Ep.134 高等部修学旅行①-聖国へ-
白い、どこまでも白い場所だ。
四方八方どこを見渡しても白一色。
他の色は存在せず、それ故に境目なんてない。どこが地面とかもわからない。
今、ナツトは足を動かし、歩いているつもりだが、景色が全く変わらない為、その場で足踏みしているだけかもしれない。
そんなところにナツトはいた。
ただ、ここは夢の中なんだと直感で理解していた。
ファンタジーな世界に身を投じて随分経つが、こんなにも白く染まった世界は見た事がない。
夢ならではの光景だと言えるだろう。
それに周囲どこを探しても魔素が見つからないことと踏まえて、ここが非現実である事は明白のようだった。
しばらくして白の中に黒い点が現れた。
ほんの僅かな小さな点。
何もないとばかりに思っていたから、その僅かな変化に対し、敏感に反応出来た。
その黒い点は少しずつ大きくなる。
どうやら、遠くにあったものでナツトの方へと近付いて来ているようだ。
やがてそれが人の形を成している事に気がつく。
そして、それが一人の少女であったことに気が付いた。
少女は何も言わずにこちらに歩いて来て、ナツトの前で立ち止まった。
少女を見る。
長く腰まで伸ばされた光沢のある灰色の髪の毛は見方によっては銀に見えた。長い髪は癖毛なのか若干カールしている。
見た目からして中学生ぐらいと言った感じだ。
言うなれば成長期の中間であり、可憐な幼さの中にどこか惹きつけられるような魅力が垣間見える。
だが、この謎の空間と突然現れた謎の少女の纏う雰囲気がこの少女の不気味さを際立たせていた。
無言の時間が過ぎ去る。
ふと、ナツトと少女の目線が合う。
いや、向こうが合わしてきた。
思わず引来れそうになる群青色のその瞳がナツトを捉える。
「こんばんは?それとも、おはよう?」
少女は可愛らしくもどこか落ち着く声でナツトに話しかけてきた。
「こんばんはかな?」
取り敢えず挨拶を返す。思っていたよりもありきたりな第一声だ。このまま様子を伺う事にする。
「あはは、もうすぐ日が昇るからおはようだね」
知っているならば、なぜ選択肢を用意したのか。さては悪戯っ子か。
いや、所詮夢の中の出来事だ。実際のことを言っているかどうかは不明だ。
……言ってることが反転するが、これは本当に現実と無関係の夢なのか?いや夢なのは間違い無いのだが、ここに来てどこか現実味を帯びているような、そんな気がする。
「君は?」
様子を伺うつもりが、気が付いたらナツトは聞いていた。
だが、不都合はない。何かの収穫に繋がるものなら何でもいい。
「私は__だよ」
「え?」
少女は確かに名を告げた。だが、その肝心な部分が聞こえなかった。思わず聞き返そうとしたが、少女は構わず続けた。
「あ、時間だね。またね、私の____ 」
「あ、ちょっと!」
少女がそう言うと、白い世界はその全てが眩しく輝き出し、ナツトは目を瞑る事を半ば強要されたのだった。
布団から飛び起きるように体を起こす。
窓から差し込む陽光は、朝の訪れを知らせていた。
「………」
夢を振り返る。あの時少女の言ったことで聞き取れなかった部分は二箇所。
聞こえなかったのなら、口の動きから読唇術にて確認しようとしたが、その部分を思い出そうとすると靄がかかったようになり、何と言ったかわからなくなっていた。
こんな事は初めてだ。
『権能:記憶』に目覚めてから見た全ての夢は鮮明に覚えている。だが、今回のように記憶が曖昧になるようなことはただの一度もなかった。
思い出せない要因があるとすれば、やはりあの少女だろう。
だが、夢の中の存在がそう都合よく能力に干渉出来るものなのだろうか。
それとも普通にそういう夢だったのだろうか。
…………考えていても仕方が無いな。
今日は忙しいんだ。
何せ、今日から最後の修学旅行なのだから。
「じゃあ、二人とも留守を宜しく」
「承知致しました」
「行ってらっしゃいませ」
ナツト専属の執事とメイドであるゴルマとシュリアに家のことは任せる。
彼等は優秀なので、心配事は何一つない。
靴を履いて、外に出る。
さて、今日の集合場所は学園ではなく国際間転移装置が設置されている転移魔法管理局である。違法入国のための転移魔法がないか日々取り締まっている場所であるが、空港と同義の場所と考えてもらって差し支えない。
家から管理局までは、徒歩や交通機関を駆使しておよそ一時間ほどの距離である。
しかし、予定集合時刻まではあと二十分程である。余裕で遅刻である。
しかし、魔法を使えば全て解決する。
やはり転移魔法。これ一つあるだけで、日々の生活が格段に良くなる。
転移魔法があれば、何時間もかかる道のりも関係ない。一瞬で着くのだから。
つまり、移動に使う時間が無くなるのだから、その分を別のことに使えるのだ。
お陰様で今日ものんびりと朝のひと時を過ごす事ができた。
転移魔法には本当に感謝しかない。
「座標指定完了っと」
事前に知っていた管理局の座標を転移魔法の陣に組み込み、発動する。
座標と魔力さえあれば、いつでもどこへでも行けるのだ。例えそれが、己の行ったことのない場所であっても。
発動すると景色が一瞬で変わる。
静かな家の庭から一変し、人の往来が激しく騒がしい場所へ辿り着く。
どうやら、ちゃんと目的地についたようだ。
目線の先には集合場所の広場があった。
既に多くの学生が到着しており、点呼を取りやすいようにクラスごとで固まっている。
