Ep.136 高等部修学旅行③-祝祭前日-
「少し、肌寒いな……」
宿泊場所は、高級そうなホテルであった。
部屋の広さで二〜四人で生徒達は分けられており、ナツトはウルヴァロと二人でペアになり泊まることになっていた。
今、ちょうど日付が変わった。夜はまだまだ長い。
ナツトはウルを起こさないように静かにベランダに出て、設置されていた椅子に腰掛けながら煌々と輝く街の光を眺めていた。
気が付けば、もう初日が終わった。早いものだ。
今日は教会に行くという初日最大のイベントを消化し終えたら、流れるように時間が過ぎた気がする。
教会の後は、首都の観光という教会にも負けず劣らずなイベントがあったが、記憶こそあれど、あまり印象に残っていない。
決して楽しくなかったわけではない。慣れ親しんだ学友達と過ごせるいい機会であったし、有名な観光名所も訪れることが出来た。それにラーテルでは食べられないこの国ならではの美味しい食べ物もたくさん食べることができた。
明日は、首都を少し離れ、各地の観光名所を巡る予定である。この国もラーテルと同じく対魔物の対策をしっかりしているため、ラーテルほどとは言わないが、魔物の脅威はあまり無い事が知られている。
不意にズボンのポケットに入れていた物が振動する。どうやら、着信があったようだ。
それは、ずっと前にアルティオから渡された端末。スマートフォンのような形状だが、半透明で濁ったガラス板のように見える。
長いこと使用していなかった物だが、修学旅行前に念の為肌身離さず持っていてくれと言われていたので、収納魔法の中から取り出していつでも応答出来るようにしていたのだ。
着信源は勿論、アルティオだ。
スマートフォンでいつもやって来たように、画面に表示されている通話ボタンを押し、通話を開始する。深夜であるが、念の為周囲に防音結界を展開しておく。
「どうしたの?こんな夜更けに」
「済まないね、でも、まだ起きていたみたいだね」
寝起きの声ではないと声色で察したのか、安心した雰囲気でアルティオは言った。
確かに普通に考えればこんな時間に電話してくるのは中々に非常識ではあるが、相手は王様。一般人とは比べ物にならないくらいハードなスケジュールの中で生きている。
それに、これくらいの時間ならいつも起きている。問題はない。
ただこの瞬間に、快く友との談笑に応えることが、世話になっている友へ返すお礼なのだ。
「そうだね、それで用事は?」
声色に僅かに笑みを混ぜながら、談笑するように聞き返す。
「お礼を言いたくてね。娘を助けてもらったお礼だよ。ありがとう」
その言葉には、王ではなく父としての深い感謝の心が込められていた。
礼を言われる理由は、まぁ教会でのアレだろう。勇者があそこまでぶっ飛んでいるとは夢にも思わないよな。
そしてその一件のことはバッチリ伝わっていたらしい。
「いいよ別に気にしなくて」
あの時は咄嗟に助けに出たので、何とも思わなかったが、今振り返って思い出すと随分と無茶な行動をしたなぁ……となる。ちょっと恥ずかしい。でも、後悔はしていない。
「まさか勇者が出て来るとは予想外だったよ。プロポーズは更に予想外だったけど」
思い返してみれば益々予想外の出来事だった。祭りの準備でとても忙しいはずなのに、教会の中を歩き回れるだけの余裕があって、しかもタイミング良く自分達と出会うことになるとは。
「それは確かにそうだね」
ナツトの意見にアルティオは完全に同意する。
アルティオの予想をも超えてくる勇者……いや、赤河流星か…大したヤツである。
「しかし、護衛達が動けなかったのは失態だね。いくら相手が勇者だったとは言え、命令を遂行出来ないとなると……」
「まぁ、それに関しては僕の知るところじゃないけど、程々にね」
ここで話の矛先が護衛に向いた。
声色に含まれる静かな怒りがひしひしと伝わる。
瞬時にして、この話題はヤバいと察したナツトは話題を変えるべく話を適度に流した。
「そうだね……でも、ナツトが居てくれて本当に良かった。ずっと側についていて欲しいものだね」
ナツトの思惑は成功したみたいだ……みたいだが、なんだか不穏な話題に変わった。
取り方によっては勘違いも誤解もてんこ盛りになってしまいそうだ。
ここは慎重に返さないといけない。この言葉に対するアルティオの真意がわからない以上、どう反応するのが正解かは不明だ。
真面目に返すか、それとも茶化すか……。
「……親馬鹿だね。まぁ、旅行中は楽しみつつ護衛もしておくよ」
脳内で返答を爆速で考えた結果、ナツトなりに一番認識の齟齬が少なくなりそうだと判断した答えを選出した。
「そういう意味で言ったと思うかい?」
そっちの方の意味だったか。
いや、まだ確定したわけじゃないが、ふざけて返せるものでもないな。
……ジョークにしても笑えないし、このノリ…まさか。
「それは、何というか……関係がややこしくなるよ?てゆーか、アルティオお酒飲んでるでしょ?」
「正解だ、よくわかったね」
