおかげで、それなりに美しいとの評判は頂けている。
そんな私だが、現在通っている王立学園での評判は実に酷いものだ。
『慎みの無い令嬢』
それが私の専らの評判であり、貴族令嬢としては恥ずべき評判だ。
けれども、私自身もそのように見られることは覚悟していたし、もしも他の者が私と同じような行動をしていれば、周囲の者たち同様『慎みが無い』『はしたない』と思ったに違いない。
そういうわけで、本人も否定せずに態度を改めることもない為に、私の悪評は広がる一方だった。
*****
今日も私が婚約者であるアレクシス殿下と廊下を歩いていると、数人の美しい令嬢たちが前に立ちふさがった。
「クラウディア様!貴女は今日もそのようなはしたないことをなさって、一体どういうおつもりですの?!」
「そうですわ!いくら婚約者だからといって、人前でそのように纏わりついては殿下の評判にも影響があると、お分かりにならないのですか?」
「……貴族令嬢としての慎みをもう少し持たれてはいかがです?」
本来ならば王族である殿下の行く先を立ちふさぐ行為は、不敬だと咎められるのだろうが、隣に立つ殿下が咎めない以上は家柄が下の私が反論するのは悪手である。
それに実際、私の右腕は殿下の左腕にしっかりと絡み付いていて、左手は殿下の左手と指を絡み合わせて繋がれているのだから、彼女達が言っていることは至極真っ当なことでもあった。
かといって、当の殿下も私の腕を振り払ったり注意する様子もない為、彼女達も毎回私に向かって注意して立ち去るというのが、既に学園の日常になりつつあった。
「いや、それは…」
「アレク殿下、良いのです。…皆様、ご忠告ありがとうございます。ですが私、アレク殿下から離れるわけにはまいりませんの」
「いくら婚約者だからといって、限度があると申し上げているのですわ」
「そうですわね。申し訳ございません」
「はぁ……もういいわ、皆様行きましょう?では、殿下私たちは失礼致します」
「ああ」
先頭を切って颯爽と歩いて行かれるのは、以前は殿下の婚約者最有力だと言われていた、筆頭公爵家ご令嬢だ。
正に品行方正・才色兼備を具現化したような美貌の持ち主で、学園内での人望もある評判の良い方なのだが、だからこそ私の行いが目についてしまうのだろう。
歩く姿さえ美しい彼女たちの背を見送っていると、隣のアレク殿下が苦しげな表情で私に視線を向けた。
「ディア、すまない。私のせいで」
「こちらこそ申し訳ありません。もっと精進いたしますわ」
互いに謝罪を口にして、結局絡ませた腕はそのままに私達は元々向かっていた鍛錬場へと向かって歩き出した。
*****
遡れば今から5年前のある日、私は父と共に王宮へと呼び出されていた。
その前日にも10歳の誕生日を迎えた王太子アレクシス殿下の婚約者候補である令嬢たちを招いたお茶会が王宮で開かれ、一応侯爵令嬢である私も参加していた為に2日連続の登城であった。
何故か通常の謁見室や応接室ではなく、王族の住まうエリアにある私的な応接室へと通された私と父は、そこで両陛下と王太子殿下から呼び出した理由を説明された。
なんでも昨日お茶会の終盤から、アレクシス殿下は体調に不調を覚えていたらしい。
始めは軽かった症状も時間を追うごとに酷くなり、夕刻になる頃には身体も頭も重さや痛さを感じたのだそうだ。
今は心身の痛みや不快感に加え、自分ではない何者かに操作されてしまいそうな程に思考と理性がぼやけてきていて、感情に急激な波が起きてしまうのを必死に抑えているという。
意識して抵抗していないと自我を蝕む恐れさえあるその症状は、診察した王宮魔道師とご典医によれば『魅了酔い』と呼ばれているらしく、殿下は昨日一睡もできていないそうだ。
道理で昨日お会いした時に比べて、顔色もかなり悪い上に額には脂汗まで浮かべているわけだ。
今もその症状に必死に抗っている同い年の少年は、10歳という年齢とは思えない程の気力と胆力でなんとか耐えているものの、やつれたことで却って危うい色気を放っていた。
誰がこんな酷いことをと思うと同時に、魅了したくなる気持ちも分かるなぁと思ってしまった自分に我ながら内心で驚いてしまう。
そもそも、魅了魔法というものは使える者も少ない上に、許可なく王族に使ったりすれば厳罰に処される類の魔法なのだが、どうやら今回は昨日招待されていた令嬢の誰かが『無意識に殿下の気を惹きたい』と思った拍子に発動させてしまったものである可能性が最も高いそうだ。
しかも、魅了魔法を使ったのが1人であれば『魅了酔い』は起きない。
『魅了酔い』とは、複数の魅了魔法が複数の使い手によって重ねがけされることによって稀に起きる、精神的な激しい拒否反応をいう。
つまりは昨日いた令嬢達のうち、少なくとも2人以上が魅了持ちだということになる。
過去には魅了魔法のせいで内乱にまで発展した国もあったというのに、とんでもない非常事態である。
「それはなんとも厄介なことに……殿下、お辛いでしょうに…良く耐えておられる」
「これぐらい、出来ねば…民に笑われる。私は王太子だ」
「殿下……」
「良くぞ申した、アレクシス。だが、流石に眠らぬまま過ごすこともできまい。こういうわけで、急ではあったがクラウディア嬢に来てもらったという訳だ」
国王陛下は、辛そうなアレクシス殿下に向けていた視線を、ついと私の方へと向けた。
