Ss.8-5 受け継がれる全て
時は少し遡る。
コァは絶望的な戦いに挑み、そして負けた。元々、父親から戦いに関して学んでいたので、出来ないわけではなかった。だが、圧倒的に練度が足りなかった。
去り際にタドラは言った。
「魔法とか、中々筋が良かったぜ?お前がダイアモンドじゃなければ、将来有望だったのになァ?その傷じゃ、もう無理だな。恨みが怖ェことは俺が一番知っているからな。変な禍根はキッチリ潰しておく…これに限る………ん?もう聞こえてねェか。あばよ」
タドラは動かなくなったコァを見て、死亡したと思ったようだ。血を払い、剣を背に担ぎタドラは去っていった。
しかし、コァはまだ生きていた。その心臓は小さく鼓動していた。彼女は単に気絶していたのだ。だが、十分に致命傷だ。手持ちの薬草などでは最早治療不可能なレベルで。遅かれ早かれコァの命が尽きるのは明白であった。
そして、タドラが仲間を引き連れ村を去った後やって来たのが白き竜であった。
そのタイミングで奇跡的にコァは意識を取り戻したのだ。
「来てくれたんだ…ドラゴン、さん」
笑えているかわからない。搾り出すようにして紡いだ言葉はちゃんと伝わっているだろうか。でも、最期に会えて、会いに来てくれて嬉しかった。
「まけちゃった…ねぇ…ドラゴンさん。お願いがあるの」
口はまだ動く。コァは思った事をそのまま口に出して伝える。
「コァのかわりに世界中に行ってたくさんのものを見てきて…コァのぜんぶをあげるから」
頭の中には今日一緒に見た魔物図鑑が浮かんでいた。まるでずっと前のようにも思える楽しいあの瞬間の。
そして、その中のスライムに関するときの記憶がなぜか強く思い出されていた。
記憶の中の自分はこう言っていた。
「わっ、このスライム、透明だ!水みたい。…えっ、人を食べて人に化けるの!?こわーい。……スライムなどの純魔は対象を食べることでそのいでんじょーほーから対象にぎたいする…か。近年ではまりょくじょーほーではないかという説もある」
そして、こうも言っていた。
「ドラゴンさんって純魔だよね…。ということは、ドラゴンさんも私を食べたら私になれるのかな…?」
どうせ死ぬなら…。終わりが近い事を察していたコァは、殺されるなら目の前にいる竜に殺されたい。
復讐という血みどろな動機ゆえに殺されたではなく、単純に悪意もなく純粋たる本能で殺される方がいい。頼むのはそれから外れるような気もするが、それでもずっといい事は確かだ。
「きおくも、ちしきも、コァの…コァをあげるからっ、コァを食べて!」
最早勢いだ。一種の火事場の馬鹿力なのか。コァは気持ちで命を延ばしていた。
竜はそれを動かず静かに、そして真正面から聞き届けた。
竜は選択した。
「おねがいっっ………えっ…?」
竜はコァを食べなかった。ただ、コァの顔に付いた血などを優しく舐め、綺麗にした。
その瞬間、コァは感じていた痛みが無くなったかのような感覚に陥った。痛いのを承知の上で我慢しようとしていた身体の緊張は、竜の確かな優しさによって解された。
「………ありがとう、ばいばい」
どこかあたたかいようなそんな気がする。眠たくなった少女はそのまま瞼を閉じ、眠りについた。唯一無二の友達に見送られながら。
竜は目を閉じた。そして、コァの身体をゆっくりと傷付けないよう、唯の一度たりとも噛まずに丸呑みにした。まぁ、丸呑みとひとえに言っても、バクッと食べるのではない。仲間を弔う時、純魔たる竜は一時的にその身体を光の粒子と化し、対象を包み込む。これが言わば竜式の丸呑みである。
そして竜は「仲間」を弔う際、完全に死亡してからその遺体を食べる。自身によって引き起こされる痛みを与えない事。それが竜における仲間への思いやりだ。不思議と本能にインプットされている行為だが、それは実に相手も重んじる行為であった。
コァを弔った直後、元の姿へと形を戻した竜は淡い光を放ち出した。
