Ss.8-2 この日々の気持ちを忘れることはない
そこにその竜がやって来たのは偶然そのものだ。
転移魔法を連続で行使し、所謂「魔の領域」から抜け出した白き竜は、ナツトに負わされた傷を癒すべく、適当に安全そうな場所を探し見つけ、仮の拠点とした。傷が癒えたらまた何処かに行こうと考えていた。
目を閉じ、頭の中で反芻する。戦闘の経験から得られるものは大きい。ことヒトと呼ばれる存在でその中でも強い奴らは多彩な攻撃手段を持ち、戦っていて飽きない。
取り分け今回戦ったヒトは己に命の危機を知らせた。これまで、絶対無傷で戦闘に勝利して来た竜にとってこの経験は貴重であった。
それにしても、そのヒトに負わされた傷が全然治らないのは気に食わない。翼も尻尾もだ。まるで何かに邪魔されるような感じがして、負傷部位に思うように魔力が回らない。やはり、ただの攻撃ではなかったのだろう。
少しずつその流れは戻りつつあるが、暫く時間がかかりそうである。
そんな時だ。洞窟に何者かがやって来た。
竜は威嚇で魔力を解き放った。すぐに何者かの正体がヒトであることに気が付く。しかし、その者を見るに、まるで脅威にならない。そこにいる存在が自身に何かしらの脅威となる要素が何一つない事を察したのだ。それに、このヒトも己に対する害意が無いようだった。
…ならば、別に警戒する必要はない。これが何をしようとも、自身に傷一つつけられないのだから。
目を瞑るが、意識は目の前のヒトに向けた状態を維持する。この小さなヒトが何をするのか純粋に興味があった。
徐々に自身に近づいてくる。手に何かを持ち、それを擦り潰して何かに付けた。それをそのまま、自身の尻尾に塗り付け始めた。
痛みはない。じんわりと浸透してくるような感覚で寧ろ心地が良い。尻尾に残留したナツトの能力の影響が薄れるのを実感する。
どうやら、このヒトは自身の怪我の治療をしようとしているらしい。なぜ、見ず知らずの自身を助けようとするのか理解出来ないが、癒してくれるというならば、このまま放置しよう。そう白き竜は考えた。
目の前にいる白き竜は喉の辺りからクルルルと音を鳴らして目を閉じている。どこか心地よさような雰囲気がする。
よかった、攻撃されなかった。
コァはそう感じていた。自分でも驚く程危険な行為をしていた事はわかっている。だが、怪我しているこの竜を見なかった振りには彼女の心が許さなかった。
ネコさんみたい。
喉を鳴らす竜を見て、可愛いと感じるコァ。竜は怖い、危険な魔物だと決め付けていたが、認識が変わりつつあった。いや、事実危険なのは間違いない。だが、その時の機嫌や個体差で変わるというのは考えてみれば、その通りである。先入観に囚われ決め付けていたのは間違いだったと再認識ができた。
治療を再開する。
治療とは言っても、薬草を擦り潰してそれを均等に塗り付けるだけなのだが、冒険者の中でもよく使われている薬草だし、更にはたまたま見つけたレアな薬草だってある。
効果の程はギルドが保証しているし、きっと効くはずだ。
尻尾は塗り終わったので、今度は翼にそっと塗り始める。拒否の反応はない。寧ろ、コァが塗りやすいように低い位置に翼を持って来てくれた。
「ありがとう!」
素直に嬉しくなったコァは無意識のうちに感謝し、黙々と塗る。
「きゃっ!?」
急に右手の甲にザラっとした感触が走る。塗る事に集中していたコァは吃驚し、可愛らしい短い悲鳴を上げた。右手を見ると、竜がその舌でコァの右手の甲を舐めていた。右手を見ると、いつ切ったのか、切り傷があった。しかし、竜に舐められたそばから傷は治り始めた。
「わぁ…!ありがとう」
お互いにお互いを治す。コァはなんともほっこりとした時間を過ごした。
気が付けば、日暮れの少し前。
流石にこれ以上ここにいるわけにはいかない。名残惜しいが、コァは家に帰ることを竜に告げ、洞窟を後にした。
小走りで森を駆ける少女は、今日の素晴らしい体験を親になんて言おうか考えていた。
だが、賢いコァは村に着くほんの少し前にふと思い至った。もし、この事を親に伝えたら、あの子を討伐しようとするのではないか。
自分には心を許してくれたが、他の人もそうなるとは言えない。
「……とっても言いたいけど、このことはコァとドラゴンさんだけの秘密にしよっと!」
それからというもの、コァは毎日のように竜のいる洞窟へ通った。
午前中は薬草を集め、午後からは竜のところへ向かうというように。
コァは思い付きで本を持っていき、まるで弟や妹に見せ聞かせるように竜の前でそれを読んだ。一人っ子のコァはまるで弟?妹?が出来たかのような感覚を感じ、喜んだ。
両親が買ってくれた魔法の本、魔物の図鑑、文字の本など色々な種類の内容を一緒に読んだ。収納袋が、重い本の持ち運びに一役買ってくれた。これを使えば森に重い本を持っていくのを怪しまれないし、秘密を守るのにうってつけだ。
意外にも竜は乗り気で聞いてくれた。理解しているかはわからないが、賢い事で有名でもある竜なのだ。きっと理解しているのだろう。何にせよ、興味津々で聞いてくれるのは読んでいるコァにとっては形容できないほどに嬉しい事であった。
竜の傷は日に日に良くなりつつある。翼の怪我は完治したし、後は尻尾だけだ。
この楽しい毎日にいつか終わりが来る事はわかっている。
だけど、この瞬間がずっと続けばいいのに。
そう思っていた。
……おや、流れ変わったな。
勘のいい人なら、今後の展開を察してしまったかもしれませんが、変更は無いです。このまま突き進めます。
ところでですが、執筆が予想の3倍ぐらい進んでいるので、今週は2話更新しちゃいますか。
というわけで、もう1話更新しておきます。
では。




