Ep.105 暇潰し
……切るか?
「お互い無事で良かったな」
「そうですね、怪我もなさそうで安心しました。ところで、あの二人は?」
「無事だ。だが、仲間を失ったことが今に来て強いストレスになっているみたいだ。その辺りのサポートは専門外だから任せるしかないが」
ナツトはギルド本部内にいたチェザンとシュルベルトに声をかけられ、話していた。
助けた二人の毒も完全に解毒され、命の危機を免れたみたいだが、冷静になったことにより仲間を失ったという事実に絶望している状況のようだ。死後すぐの遺体が残っていれば、まだ蘇生の余地があっただろうが、スライムに食べられた以上、骨も残っていない。
残念だが、親しくもない殆ど赤の他人であるナツトが彼らにできる事はもう無い。
ただ、彼らが立ち直れることを祈ろう。
「それにしても、竜か。よく生き残れたな」
「なんとかって感じです」
「やっぱり俺の見込んだ通りの実力…いや、それ以上だっただろ?」
彼ら二人は当事者として上から事の顛末が知らされていたようだ。あの白い竜の情報はギルドが正式に公開するまでは隠しておけと言われているらしく、彼らの声はいつもより小さめだ。
「……いつまでここにいる予定なんだ?」
「あー、明日に国へ帰ろうかなぁ…と」
「そうか、じゃあ今日の夜空いてるか?」
「今日の夜ですか?はい、空いてますよ」
「よしよし。なら晩御飯一緒に食べようぜ。ご馳走の約束だからな」
そう言えば、そんな約束をしていたな。
色々ありすぎて、すっかり頭の端に避けられていた。
少しの間談笑していた三人だが、昼の間は二人は用事があるそうで、時間になったらまたここに集合ということで、一先ずお別れとなった。
さて、再び一人になったわけだが、予定通りギルド内を歩き回ろう。今いる場所付近は、所謂ロビーで、依頼を受ける受付カウンターがズラッと並んでいる。その見た目には初見時は圧倒されるし、まさにギルド本部だ!っていう感じがある。
普通のギルド支部などならこの受付より規模の小さい受付と、その近くにちょっとした溜まり場があったり、訓練場や宿泊場所があるぐらいなのだが、ここは本部である。ロビーに置いてあるパンフレットを見ればよくわかるが、一流ホテル並みの食堂、アミューズメント施設、果てには温泉まで用意されている。
ここだけ見れば、完全にホテルであるがここが日々危険な魔物と戦っている最前線であることを忘れてはいけない。目的こそ色々あるとは思うが、日々魔物と戦い、魔物が人里へ侵攻しないよう止めている彼らのストレスを発散させるという意味で、これらの施設は非常に需要が高いのだ。
そんな訳で取り敢えずアミューズメント施設のところまでやってきた。
色んなものが置いてある。何か日本でも見たことがあるようなゲームもあるし、魔法を使って遊ぶようなものもある。
見ているだけでもとても楽しいのだが、それ以上にニヤけてしまうことがある。
前にも言ったが、ここはギルドの本部。やって来るのは一流の冒険者達だ。そんな彼らはガタイもいい人が多い。つまりはムキムキな人が多いのだ。ナツトのような細身の冒険者もいるが、少数派だ。
例えばだ。ムキムキの人達が、横に並べられたサーキットゲームのような複数人で同時にできるようなゲームにキツキツで座って楽しんでいる様子を見ると、どこか微笑ましく見えるのだ。見た目はとても近寄り辛いというのに、ゲームを笑い楽しむその姿は、そのギャップ差で不思議な感覚に陥ってしまう。
一番面白かったのは、腕相撲対決だった。特に盛り上がっていた場所であり、そこにいた人に聞いた所、連日トーナメントで王者を決めているそうだ。
全く知らない赤の他人だろうと関係ない。皆、子どものようなテンションで対戦者を応援し、状況に応じて一喜一憂し、ひたすらに盛り上がる。それでいて、ちゃんと他人に迷惑かけないよう一人一人がルールを守っているということがとても好感を持てた。
「楽しかったな」
気が付けばかなりの時間が過ぎていた。このままあそこにいたら一瞬で日が暮れてしまうので、名残惜しいが切り上げ、温泉に行くことにした。
パンフレットを見るに、かなり豪華みたいだし、この機会を逃す手はないだろう。
温泉は地下階に作られており、男女別々である。入ってすぐにその規模に驚く。というか、脱衣所の時点で既にバカ広い。
そして、当然風呂場も素晴らしいものであった。感動ってするんだな、と思った。
そして、こちらにも筋骨隆々な人が多い。サウナとかもあったが、ちょっと自分が場違い感が凄いなと感じてしまった。
興味深いものが多ければ、それだけ時間の進みというものは早く感じるものだ。気が付けば約束の時間が迫っていた。
チェザンに言われた場所へと向かう。時刻的にはまだ日が傾き始めたぐらいだ。
