Ss.10 第35代勇者の彼等
殆どの人は生きる限り一度は「唯一」に成りたいと思うだろう。
他の動物にはないであろう人間らしい欲望。誰も持っておらず、ただ自分一人が持っているもの。それが物であれ才能であれ容姿であれ、「それが何か」は人それぞれであるが、自分という存在がここにあると証明する物が欲しいと思うのかもしれない。
それがあれば、自己を肯定することができ、この世界に生きる意味を見出せる気がする、と。
また、ときにその思いは他者と自分を比べ、その差を妬むことさえあるだろう。
人が生きると言うことは思考すると言うこと。悟りでも開かない限り、殆ど無い物ねだりと言える何かを欲す欲望というのはきっと無くならないだろう。
何でもいいから一番になりたい。
そんな曖昧なものを望む人間がここにも……彼、「水沢皇次郎」は努力してもそこまでいい結果を残せず、また運良く身に付いても一番には程遠かった。いつからか、自分には才能がないと感じるようになり、何もかもが無駄に思えたのだ。
そう思ってしまって以降、何事にも中途半端になってしまった。
だが、彼には才能がまったくなかったわけではない。彼には喧嘩の才能だけはあった。
きっかけは本当に些細な子ども同士の喧嘩。喧嘩した理由も忘れたが、彼は喧嘩に勝ち、一部のクラスメイトからチヤホヤされた。「スゲー」だの「カッケー」だの、当時の彼はそれが実に気分がいいものだった。
そのため、彼は調子に乗っていた。
そんな背景もあってか、幼いときは力にものを言わせてクラスの頂点に立っていた。
みんなを自分自身より劣っているとし、その上に立つことで彼は自分の存在をアピールすることで自己を肯定していた。
それから数年間は彼が頂点の世界が続いた。
しかし、歳を重ねるにつれ、気付いた時にはクラスを支配するのは暴力から知力に変わった。当時暴力しか取り柄のない彼はこれまで下に押さえつけていた筈の頭のいい奴らに逆に支配される事になった。
彼らは結託し、計画を立て言葉巧みに自分を誘導し、手を出させ、その決定的なタイミングを狙って何人もの先生に見せた。それからというものの彼を取り巻く環境は百八十度変わった。
周囲の人間は暴力は野蛮なものとか、あいつは手を出すことしかできないとか、至る所で彼の耳に聞こえるように言い出した。
これまで彼に従っていた者達も全員寝返って彼の悪口を言い出した。
彼がキレたら、「いいのか?また暴力を振るうのか?」と言い、その言葉で動きを止める彼を見て更に煽る始末。
彼は顔こそいいが中身は最悪の人間という認識が広まった。
広まった噂は彼を生き辛くさせた。自業自得と言われればそうだし、加害者が何被害者ぶっているんだと言われてもその通りだが、事情も何も知らない第三者が好き勝手言ってくるのは心底嫌だった。
小学校に彼の居場所はなくなった。小学生最後の年、彼の持つものはこと世界、この国で生きる上で無価値に等しいと知らされた。
幸いというべきか、彼の親の転勤があり、遥か遠く離れた都市に引っ越すことになった。
転勤前の場所は地方だったので、彼のことは良くも悪くもその学校の人間しか知らなかった。
今度は同じ過ちをしないぞと心に決め、戒めも込めてこれまでの不真面目な見た目から、髪を整え真面目そうな見た目に変え、中学校へ進学した。
このことが功を奏してか、その学校の人達は慣れない環境の彼と好意的に接してくれた。
日々の生活を過ごす中で気づいた。人それぞれが持っているもの、それを見て彼は心底羨ましいと感じていたことに。
人を傷つけることしかできない己の才能と違い、人を喜ばせる才能や笑わせたりする才能などを見て、何で自分はそんな才能じゃないのかと深く嫉妬した。
だが、人は過ちを繰り返す生き物だと言う。あんなに戒めを込めた筈なのに気が付いたら彼は似たような事を始めていた。
中学を卒業し、高校へと進学した彼は知恵をつけ平均程度の成績はギリギリ取れるようになった。中学ですっかり過去の記憶が薄れていた彼は、次第に過去に戻っていった。
しかし今度は暴力は使わず、言葉を使った陰湿なモノ。子分を作り、気に入らないやつにちょっかいを行う。気晴らしみたいなノリであった。気が付いたら真面目そうな見た目もやめており金に髪を染め、アクセサリーを構わず身につけていた。
