Ep.131 失われた文字
相変わらず忙しく充実した日々が続く中、ギルドの頭であるティアメシアから連絡が来た。
要件は、以前アルティオから聞いた「遺跡で見つけた謎の文字について」である。
今回は、向こうに比べてまだ余裕があった、こちらがギルド本部へ赴くこととなった。
と言う事で、連絡が来たその日のうちにナツトとアルティオは国際間転移魔法装置を用いてギルド本部へとやって来ていた。
アルティオは一応変装こそしているが、適当に帽子とサングラスをかけているだけで、知る人が近くでよく見ればアルティオだとわかるだろう。
仮にも一国の王が護衛もつけず、海外に行くのはぶっちゃけどうかと思う。
フットワークが軽いと言うべきか何と言うか。
まぁ、戦闘面は馬鹿ほど強いし別にいいか。
そう考えるナツトだが、自分自身もそれなりに要人であることは忘れているようであった。
「お二人とも、わざわざありがとうございます」
ギルド本部へ着くと直ぐに案内がなされ、ティアメシアとはすぐに出会うことができた。
「では……」
椅子に腰掛けたティアメシアは余計なことは言わず早速本題へ入った。
「結論から言いますね。以前、ナツトさんが遺跡で見つけたあの文字……あれは、古代エルフが使用していた所謂古代言語です」
いきなり凄いお話がぶっ飛んできた。
「エルフの古代言語?と言うことは、あの遺跡は……」
「そうです。恐らくあれは古代エルフが作った遺跡です」
実に有用な情報である。
あの遺跡が古代エルフのものだとしたら、必然的にナツトの転生場所の遺跡も古代エルフのものである可能性が高い。
あの遺跡は年代測定の結果、およそ八千年以上前のものだと言われている。つまり八千年前のエルフはあのような遺跡を作る技術を有していたと言える。
「それで、なぜエルフの古代言語だと分かったんだい?」
アルティオが尋ねる。
確かに、あの文字がエルフのものだと断定できた証拠が欲しいところである。
「それは……この本のお陰です」
準備していたのか、ティアメシアは収納魔法から素早く丁寧に古びた本を取り出した。
「これは?随分と古そうな本だ」
「これは、母から受け継いだエルフの歴史を綴った本です。特殊な魔法道具のようで、空白のページに何かしら書き込むと、ページが無くならないように書き込んだページの数だけ空白のページが増えるようになっています」
確かに、本の表紙や前の方のページは古くなったり黄ばんでいるが、後ろの方に行くほどグラデーションの如く段々と白くなっている。
後からページを入れたりしない限り、こうはならないだろう。
「この本は代々エルフの長が継承して来たもので、千年前の魔王との戦いで当時の長であった父が母に渡していたようで、それを私が受け継いだわけです」
「成程」
「それでですね、この本の最初の方ですが、ここで扱われている文字が、遺跡で見つかった文字と酷似していることに気が付き、この本を参考にして解読に至りました」
丁寧に表紙を開いて、最初のページを見せるティアメシア。
覗き込むようにして見ると、それは確かに遺跡で見たあの文字と同じものが書かれていた。
「だが、なぜ今になってこれを?」
「あ……えー、と…実はですね……この本、千年前に母から受け継いでからというもの収納魔法に入れたっきりで、ずーっと忘れていたんですよね……その存在を……。つい最近、ふとした事で思い出しまして…」
忘れていたのが申し訳ないのか、ボソボソと子どもが言い訳するような感じのティアメシア。
それを見たアルティオは、少し微笑みながら優しくこう言った。
「すまない。別に怒っているわけではない。普通、千年も前の話なんて逐一覚えていないものだ。寧ろこの段階で思い出せた事を喜ぶべきだ」
「アルティオさん……ありがとうございます」
まぁ、そうだろうな。
常識的に千年も前の事なんて余程のことがない限り覚えていないだろう。
それに、当時は世界情勢がカオスなことになっていた。当時を生きていた者たちからすれば、そっちの記憶が色濃く残っているのが普通だろう。
逐一記憶しているなんて、それこそ何かしらの能力がない限り……
「……何?アルティオ。人の事を見て」
「いや、別に」
「……ごめんね!普通じゃなくて」
「はははっ」
目線でアルティオが考えていた事を察する。
例外がすぐ近くにいたものだ……そう言う視線だ、アレは。
仕方ないだろう?『記憶』と言ういついかなる時でさえ物事を完璧に覚えられる能力なんだから。
「ふざけるのはここまでにして話を戻そう。本の内容も気になるが……ティア、遺跡のあの文字はなんて書いてあったんだ?」
「はい!じゃあ先ずは読んだ通りの内容を言いますね」
そう前置きをして、ティアメシアは解読した通りの内容を話し始めた。
「我等、エルフ。最も偉大な種族。大地を統治し、神と対話する存在。
我等の大国は、破滅の炎に灼かれ、滅び行く運命にあり。暗黒の色に染まる竜王よ、良き隣人であったはずの竜王よ、何故我等の国を灼く?我等は対等の関係。互いの利を共有し、共に支え合った筈。何故だ?