遅れる事が嫌なナツトは、何が何でも約束の十五分前には集合場所に行くことにしている。待つのはいいのだが、待たすのは絶対に嫌なのだ。この世界はそれなりに時間に対して厳しいのだが、日本ほどではない。
こういうところは、前世の染み付いた日本人の部分が現れているのだ。
まぁ、この世界は転移魔法とかいうチートすぎる魔法があるので、地球よりずっと時間的余裕が得られる。そのため、地球以上にギリギリまで寝る……それこそ一分前まで寝る!というような行動が取れるのだが、それでも遅刻する奴は遅刻する。そういうものだ。
「待たせたな」
約五分後にチェザン達が合流した。予想よりずっと早い到着だ。
「よし、行くか。こっちだ」
チェザンは先導し、近くにあったエレベーターに全員を乗せた。
一見レトロな雰囲気のエレベーターだが、その内部回路というか内部魔力回路を見れば、中身は途轍もなく精巧に作られた最新式のものである事がわかる。
全員が乗ったことを確認したチェザンは迷いなく一番上の階層を示した数字にタッチする。見慣れたエレベーター同様、その数字は淡く光り、音声とともに空間は閉ざされた。どうやら簡易的な結界にて、空間を閉ざすことにより安全性を高めているのか。
エレベーターは音もなく静かに上昇していく。ファンタジー系でたまに見かける、急な方向転換みたいな事は無かった。良心的なエレベーターだ。
「そろそろ見えて来るぞ」
最上階まではまだ少しある。何が見えて来るのか一瞬わからなかったが、次の瞬間その言葉の意味を理解する。
それまで、建物内の壁しか無かった変わり映えのない景色から一変、一面ガラス張りの部分にエレベーターは差し掛かったのだ。そしてそこからはギルド周辺の景色が一望できた。
神秘的である。夕日が沈む中、それに照らされるのはあの魔の領域。有無を言わさぬほど素晴らしい景色である。ただ一点、夕日が途轍もなく眩しいという事さえ目を瞑れば完璧である。
景色に感動している間にエレベーターは最上階へと到達する。
最上階には展望台と最高級のレストランがあるのみだ。ギルド内にこんなレベルのレストランがあること自体が凄いのだが、これはパンフレットに載っていたので動じない。まさか来ることになるとは思っていなかったが。
というか、冒険者達がマナーよくここを使えるのか心配したが、ここにいる人なら大丈夫なのかもしれない。
綺麗な店内に入ると直ぐに案内され、席に座れた。様子を見るにチェザンとシュルベルトの顔は覚えられているみたいだ。まぁ、長くここにいる訳だしそれもそうか。
「どうだ、凄いだろ?日が完全に落ちたら、満点の星空も見れる。色んな店に行ったが、ここより良いとこは無かった。断言しよう」
そう言うチェザンは自慢げであった。シュルベルトはやれやれと言うような顔をしているが、実際チェザンの言う通りなのだ。まだ食べていないので料理に関してはなんとも言えないが、景色は文句のつけようがないのだ。
景色に関しては間違いなく、ナツトが見てきた店の中でもトップクラスだ。
そして、そこから運ばれて来る料理と言えば…実に素晴らしかった。城の料理に匹敵するレベルだ。食レポのセンスがないのでうまく伝えられないのだが、凄まじかった。使っていた食材に魔の領域産のものが含まれているのはならではだな、としみじみ思った。
「……ご馳走様でした」
感謝は大事。雑にしてはいけない。
「美味しかったか?」
ニコニコで訊くチェザン。その表情だけでもナツトが何と答えるかわかってるような、そんな顔をしている。
「とっても美味しかったです」
「それはよかった。いいだろ、ここ。まだ若手だった時にティア婆に連れて来てもらったんだ。その時の感動は今も忘れねえ」
成程、ティアメシアに連れて来てもらったのがきっかけか。
「だが、同時に意地悪でもあったな。後でこの店の値段を知った時に二人で驚いたものだ。一度知ったら、もう一度食べたくなる。二人でまた来ようと誓い、今ではこうして常連になれた」
「あの時は本気で金欠だったからな、あのお預けは効いたよな」
かつての駆け出しの頃の日々を思い出して最後の酒を口に運ぶ二人。確かにこの味を知ったら世界が変わるだろう。それだけの美味しさと言うものがここにはあった。
「次は彼女連れて来な」
「ははは、考えておきます」
「それ、検討しないやつだろ!?」
年齢差など関係なく、それでいて楽しく和やかに。そんな夕食は笑顔と共に。
「シュルベルト、シャックと先に出ててくれ。スマン、会計、お願いする」
「畏まりました、こちら伝票になります」
「ありがとう、ギルドカードで宜しく頼む」
「畏まりました、失礼致します……はい、ありがとうございます。またのご来店お待ちしております」
(……こんなに酒飲んだっけ?飲んだか…いや、飲んでたな)




