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千年ぶりだね、大英雄  作者: 十五夜
【第8章】現代の勇者
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Ep.128 衝撃

「…だから…私は、やり直すことに、した。これまで…の、すで……あ、違う。すべてをなかったことにして、も」


腰掛けた木製の椅子がギシリと鳴る。美春はひとり黙々と本に向き合っていた。


部屋の奥に設置された机の上には、周りの背の高い本棚から引っ張り出されたであろう分厚い本が何冊も積み重なって置かれていた。

点けた照明の白い光が、埋もれるようにして読んでいる彼女と机に置いてある二冊の本をよく照らす。


静かな部屋の中に時折鳴るぺらりというページを捲る音が部屋中の本に吸い込まれるようにして消えて行く。


「……今日も図書室にいたんだ」


しばらくして、部屋の扉が開かれた。入ってきた者に対して誰が来たのかと、美春の興味が一瞬移るが、その者を一瞥するとすぐにその興味は無くなったのか、彼女は再び本を読み始めた。


「秋楽も、でしょ?」


読みながら彼女は答えた。

本を読むのはここ最近の日課なのだ。


訓練後の暇時間に、言語の勉強も兼ねての本を読む時間。

日々のストレスを忘れられる時間。

まだまだ読み進めるスピードは遅いと言えるが、本を読めることがこんなに楽しいと感じたのは一体いつぶりであろうか。


「まあね。進捗は?」


美春の隣に設置された机にやって来た秋楽は、椅子に腰掛けながらそう聞いた。


「悪くないって感じかなー。ゆっくりだけど、こっちの世界の小説も読めるようになってきたし」


「いいね」


「いやー、英語みたいに比較的覚えやすい部類の言語で助かるよー。日本みたいに平仮名、片仮名、漢字があったらこうはいかないからね」


勉強しててよくわかる。

日本語って難しい言語だったんだな、と。

本音を言えば、そんな認識はなかったが、いざこうして言語習得の状況に立たされて初めてそのことを実感する。

そして、同時に助かったと感じる。

美春の言う通り、幾つもの種類の文字を同時に扱うような言語ならばその習得難易度はぐんと高まり短期間の間で習得することはかなり難しいだろう。


「そうだね。日本語って難しい言語だったんだなって改めて実感するよ。あ、後で桜ちゃんも来るって」


秋楽もそれに賛同する。

読み進めていた本を取り出し、その横に美春と同じく辞書を広げる。


「りょ。ちなみにだけど他の二人は?」


「来ない。いつも通りすぐに部屋に戻って行った。訓練で疲れたんだと」


「……断りの常套句だね。勿体無いね〜」


呆れた様子で美春は言う。元から期待していないが、念の為聞いてみたという感じだ。


「あいつらの感じからして一人は面倒だから、一人はこっそり魔法を練習したいからって感じかな?この世界は伝えたい事を魔素を通して言えば伝わるから、態々言語習得は要らないだろって言う考え方かも」


そう、この世界は魔法という便利なツールがある。魔法を使う要領で魔素に伝えたい事を乗せれば、例え口を開かなくても、言語が違っても意味は通じるのだ。

だからこそ、異なる世界の住人である勇者達がこの世界の住人である教皇の言葉を理解できたのだ。

意思を伝えるという点で、魔素ほど便利なものはそう見つからないだろう。


「確かにそれで伝わるけど……なんかそれって損だと思わない?個人的な意見だけど。……その練習したいのは、秋楽が委員長って呼んでる人だよね?魔法を習得したいなら尚更この世界の一般的な言語を習得するべきだと思うけど、間違いかなぁ?」


常々思っていた事を美春は言う。

独学で好き勝手するのはいいとは思うが、基礎も整っていないのにいきなり独学はどうかと言う点だ。

少なくとも、自分たちの全く知らない魔法という存在を扱う上で、ずっと昔から付き合って来たこっちの世界の魔法に対する常識を身に付けてから独学という形で得意を伸ばせばいいはずだ。


「いや、あってるんじゃない?委員長は、まあ何かこっちに来て変わった気がすんね。俺の信じた道だけを進むみたいな?」


美春の意見に秋楽も同じ考えを示し、思っている事を添えるように言った。

委員長はこっちに来てから随分と変わった。

秋楽から見た彼は、日本にいた頃は、先生の言う事を従順に聞く良い子君だった印象が強かったが、こっちに来てからは自己中な部分が強くなっている印象だ。


いや、あっちでも割と自分勝手なところもあったし、本質的には変わっていないのか?