側から見れば単なる悪ガキであった。
度々、そんな彼のことを注意する同級生がいた。彼は、その同級生である人間が嫌いであった。なぜならば、彼から見ればその生徒、「赤河流星」はこちらの事情は何も知らないくせにただ自分の都合を押し付けて、こちらを注意してくる正義気取りであり、どこか過去を周りからネチネチ言われたトラウマを思い出すため、心底鬱陶しかったからだ。
しかも、何かあればすぐに先生にチクるため、これまた過去を想起させる面倒な奴だった。その性格、言動が生理的に彼とは合わなかった。自分が率先して介入し、話し合えば誰とでも分かり合える仲良くなれるみたいな正気を疑う気持ち悪い事を言って、いちいち癪に障るため彼は無意識に避けていた。
最近彼は、いつもクラスの端にいるボサボサ頭で、いかにも陰キャなメガネをかけた男子「陸野秋楽」に目をつけた。そいつは学年トップの成績で、趣味を沢山楽しみたいから少し偏差値の低いこの高校にしたと言っていたのを以前耳にした。メガネを外せば隠れイケメンだと、女子人気も高いそうだ。
彼は気に入らなかった。彼はやっとの思いで入学したこの高校に余裕に受かったと言わんばかりのその態度に。彼はメガネ君の邪魔や嫌がらせをすることで、自身の鬱憤を晴らすと共に成績も落としてやろうという、実に小さく、くだらないことを考えていた。
高校二年が始まって少し経ったある時、彼はいつものように下校していた。
そのとき、彼は視線の先に秋楽を見つけた。強請るネタを探していた彼は、その彼がいつもとは違う道を行こうとしていることに気がついた。
何かを察した彼はその後をコッソリついていくことにした。
しばらく歩いた後、秋楽はある交差点に辿り着いた。その交差点の端に花束が置いてある場所があり、秋楽はそこでバックから取り出した片手で持てるぐらいの花束を置き、黙祷をした。
「おい、何してるんだ?」
それを邪魔するように、彼は声をかけた。
「………誰かと思えば、君か。……見ればわかんだろ?黙祷だよ。俺にくっだらないことをしたいんだろうけど、場所は選べ?」
秋楽は実に面倒臭そうな目で彼を見ながらそう言った。
「…なんだ?もしかしてここで知り合いでも死んだか?」
「………」
「この場所…あ!わかった、あれだろ?今世紀で一番運の無かった人間ってネットで言われてたやつだろ!なんだ、あれお前の知り合いか!いや、ドウジョーするぜ、あれは」
普段ニュースを見ない彼でも、近所で起きてかつ学校やネットでも話題になったから、その事件は僅かながらにも知っていた。
知っていると言っても本当にざっくりとだけだが、あんな運の無い死に方をしたら、ネットの心無い一部の奴らにネタにされるのも仕方ない、そう考えていた。
「……お前さ、俺がさっき言った事忘れたん?ぶん殴るぞ」
彼は気付いた。秋楽が珍しくキレていることに。普段からトゲのある口調ではあるが、いつもなら使わないような直接的な言葉を使っている。心の中で流石に言いすぎたかもしれないとほんの一瞬思いつつも、初めてこのメガネを釣れたことの方が彼にとって大事なことだったので口で煽り続ける。
「いいぜ、来いよ!陰キャメガネ」
秋楽は明らかに怒っていた。今にも殴りかかってきそうな雰囲気である。
人通りこそあまり無いが、こんな場所で喧嘩を始めたら、確実に人の目につくだろう。
そうなればタダでは済まない。こいつの人生を何割か台無しにできそうだ。日頃俺を馬鹿にして無視して来た報いだ。
それにこんなヒョロヒョロ、喧嘩になれば俺の敵ではない。
彼は心の中でそう思い、来いと念じた。
しかし、横から邪魔が入る。
「コラー!」
「……まーた、騒がしいのが」
やって来たのは、鬱陶しい同級生こと、流星であった。
「チッ、お前邪魔しやがって!何でいんだよ」
肝心な所で邪魔が入った彼は激怒していた。怒りをそのままに流星に怒鳴りつけた。
「彼について行く君を見かけたから、ハッと思ってついてきたのさ!暴力はダメだ!」
「うぜぇな!俺たちの問題だからお前は関係ないだろ!でしゃばんな!オタク委員長が!」