真っ直ぐに向けられた視線と言葉に、私は思わずコクリと唾を飲み込んだ。
「国王として、そして息子の1人の父親として、クラウディア嬢。君に頼みたい。我が息子を救ってやって欲しい」
国王夫妻は未だに新婚かと思うほどに仲が良いものの、子供は王太子アレクシス殿下ただ1人。
彼の次に継承権が高いのは魔法師団長を務める未婚の王弟殿下で、その次は公爵家の人間である為、こんなことで優秀と評判の王太子殿下を失うわけにはいかない。
そして何より、私も彼を助けてあげたいと思っている。
「……私ごときでお役に立つかは分かりかねますが、可能であるならば喜んでお引き受けいたします」
「クラウディア、嬢……すまない、頼めるか…」
「もちろんです。まずは効果があるか試してみましょうか……殿下、お手に触れても?」
「ああ。もちろん構わないよ」
私は座っていたソファから立ち上がると、殿下の座るソファの横に跪いた。
肘掛を苦痛に耐えるようにギュッと握り締めている殿下の手を包むように、そっと両手を添えて体内の魔力をゆっくりと殿下に送り込んでみた。
触れたところがジワリと温かくなったが、見た目には何も変わったようには見えなかったが……。
「すごい……温かい魔力だな。ああ…さっきまでの辛さが嘘のようだ!これが、クラウディア嬢の天恵の力か」
「まぁ、本当に効果がありましたのね。お役に立てたようで良かったですわ、殿下」
「ありがとう、クラウディア嬢!」
美少年から頬を染めて微笑みながらお礼を言われてしまい、照れて熱くなった頬を隠してしまいたいけれど、殿下の手に添えていた両手は今は逆にしっかりと彼の両手で握られていてそれも叶いそうになかった。
国王陛下も、私の父も嬉しそうに笑いながらその様子を見ている。
「おお、やはり効果があったか!素晴らしいな君の天恵『完全保護』は」
「さようですな。娘の天恵は変わった天恵でしたので、まさかこのような形でお役に立てるとは!」
「私も己を守るだけの国の為にならぬ天恵だと思っておりましたもの。このような役目を与えて頂いて光栄ですわ」
私の天恵『完全保護』とは、あらゆる攻撃から私自身とその瞬間に私が触れている人物を守ることができるというものだ。
あらゆる攻撃の中には、魔法攻撃や物理攻撃のみならず毒物や病気も含まれるため、私はビックリするくらいの健康優良児だった。
勇者や騎士、あるいは冒険者などがこぞって欲しがる天恵ではあるが、明らかに貴族令嬢向きの天恵ではない。
しかも自身には常時発動しているこの天恵も、他者に使う場合は私の魔力を相手に流す必要がある。
常時発動の有効範囲は私の肌から5センチ以内。
魔力を送り込む時も相手に直接触れなくても良いものの、有効範囲内となる5センチ以内となる服の上から触る程度には接近する必要があるため、私自身も両親も今日まで『貴族令嬢の持つ天恵としては全く使えない』類のものだと思っていた。
結婚相手を探す時に婚家に貢献できる天恵ですよとアピールできない以上、公にすることもなく過ごして来ていたし、知っているのは家族と神殿と王家ぐらいだろう。
それがまさか、こんな形で王家の役に立てるとは思ってもいなかった。
そして陛下の次の言葉で、私は更に驚くことになった。
「ゴールデンバルト侯爵、クラウディア嬢、このような形での申し入れになってしまい申し訳ないが、アレクシスの婚約者になってはもらえまいか」
「こ、婚約者ですか?!私が……アレクシス殿下の…?」
「光栄なお話ですが、本当に宜しいのですか?」
「今のところ誰が魅了を発動させたのか分かっておらぬ。しかし昨日あの場にいた令嬢は皆、我が国の高位貴族家のもの。魅了持ちを隠しておった程だからすぐには犯人も絞れまい。そうであれば、クラウディア嬢が傍にいてくれなんだら息子は眠ることもできぬであろう。婚約者となり、王宮で暮らしてもらいたいのだ」
「それは確かにそうですが。あの……殿下も、私で宜しいのでしょうか?」
陛下の言われることは否定のしようもない事実で、魅了魔法が使えるのは『魅了』の天恵持ちだけであるため、それを王家に隠していたということは、発動した本人はともかく親にははっきりとした意図があったはずだ。
おそらく誰が魅了魔法を発動させたのか、突き止めるまでには時間を要するであろうことは子供の私にも分かってしまった。
でも、だからといってさほど突出して美しいわけでも優秀というわけでもない私なんかが、未来の王太子妃になっても良いものだろうか。
5つある公爵家には私よりもずっと美しいご令嬢が何人もいるのに、アレクシス殿下は私が婚約者になったりするのは嫌だったりしないのだろうか。
「私はクラウディア嬢が婚約者になってくれるのであれば嬉しい。天恵のことが無くても……その、クラウディア嬢は可憐で、好ましいと思う」
「まぁ…あ、ありがとう、ございます…殿下」
「クラウディア嬢、どうかアレクと呼んで欲しい」
「では、私のこともディアとお呼びくださいませ」
あまり深く考えずに軽く読んで頂けたら嬉しいです。
ちなみに、作中の『天恵』は良くいろんな作品に出てくる『天啓』とも少し違って、本当に『神からの恵み』であると考えられている、国民全てが一つずつ生まれつき貰っている力です。
後半も今日か明日には更新します。
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