そして、国の混乱に乗ずる奴隷どもよ。身の程を弁えよ。我等の偉大な叡智を奪い、我等を僻地へと追いやった。
ああ、神よ。何故我等の前へ顕現召されないのだ?智慧を授け、従順なる信徒となった我等を見放すのか?
いや、違う。神を疑うことは赦されない。我等がすべき事はこの場所を隠し、後世へ伝える事である。
子孫達よ。"ヒト"と名乗る忌むべき奴隷達より早く、残りの二つの施設へ行くのだ。さすれば、神への道が開かれるだろう」
ティアメシアが語り終えると、しばらく沈黙の時間が過ぎる。
エルフの古代都市云々の話が吹き飛ぶほどの内容だ。
「何とも凄い話が出て来たね……正直、想像以上だ」
ようやく口を開いたアルティオだったが、ナツトもそれと同意見であった。
まるで情報の嵐が通り過ぎていったみたいだ。
思っていた以上に、大事そうな話のオンパレードである。
最早、何から話せばいいのかわからなくなるレベルだ。
「太古の世界ではエルフが実質的に覇権を握っていたが、竜王によって滅ぼされた。そして、その混乱に乗じてエルフに抑え付けられていた"ヒト"が反乱を起こし、エルフは各地へ追いやられた……って感じかな」
取り敢えず内容を軽く纏めて言ってみる。
「聞いた限りでは、そのようだね」
アルティオもそれに賛同する。
「中でも特に気になるのは三つ。神とやらの存在と暗黒の色に染まった竜王と残る二つの施設だな。ティア、何か知っている事はないか?」
「うん、どれも本に書いてはいたよ。先ず、神って言うのは、エルフ中での特別な存在とかそんなんじゃなくて、何かしらの未知の存在みたい。この本もエルフの歴史の最初から書いているわけじゃないから、正確な事は不明だけど神はエルフに智慧を与えた存在。遺跡の内容からして神=竜王っていう訳じゃないみたいだし、記述が正しいなら何かがいた事は確か。それで、その神に会うために使われていたのが、三つの施設みたい」
「神に会うために使われていた施設……か。祭儀的な用途だったのか?」
「ごめんなさい。神と会う方法までは書いてなかった。本の内容もその辺りの詳述を避けている節があるし、もしかすると漏洩防止とかそういうケアなのかも」
「……その可能性はあり得るね。そう誰しもが神に会えたとは思えないし、一部の選ばれたものだけが神とコンタクトが取れるとすれば、神を信じる民衆の人心掌握も十分可能だろう」
成程ね、宗教的な使い方か。
確かに理に適っているし、本当に神が存在したならば、余程の宗教じゃない限り太刀打ち出来ないほどの絶対的な信仰心も集められ、民衆の心も掴み易い事だろう。
「さっきの内容から見ても、発見された遺跡はその神と会う為の施設と考えて良さそうだね。ナツトが赴いた時、遺跡はまだ機能していたと考えると、まだ神に会う為の手段は残されていそうだが……」
隣でアルティオがそう考察しているが、同時にナツトは頭の中に遺跡で見たある物を思い出していた。
壁に文字が刻まれていたあの場所……。
玉座らしきものがあって、その前には球状の何かが置かれていた台座があった。
ナツトはそれに触れて、確かにあの時、「繋がった」と感じた。
………………。
絶対にあれだろうな……。
転生場所の遺跡にも同じものがあったんだ。
断言こそ出来ないが、関係ないと言い切るには無理があると言うもの。
記述通りなら、僕はこれで二箇所行ったことになる。
……つまり、残り後一つ。最後の施設に行けば、神に繋がる道が開かれる……そうたが。
「暗黒の色の竜王というのも気になる」
「暗黒と言うと……僕としては邪神を思い出すけど……」
考えていたら別の話題に移っていた。置いていかれまいと、意見を端的に述べる。
「確かにそれは私も思った事だね。もしそうならば、この竜王が古い御伽話に出る邪神のモデルである可能性も十分高い」
古い御伽話……確か世界を混沌に貶めた邪神を五人の英雄達が倒したっていうお話だ。
このお話で出てくる邪神というものがいたために、ナツトが以前戦い、転生するきっかけを作った真っ黒な魔物も邪神と分類されたのだ。
「もしそうなら、あの御伽話はエルフ最盛期の頃のお話になるね」
あぁ、そう言えばあの御伽話はいつ頃作られたものなのか不明だったな。
この説が正しいなら、当時の状況を推測する大きな手掛かりとなるだろう。