「な、なんて事を言うんだ、君は!?…いやそれよりも、まず仲直りだ!ボクが見守っておくからさ、ホラ話し合って仲直り、するんだ」
「だ、か、ら、うるせぇ!別にコイツとは壊れても困るほどの仲は無いわ!」
「……なあ、五月蝿いから、あっち行ってくれない?迷惑だ、ここで騒がないでくれ」
「あぁん?」
「何を言うんだ!折角ボクが二人の仲を取り持ってあげているのに!」
混沌である。秋楽にとっては話の通じない相手達が構わず騒ぎ立てている状況であり、ため息しか出なかった。
「………あのー…済みません、花置きたいのでそこ退いてもらえますか?」
そんなところに新たな人物が介入して来た。
「あぁ?今度は誰……!」
彼は声の聞こえた方向に向かって叫んだが、その声の主を見て思わず驚いた。邪魔してきた人物は彼と同い年ぐらいの他校の女子だった。二人いるが、声をかけてきたのは手前にいる茶と黒の間の髪色のどことなく気の強そうなショートヘアの可愛い女子だった。彼女は彼の目から逸らすことなく合わせ、睨んできた。もう一人の黒い髪をくくった女子はそんな状況にアワアワと戸惑いながら彼にビビってショートの女子の後ろに隠れるように立っていた。
二人とも彼の好みの見た目をしていた。この二人の高校は女子のレベルが高いとよく聞くが、成程納得であった。
「失礼します」
ショートヘアの女子はそう言い放ち、その場にいる三人の男子を掻き分けるようにどかして、花を置き黙祷した。
「それでは、失礼しますって…あれ?アキじゃん。何してるの?」
ショートヘアの女子は去り際にふと視界の端に捉えた秋楽に声をかけた。
「分かる癖に。アイツに会いに来たんだよ。てっきりお前はあいつの爺さん家に行ってるもんかと思ってたけど」
「どっちも行ってるよ。アキは……うん、なんかいろいろ大変そうだけど、じゃあね。あ!…ごめんね、桜ちゃん!お待たせ、行こっか」
秋楽の事をアキと呼んだショートヘアの彼女は秋楽の後ろにいる騒がしかった男子二人を見て、秋楽に同情の目線を送り、去ろうとした。
「う、うん…」
「ち、ちょっと待て!いや待ってくれ!」
気が付けば彼は二人を呼び止めていた。秋楽との関係性は気になるが、それよりも二人の連絡先ぐらいは交換しなければ。
「……何?」
ショートヘアの女子の声には僅かに怒気が含まれていた。
「なぁ、二人とも、連絡先を交換してくれないか?連絡したい」
「はぁ?嫌です」
「ま、待てって!そっちの、確か桜ちゃんだよね?君はどう?」
「えっ!?わ、わ私もお断りしますっ!」
「ねぇ、気安く桜ちゃんの名前を呼ばないで。気持ち悪いですよ」
二人は後退りしながら、少しずつ距離を取り再度振り向き足早にこの場を去ろうとした。
「くそッ!待てっ!!」
彼は逃がさないぞと、二人の腕を掴もうと手を伸ばした。
その時だった。思わず目を瞑ってしまうほど地面が光りだした。
「何だッ!?」
光は彼や流星、秋楽に女子二人を包んでいるようだ。
全員その眩しさに思わず目を手で隠している。
彼はその光をよく見ようと地面に目を向ける。
光は大きな円を描き、その中に細かな模様が刻まれていた。まるで、漫画で見るような魔法陣だ。
光が一段と輝いた時、周囲の景色が消え、何かに引き摺り込まれるような感覚とともに彼は意識を手放した。
次に目が覚めた時は、周囲の景色、人の姿などあらゆるものが日本のそれとは異なっていた。
「オイ、何が起きたッ!?」
状況が飲み込めない彼は大きな声で叫んだ。だが、叫んだところで誰も彼には返してくれない。
そして、彼の周囲を囲む白装束の男たちの中から、いかにも偉そうな服装をした男がこちらに近付きながらこう言った。
「……世界の救世主たる、勇者諸君よ。よくぞ我等に答えてくれた。どうか、悪しき魔王を討ち滅ぼし、この世界に安寧と希望を齎してくれ」
この人達連れて来るのによもや2年半程かかるとは……。
何事も想定通りにはいかないものですね、やはり。
あ、この人視点にした理由は特に無いです。
単に導入として都合が良かっただけですね。
ストーリーから少し離れた番外編を一個挟む予定です。