「やっぱり……」
アルティオの問いにもある程度答えつつ、再び話題を逸らそうと試みる。
「まあ、今言っても困るだけか。そういう訳だから旅行目一杯楽しんでくれ。ありがとう」
と思っていたら、ここで通話は切られた。
そういう訳だから、という言葉で締めるにはあまりにも無理があると端末を見ながら思う。
「一方的に言いたいこと行って行ったな…アイツ」
酔った時のアルティオが振ってくる話題に対して返答に困る事は少なくない。
今に始まった話では無いのだが、振り回される方はそれなりに苦労するものだ。
側に、ね。
「まぁ、いいや。寝るか」
厄介そうな感じのする用事は後回しでいい。
それよりも、彼の言った通り今は今しかないこの旅行を楽しめばいいのだ。
「はぁー」
翌朝、大教会のとある広場にて溜息をついている者がいた。
「どうしたの、秋楽。溜息なんて珍しい」
たまたまそれを見かけた美春が若干心配しながら声をかけた。
「美春か……いや…上手く出来るかなって」
「?……何の事?明日の祝祭?」
美春は主語がわからず、何が上手く出来るのかどうか不安なのかいまいちわからなかった。
「…大体合ってるかな」
取り敢えず直近の勇者御披露目の祝祭を挙げたが、どうにも歯切れが悪い。
妙にあやふやな答えであるから、口では言っていてもこれでは合っているかどうかも疑問である。
中学以前からの友達だというのに、そういう秘密を隠そうとするところは相変わらずである。
「大体……それより、魔法の調子はどんな感じ?」
秋楽が物事を隠そうとしていたら、それは聞いても教えてくれない。
過去の経験からそれは確かである。
なので、美春はスルーした。代わりに最近感じていた事を尋ねてみることにした。
「魔法の調子……?どうして?」
「んー、最近行き詰まっているように見えるから?昨日の対人戦訓練とか見てて、何となくそう思った」
「よく見てんな」
よく気付いたものだと、秋楽は驚いた。
「私、視野は広い方だし。……それで?」
「まあ、実際その通りかな。対人戦するようになって感じるようになったけど、実戦向きの能力相手だとかなりしんどいなーって。流星とかは特に」
美春は秋楽の目を見て話を聞いていた。黙って秋楽の次の言葉を待つ。
「アイツ、最近どうも天狗になってるけど、そんだけの力を持っているんだと痛感するよ。この短い期間でチマチマ努力して技術を磨いて来て、アイツより強力な魔法を撃てるけど、正面から撃ち合えば押し負ける。ゲームだったらかなりのクソゲーだよ」
本心で話す秋楽を見て、苦労しているんだなと美春は感じた。
確かに流星は最近は絶好調な感じである。
能力を併用し始めたあたりから、その力を効果的に使い、戦闘においては今回の勇者の中では一番の火力が期待できる。
魔王との戦いでも彼の火力は必要不可欠なものになるだろう。
そして、つい先日祝祭に間に合うように用意された特注の鎧やマント、専用の武器が渡され、勇者と言われても納得する感じには仕上がった。
昨日なんて、自慢したくて教会中を走り回ったと聞いた。途中一般の人にも迷惑をかけたそうで、他人事なのに申し訳ない気持ちになったものだ。
「でも、正面以外なら?」
「搦手を使えれば、アイツに勝てる可能性もあるかな」
秋楽らしい答えだ。
ただ一方的に負けているように見えるが、頭の中では対抗策を考えているようだ。でも、実際に試した訳じゃないので、名言は避ける。
自信が無いと言えば、それはそうなのだが、変に自信満々で物を請け負う人間よりかはずっと信頼できる。
「でも、安心した。戦闘に長けた能力持ち相手でも能力の無い者は一方的に負けるわけじゃない。基礎戦闘術や魔法の練度次第ではやりようはあるみたいだ」
その目はまるで幼い子どもが新しいおもちゃで遊んでいる時のようだ。
ああしたい、こうしたい…秋楽の童心がそう言っているように見えた。
他の人から見たら、相変わらずの真面目君な顔だろう。長く友人として見て来た美春だけが気づけた彼の本心、なのかもしれない。
いや、もう一人いるかな。
「あ!ここにいたんですか!明日の祝祭の説明があるそうです!」
声のする方に顔を向けると、広場を一望できる上の階の窓から獣人初の聖女であるサルビアが顔を覗かせていた。
「サルビアちゃん!わかったすぐ行くよ〜」
きっと明日の段取りだろう。サルビアを待たせるのも忍びないし、早く向かうとしよう。
「……美春」
しかし、その場を去ろうとする美春を秋楽は呼び止めた。
「何?」
「明日の祝祭、頑張ってな」
「……う、うん」
「行こう。彼女を待たせると悪い」
それだけ言うと、秋楽は歩き出した。
美春も付随するようにその後に付いていく。
上の階に行ってサルビアと合流するまで、美春は考えていた。
秋楽は勇者じゃなくても参加すると聞いていた。しかし、秋楽のさっきの発言はまるで自分を含めていないようだった。
何を考えているの、秋楽?
何を、するつもりなの?