……まあ、いいや。所詮他人の事だ。

何か不都合が起きても、それは本人の問題だ。


「ふーん……未知の言語を習得する機会なのに勿体無い」


「ははっ美春みたいに、そういう捉え方が出来る人間はあまりいないんじゃないか?」


「あれ?そうなのかな?」


そう、所詮は他人事。

自分達には関係無いな、と結論付けて二人はこの話題を笑い飛ばした。






「美春ちゃん、遅れちゃった、ごめん」


それから間も無く、桜がやって来た。

少し急いで来たのか、彼女の息は少し上がっている。


「桜ちゃん!いいよいいよ〜気にしないで」


そんな桜を美春は笑顔で迎える。


「あ、お疲れ様です!」


「サルビアちゃんも!」


「はい、お邪魔します」


桜と一緒に、聖女の一人であるサルビアも来ていた。

サルビアは獣人ということもあって、その見た目は地球にいた彼等からしたら実に珍しいものであった。

時々ぴょこぴょこと動く猫耳が何とも可愛らしく、思わず触りたくなるがまだそこまでの仲ではないので美春も桜も自我を抑えていた。


「……あ、ちょうどよかった。サルビアちゃん、私前に歴史を勉強しようと思ったんだけど、どのあたりの年代から始めたらいいのか知りたかったんだー」


思い出したように、美春が言った。

ある程度言語の学習も進み、そろそろステップアップをしようと考えていた彼女は、歴史を勉強してみようと考えていた。

言語の学習のみならず、この世界の成り立ちや時代背景なども一緒に学ぶことができる。それは一石二鳥以上の学びとなるだろう。


だがしかし。いざ始めようとしても何処から始めればいいのかわからないという問題に直面した。


日本で言う原始時代から始めようとしても、いつからが原始時代なのかわからないのだ。


「なるほど……。歴史、歴史…。そうですね、私はこの国出身じゃないので、この国の人がどこから学んでいるのかは分かりませんが、有名なところだと、やっぱり初代勇者様が活躍された約千年前からがおすすめです!」


付け加えるように、それより前は私もよくわからないですと言うサルビア。

だが、サルビアの言ったのは確かにとっつき易く、かつ区切りの良い時代であった。


千年前、結託した人類は人類史上初の勇者が召喚し、そして魔王という世界を脅かす存在を滅した。以降、新たな時代の到来として様々な文化が発展した。

歴史の専門家からしても、千年前の戦いというのはやはり大きなターニングポイントだと捉えられているのだ。


「千年前かー。その初代勇者っていうのも気になるし良さそうだね。ありがとう!」


取り敢えず開始する時代の目安が決まったことに安堵する美春。


「いえいえ!」


役に立てて良かったという表情でサルビアは微笑む。


「その初代勇者って人は、今の時代まで言い伝えられているぐらい有名なんだね」


サルビアの話を聞いて桜は、顔も知らぬ初代勇者の今尚風化せぬその有名さに驚く。


「そうですね!この星には千年以上の歴史の記憶を明確に遺している大国が二つありますし、何より初代勇者様が自身を犠牲に世界を救った話は世界中何処を探しても知らない人はいないと思います」


「へぇ〜、まさに伝説って言うわけだ」


感心した様子で秋楽が言った。嫌味でも何でもなく、素直に凄いなと誉めている感じだ。


「はい!まさにその通りで、初代勇者のナツト様のお話は今もなお多くの人が語り継いでいる伝説なのです!」


「……えっ!??」


「……ちょっと待った!」


サルビアのその台詞で、場の雰囲気は一瞬にして変化した。美春と秋楽は動揺のためか座っていた椅子をガタンと大きく鳴らした。


「……………???」


桜はただただ困惑していた。昔話を「凄いなぁ…」程度に聞いていたら急に二人が慌しくし出したのだ。理由がわからず、あたふたしてしまう。


「な、何でしょうか……アキラ様……?」


「初代勇者の誰って?」


確認のため、秋楽はその部分を聞き返した。

聞き間違わないように耳を澄まして、答えを待つ。


「…な、ナツト、様ですが……?」


何か怒られているのだろうかと、思ったサルビアは慎重に返答する。


「ナツト……聞き間違いじゃない…ナツト……夏翔?……偶然?いや……」


答えを聞くや否や、秋楽はぶつぶつと独り言を始めた。

相変わらず、桜とサルビアは置いてけぼりである。


「秋楽!取り敢えず資料探すよ!」


だんまりを決め込んでいた美春が動いた。

立ち上がり、図書室の該当部分を探し始めた。


「そ、そうだな!」


秋楽もその言葉にハッとし、すぐに行動に移した。






 