そこに出席確認担当の教師に到着した事を告げてから、合流する。
適当に同級生と話していたら、教師の一人が軽くこれからの流れを説明し始めた。
十分程の説明の後、いよいよ出国手続きが始まった。
出国に際して色々な手続きを踏まないといけないが、その中でも肝心なのが手荷物検査だ。
学生の多くが重そうな荷物を持っているが、ナツトのように服だけしか身につけていない人もいる。
そういった者たちは皆、収納魔法を習得しているのだ。収納魔法があれば、当然重い荷物など手に持つ必要はない。
非常に楽な格好で、行動が可能なのだ。
しかし、手続きをする側からしたら何を持っているのかわからないなんて恐ろしい話だ。
そのため、各国の空港や管理局のような場所には必ず収納魔法の中身を知る事ができる魔法道具が設置されている。
中に何が入っているのか確認し、問題があればお話しするためにどこかに連れて行かれる。
生物や植物の分類まで出来るようで、違法な物もバッチリわかるそうだ。勿論、所持していたら逮捕である。
基本的に違法ではないがヤバそうなものがあれば一時的に預けるか、没収等の対応がされる。この二択は当人の職業や資格等を鑑みて決定される。
また、これに合わせて使用されるのが『悪意診断装置』である。かなり高性能らしく、これを適応することで、検査した人間の潜在的な意識を見る事ができ、先程の預けるか没収かの判断材料として使われる。また場合によっては、そもそも出国、入国させないという判断もされるそうだ。
さて、僕の場合だが、そんなヤバいものは収納魔法の中に入れていない。
強いて言うならば剣だが、冒険者の多いこの世界でいちいち剣を預けるような事はならない。
まぁ、剣を回収されるとなればその者は悪意に満ちていたと言う事だ。
と言う訳で、問題なく通過。
指定された国際間転移装置の場所へ向かう。
「修学旅行なんだから、もう少し楽しそうな顔をしたらいいのに」
唐突に背後よりかけられる声。
良く聞く声だ。当然だが。
「チェルーティア様」
「様!?急にそんな態度取られると困るんだけど……」
普段は愛称呼びを強要したことで、愛称呼びされているチェルーティアだが、急に畏まった雰囲気で呼ばれて困惑する。
「それはいつもは学園って言う閉ざされた環境だからね。外に出たら畏まるのは当然でしょ?」
そう、学園内ならばいけても外では許されない事は存在する。
同期の王族達が特殊過ぎて可笑しいのだが、普通は雲の上の存在とも言える人達なのだ。
チェルーティアはミューカの作った学園の制度をフルに活用して自分達に都合の良い学級を創り上げているのだ。
イアノンはそれに乗っかっている感じである。
「…まあ、それはそうだけど」
納得するチェルーティア。
「それと、とても楽しみだよ。これからの旅行は」
「そう。それは勇者様がいるから?」
「………!」
何やら含みを感じる言い方だ。やけに真剣な目をしている。
やはり、この前の夜会にいた覗きは……。
「どうなの?」
何と答えようか考えていたらまた背後から声をかけられる。
「君達、こんなところで立ち止まっていると迷惑だよ?」
「イアノン……様」
一瞬様付けを忘れかけそうになったが、思い出して付ける。
「様?……ああ、そういうことか。それよりも、ホラ行くよ」
イアノンは一瞬違和感を感じたようだったが、その意味を理解し、納得した。
だが、別にどうでもいい事らしく、立ち止まる二人が邪魔にならないように進む事を促す。
「そうだね」
邪魔だったら申し訳なかったなと反省し、歩き出した。
「あ、チェルーティア様」
「何?」
「さっきの質問だけど、その通りだよ」
「!」
よくよく考えれば、何も隠す事はない。
恐らくだが、あの会話を聞いていたのなら僕の正体にも気付いているはずだ。
そして、彼女にバレる分には特に問題がない。
このままアルティオの側にいるならいずれわかる事だし、向こうが確信を持って聞いてきたら正直に答えてあげよう。
そこからは、三人で話しながら進んだ。
……しっかし、護衛が多くて落ち着かないな。
常にチェルーティア、イアノンを守るための護衛が一般客に扮して周囲に紛れている。
例年だと航空機を使っていたのに、今年だけ料金がグンと高い転移装置を使っている事からも分かっていた話ではあるが、凄い警戒体制だ。
まぁ、二人に何かあれば国際問題に発展するのは必至だし、目的地は聖国だ。
念には念をっていうやつだな。
ラーテル国と聖国は仲は良くないが、世界を牛耳る大国同士、繋がりは必須だ。
交易とかで、お互いを支え合っている面がない訳じゃない。
勇者召喚の独断専行は両国間の関係悪化を招いたが、決定的にまで悪化した訳ではない。
……平和に終わればいいのだが。どうなることやら。
……にしても、落ち着かない。護衛は僕の正体を知るはずもないし、平民が気安く王族達の会話に混ざるんじゃないとか思われてそうだ。
さっきから妙に視線も感じるし、初っ端から気が滅入りそうだ。
「はぁ……」
「どうかしたかい?」
「いえ、何でもありません」
まぁ、いい。
多少のストレスは我慢だ。
この旅行は件の勇者に近付けるまたとない機会だ。有意義に使わさせてもらうとしよう。
これより二十分後、ナツトは聖国へ転移を果たした。七日間の楽しい楽しい旅行が始まりを告げた。
本編開始のお知らせ。