淡い光を放つ竜の体は次第に竜の形からヒトの形となり、そして光は消えた。
光のあった場所にはコァと瓜二つの少女が立っていた。服はどこからともなく着ており、その瞳には涙があった。
「……コァ。ありがとう」
竜…いや一人の少女は一人呟く。投げかけた声が彼女に届くと信じて。
「飲め飲め飲めェ!」
『うおおおお!!!』
とある大きな洞窟。そこでは、大勢の男達が酒を片手に叫び散らかしていた。
説明するまでもないが、この集団は先程、コァの村を壊滅させた盗賊の一派だ。
頭に、元Sランク冒険者のタドラを据え、幹部三名、その下に三十人近くの雑兵がいる。ここいらでは一番大きな盗賊である。
壊滅させた村に恨みがあった、タドラは長年この日を幾度となく夢見ていた。そして、今日その目標を達成したとあって心底気分が良かった。特に恨んでいたダイアモンド家は己の手で潰したし、村も燃やし過去の嫌な記憶ごと消しされた。こんなにも清々しい夜は人生で一度きりだろう、そう思っていた。
酒や食べ物は村から奪って来たものだ。弱肉強食。弱きものは淘汰され、強きものの礎となる。人の世以前に大自然の理だ。潰した上で奪える物は全て奪う。いつもなら、女子どもも攫い、奴隷商にでも売るが今回はタドラの拘りであの村に纏わる物全ての排除が優先された。これでは、不満が出て来そうではあるが、タドラが圧倒的に強いのでそれらの声というものは黙殺されるのだ。だが、それ以上にタドラという人間のカリスマ性がこれだけの人数を率いることを可能としていた。
いつもは怖いとされているタドラだが、珍しく部下の前で笑顔を見せている。本当に機嫌がいいのだと部下達も安心して酒を飲んでいた。
「おめでとうございます、リーダー」
「おう!飲んでるか?酔わねェなんて許さねェからなァ!」
「無論ですとも。肉、とって来ましたよ」
幹部の一人がタドラに話しかけ、乾杯する。
いつもは暗い感じで会話し合うこの二人も今は明るい感じだった。
「はあ〜あ。いいな、俺も飲みてぇな…」
「新入りは見張り。仕方ない事だ。我慢するしかない」
「そうはいってもよぉ」
洞窟の入り口を見張る二人の男は洞窟内から聞こえる楽しそうな声を聞き、これを羨んだ。この二人は最近加入した者達で、まだまだ新人。タドラと同じく冒険者崩れであり、腕は立つ。そのため、新人二人が入口の見張りとして、当てられていた。
「後で、先輩に貰えるか聞いてみよう」
「その先輩も酔い潰れてる可能性が……ん?あれは何だ?」
特に面白味もない会話の途中、見張りの一人が目の前の三十メートル程先の茂みが揺れたのに気が付いた。
「どれだ?……あぁ〜人だな。見た感じ…子ども…か?」
「そうだな、ガキだな。ありゃ。どうする?報告するか?」
茂みの中から出て来たのは一人の少女であった。暗くてわかり辛いが、ほとんど白色だが、微かに水色がかった髪が月明かりで輝いていた。視線は低く、目は合わないが真っ直ぐこちらに向かって歩いて来る。
「うーん。言うてガキだしな。方向からして、あの村の残りの可能性が高いが、やっときゃ一応手柄になるんじゃないか?リーダーは皆殺しだって言ってたし」
「確かにな。可哀想だが、そうさせて貰おう。オイ、そこのお前!悪いが、死ね!」
依然こちらに向かってくる少女に対して、見張りの一人が言い放った。地面に突き刺していた槍を引き抜き、構え、そして一直線に走り出す。流石元冒険者と言うべきか、その動きは盗賊には似合わず実に精錬された鋭いものであった。
素早く詰めて来る見張りに対して、少女は余裕を持って右の掌を前へと差し出した。
「「は?」」
それが、二人の最後の言葉であった。少女が手を差し出したその瞬間、槍を構えた見張りは来た方向と逆…つまり洞窟入口方向に向かって吹き飛ばされた。そしてそれと同時に洞窟入口付近で大規模な爆発が発生した。
そこにいるものなど関係ないと言うような程に。