それからしばらく経ち、積み上がった本の上に最後の本が積み上げられた。


「ダメか……どれも名前だけでフルネームがわかんない……」


「残念だけど、断定は出来なさそうだね……」


落胆。

今の二人の様子を表すのに最も適した言葉といえばこれであるだろう。


どの本にも載っているのは「ナツト」と言う恐らく名前の部分のみ。苗字と思しき記載がないので、この千年前の初代勇者が二人の知る人物だと断定することはできなかった。


あともう一歩と言うのに、届かないもどかしさ。何とも言えない感情が心を支配する。


「あのー……それで一体……」


機を見て、サルビアが質問した。二人とも怒涛の勢いで色んな本の細部まで見ていたので質問するタイミングがなかったのだ。

落胆する二人には悪いが、このタイミングしかないと判断したのだ。


「ああ、ごめんね。もしかしたら、その勇者が知り合いだったかもしれない…と思ったんだけど、フルネームがわからないから何とも言えないんだよね」


そう言えば、何も説明していなかったな、と秋楽は考え、今更ながら説明をした。


「!!そうなのですか!もしそうだとしたら凄い事ですね!」


「だよね。そこでサルビアさん、勇者についてもっと詳しく書いていそうな……それこそ勇者召喚の記録のようなものを知ってるかな?」


歴史書には載っていなかったが、自分達よりずっと長くここにいるサルビアならもっと詳しく書かれた本の在り方を知っているかもしれない。そんな期待も込めて秋楽は聞いてみた。


「記録ですか?因みに、その方のフルネームは何ですか?」


「希空、夏翔よ」


彼の名前を秋楽より早く美春が言った。


「わかりました!検索魔法……ワード、キゾラ…ナツト…」


サルビアは魔法を使う。彼女を中心に魔力を帯びた魔素が渦巻く。彼女が使ったのは一般的な検索魔法を少し応用したもので、図書室全体に範囲を指定し、特定の文字列を探し出す魔法だ。

そう彼女はパソコンの検索機能のような事を、紙に書かれた文字を対象に行っているのだ。


「……うーん、ない、ですね…私の探し方が間違っているかもしれませんが……」


「そっかぁ…」


結果は残念ながら……と言った具合のようだ。

いかにもそれらしい魔法が出て来たので、一瞬期待したが、思うような結果にはならなかった。


「あ、でも勇者召喚を仕切っている教皇ギフト様や、真面目で有名なメベリータ様なら知っているかもしれないです」


この落ち込んだ空気を戻すためにサルビアは、必死の思考の末に導いた考えを共有する。


それを聞いた二人は、確かにそうかもしれないと感じる。

国の頭なら何かしら知っていても何ら不思議では無い。いや、あるはずだ。サルビアの話から勇者召喚は何度も行われていると考えてよさそうだ。であるならば、勇者召喚をより効率化するために記録して、データとして残すはずだ。


「教皇とメベリータ……会ったら聞いてみてもよさそう…か。サルビアさん、どうもありがとう」


可能性はまだある。そして、それを突き止めるための道もまだある。

二人の表情が落ち着き、サルビアはホッとした。


「いえ!お役に立てたなら嬉しいです!あ、私そろそろ行きますね!また何かあれば遠慮なく言ってください!」


そして、時間を見て、もうすぐしたら用事がある事を思い出したサルビアは急足で去っていった。







「ごめんね、桜ちゃん。置いてけぼりにしちゃって」


サルビアが去ってから、美春は桜に謝った。

美春は動揺していたとは言え、すぐに説明できなかったことに少し後ろめたい気持ちになっていた。


「ううん。気にしないで。私だって同じ状況ならきっと同じことしてる」


それを察したのか、桜は気にする素振りは見せずに堂々と許した。


「ありがと」


「ねぇ、美春ちゃん。私も、手伝っていいかな?」


桜は提案した。

二人の様子からして、確かめたいその人物が二人にとってきっと大事な人なのだと理解していた。

なら、一緒に探してあげたい。

いつも助けてもらっている恩返しではないが、友達を助けたい一心で彼女は力強く言ったのだった。


「もちろんいいよ!お願い!」


断る理由なんて無い美春は、喜んで承諾する。


「……桜ちゃん。なんかいつもと雰囲気違うね」


その様子を静かに見ていた秋楽は、少し意外そうだった。

いつもの桜は、美春に守られているイメージが強かったためだ。ここまで、力強く行動に移そうとする今の彼女とはイメージが結び付かなかった。


「いつもは、視線が多かったりするからね。でも桜ちゃんは芯の強い子なんだよ」


「は、恥ずかしいです」


あまりにしっかりと評価されたので、恥ずかしさで耳が赤くなる桜。




秋楽は、思った。


女子達はこんなにも立派なのに、男子は今のところ全然と言っていいぐらいにはダメダメだな……と。



寒くなったり、暑くなったり。

最近はよくわからない気温の変動ですね。


だがしかし!

どんな時でも、冬場の炬燵は最高なのだ!

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