Ep.115 言及
「貴方、好きな人がいるの?」
「………………はい?」
突然何を言っているんだ、このお姫様は。
それは、唐突。あまりにも唐突だった。
生徒会室での真面目なお仕事中にその質問は投げかけられた。
そのせいか、脳がしばらくフリーズする。しかも、それを投げかけたのが、そういうイメージがない人物だから尚更思考停止する。
「………………チェリー……会長?唐突に、一体なに……?」
数秒後、小さく開いた口からようやく言葉が出る。
他の役員は外に出て行っており、今この部屋にいるのはナツトを含めチェリーことチェルーティアの二名だけであった。
「……シャック貴方、これまでに何回も告白されているよね?そして、その度に断っている」
随分とズバズバと直球な質問である。
回りくどいのは嫌だと言う、そんな意志を感じる。
というか、人生で姫様にこんな会話を振られるなんて考えたこともなかった。生徒会とか、討論とか妙に深く関わっているからなのか?
「………」
それはさておき、彼女の質問に対し何と答えようか、沈黙してしまう。
「間違いない……よね?」
「う、うん、ソウデスネ」
これに関しては、間違いない事実である。下手な否定は悪手になると察し、正直に答える。
「なぜ?」
……なんだこれ、尋問か?
「なぜって言われても……」
またも、答えに悩む。
「そう。じゃあ聞き方を変えるわ。貴方は好意を寄せている相手がいる。だから、これまでの告白は全て断っている。"はい"か"いいえ"でどうぞ?」
「……いいえ」
「いいえ?じゃあ、なんで断っているのよ」
また同じ質問に戻って来た。
どうしよう。何で答えるべきか。適当に答えたらぶっ飛ばされそうな剣幕だ。
「……………昔、付き合ってた子がいたんだけど、ちょっとした事で喧嘩になったんだけど、そのまま会えなくなったんだ。本当に悪い事をしたと後悔してて、以来同じ失敗はしたくないなって思ってね」
搾り出した返答をゆっくり話した。
相変わらず、部屋の中は途轍もないぐらい居づらい雰囲気が漂う。もし、ここに誰かが来ようものなら、その空気と謎の圧迫感に圧倒され思わず逃げていくことだろう。
「ふーん……嘘ね」
見透かしたかのような彼女の視線がシャックに突き刺さる。
「うぇっ!?」
動揺してしまう。こういう分野に関する戦いは苦手かもしれないと内心思う。
「いえ、嘘ではないけど…私の質問に対する答えとしては弱いわよ」
「……そう思う理由は?」
ここで切り返していく。一方的にこちらが話すのは良くない。不利になる一方だ。
……いや、この言論に不利も有利もないかもしれないが……いやいい、そんなメタ発言、考えるな。
「そうね……仮にそのことがトラウマだったとしても、貴方なら同じ失敗は二度とするもんかって思うハズ……そして、それを全力で実行しようとする。貴方はそういう人だと、私は思っているわ」
「…おぉ……なんか、ありがとう」
思ってもいないところで褒められたので素直に嬉しく、感謝する。
「いいえ。……それで結局のところどうなの?」
結局のところ…か。
さっき言った言い訳も嘘ではないのだが、彼女が訊いているのは、もっとこう……僕の本心的な部分のことだろう。
本心、本心……。そうだな…強いて言うなら……。
「……自分で言うのもアレだけど、僕って割と一途なとこあるのかな」
時間にしておよそ一分ほどの沈黙だったと思う。こんな事がなければ考えることもない自分自身の本心というものについて全力で向き合った…と思う。
まぁ、それを馬鹿正直に彼女に言うというのも何だか変な気もするが、彼女……チェリーには言ってもいい気がした。
「……成程、要はその子のこと引き摺っているのね」
「う、濁したのに……。まぁ、そうなるね」
遠回しの言い方も無視してストレートを突きつけてくるチェリー。
だけど、話が早いのは非常に助かる。
「じゃあ、その子に会いにいけば良いじゃない」
提案……。確かにその案は、アリだ。
僕の中にある憂いを断ち切るには一番の早道かもしれない。
…だけど…………。
「それは出来ない」
即答での強い否定。その否定は、もう会えないという半ば諦めの気持ちも入っていただろう。
なぜなら、その彼女は「この世界」には、居ないのだから。
「あら、強く否定するのね。何か理由でも?」
あ、しまった。墓穴を掘った。もう会えないという気持ちが先行するあまり、早く強く否定してしまった。
何と答えようか。ここで有耶無耶にしたらかえって怪しまれる。
「あ、あー…もう会えないって言えばわかる、かな」
「…………ごめんなさい」
ごめん、チェリー。君の勘違いを利用した。この言い方だと、僕の前世があることを知らない人にとっては、その人物と今生の別れをしたと受け取ることだろう。
いや、実際そうなのだが、チェリーからしたらその子がもうこの世にはいないという誤認をする。
「いや、気にしないで。もう会えないのに、あの人への想いを残して、利用して、色恋沙汰には関わらない、考えないってしているのが今の僕」
言葉にすると最低な奴だと感じる。だが、彼女への想いは前世の幼き頃に強く出来たもので、そう簡単に消せるものでもなかった。
向こうは僕のことなんて忘れて、日々を楽しく生きているだろうか。
……ふと、そんなことを考えてしまう。
自分自身のことなんかに縛られずに幸せに生きていて欲しいと思う反面、心の奥底では忘れないで欲しいと願う自分がいる。
願うは彼女の幸せに相違ないが、そんな傲慢な願いを……。
……いや、今は関係ない話だな。やめよう。
「仮にその気持ちを捨てたとしたら、貴方は誰かと付き合うの?告白してきた子達とか」
「……付き合うことはないね」
「また断言。理由を聞いても?」
つくづく僕は馬鹿だな。言わなくてもいい事を馬鹿正直に言ってしまう。
でも、出来たらさっきまでのお話でこの話題は終わりにしたかった。
言っているこっちがしんどくなってきた。
「う〜ん…強いて言うなら、付き合えないから?」
「付き合えない?タイプじゃないってことかしら?」
「違う違う。下手に付き合えない事情があるってこと」
「……どういうこと?」
「……そうだね…君の理由と近いかも?」
喋るのはここまでだ。流石に喋りすぎた。これくらいが潮時だろう。
「私の?それって一体……」
チェリーは困惑する。そんな彼女を他所にナツトは広げていた書類を手早く一つにまとめる。
「よし終わり!これ、今日の仕事分です。確認お願いしますね、会長!」
未だ困惑する彼女に押し付けるかのように、まとめた書類をささっと手渡す。
話しながらも、与えられた仕事はしていたのだ。
「え?えぇ、ありがと、う……」
頭が別のことで手一杯なチェリーは途切れ途切れの返事をする。
「では、用事があるのでお先に!」
ナツトはその瞬間を見逃さず、あっという間に生徒会室の扉を開けて、出て行った。
「え、ちょっと!?シャック!……あ……」
慌てて追いかけたチェリーだったが、ナツトが出て行った廊下にはもう誰も居なかった。
逃げられた。
そう頭の中で、一瞬考えたチェリーだったが、すぐに先ほど迄の思考へ戻る。
「…….私の理由…?…私が"下手に付き合えない"理由ってこと…?………?」
結局、そのモヤモヤとした疑問は解消されることはなく、心の中に蟠りを残したまま彼女は、城へと戻ったのだった。