「…………って、あっっ!」
唐突にティアメシアが叫ぶ。
様子を見るに何かを思い出したかのような素振りだ。
「ティア、どうしたんだい?急に」
「もう一つ大事な事を言い忘れてました!遺跡を調査してある魔法陣を発見したんです。これがその魔法陣です」
そう言って、数枚の写真を見せられる。
「立体魔法陣か……当時既に作られていたとは、最も偉大だと豪語するだけはあるね」
「あはは、その部分はご先祖の恥ずかしい台詞なので忘れて欲しいです……えーと、それも凄いんですが……本題はこれです」
ティアメシアが指差したある部分。それは、魔法陣の一部をズームで撮影したものだった。
指差しているところにあるのは、魔法陣の骨であり肉でもある魔法言語である。
魔法言語とは、魔法陣を描くときに書くことになる専用の文字である。
意味が異なる様々な文字を駆使してバランスを調整して魔法陣を作るのだ。
だが、根本的な部分はわかっておらず、何故その文字を描くと魔法陣として機能するのかといった原理的なものは不明なのだ。
「……?何、この文字?見た事ないなぁ……」
写真のその部分に書かれていた文字はナツトの知る文字のいずれにも該当しなかった。
その文字以外の周囲の文字については、ナツトも知っている文字で、今も昔も変わらず使われていた、というかなり重要な事実を知れる。
「そうなんです!この文字は現在の魔法言語の何にも該当しない未知の文字。その他の文字が現在でも使われていることを考慮すると、この文字は長い歴史の中で忘れ去られた文字……学者の間でよく囁かれていた『失われた文字』ですね」
『失われた文字』……。
現在二百を超える魔法言語を駆使して魔法陣を描くが、それぞれの文字の意味を理解して組み合わせる事で多種多様な効果を生み出せる。だが、ある言葉に対して、直接的な言い回しができず間接的にその意味を表す必要があったり、ある意味を持つ文字はあるのにそれの対極となる意味を持つ文字がなかったりした。
例で挙げるならば、「生」の意味を持つ文字はあるのに、「死」の意味を持つ文字がないと言った感じだ。
そんな例があるため、魔法言語を研究する者達では、歴史の中で失われた文字があるのだと推測されて来た。
そして、今回の発見によりその説が立証されたと言える。
つまりは歴史的大発見。憶測でしか物を言えなかった日々とはおさらばなのだ。
「それで、この文字の意味はわかったのかい?」
「それはまだですね。見つかったのもつい最近で、秘密裏にこの文字を用いた検証を行っている状態ですね。でも、遺跡で使われていたところを見るに、遺跡の状態を保つことに関するものだとは思います」
「確かに、その可能性は高そうだね」
「……まだまだ話したい事はあるのですが、時間がギリギリなので今日はここまでにしておきましょう。最低限、伝えたい事は伝えられましたし」
「そうか、ありがとう。実に有意義な時間だったよ」
「そう言って頂けると嬉しいです。……あ、エルフの歴史を綴った本の内容は、後日データにしてお渡ししますね。本当は今日お伝えしてしまいたいのですが、長くなるので……」
「そうか、わかった。助かるよ」
「じゃあ、エントランスまで送りま____ 」
「いいや、この部屋までで大丈夫だよ。目立つのは勘弁だからね」
「そうでした!」
「ありがとう、ティア。また今度」
「今日はありがとう」
「はい!今日は来て頂きありがとうございました!」
こうして怒涛の情報共有の時間は終わったのだった。
「難しい顔をしているね、ナツト?」
ラーテル王国へ帰還のため国際間転移魔法装置へ移動中、ナツトの顔を覗き込みながらアルティオは言った。
「新情報の嵐だったからね、衝撃の連続だよ」
「はは、確かに」
古代エルフの文明にその崩壊。神なる存在に邪神とにた特徴の竜王。そして果ては未知の魔法言語の発見。
過去の世界に一体何があったのか……。
未知のヴェールの包まれたこの世界の深い深淵を覗いた、そんな感じがしてならない。
そして、いつかその全貌を知る機会が訪れるのだろうか。
早めに種を蒔こう蒔こう、と考えていましたがようやく蒔けてなにより。
来年度はあるところまで進んじゃうとこういう種蒔きは出来なくなりそうですものね。
さて、更新が出来たので改めて。
良いお年を。




