Ep.96 慣れない相手
「全員、飛べ」
チェザンは何かを悟ったのか、唐突に叫んだ。シュルベルトはすぐ近くにいた怪我した二人を半ば無理矢理掴み、一緒に飛んだ。ナツトもチェザンに従い、その場を離れるように飛んだ。
なぜそのようなことをしたのか理解できていないバオは次の瞬間にその意味を理解した。
先ほどまで自分たちがいた場所の地面が盛り上がり、その中から大きな口を開けた地竜が出て来たのだ。あのまま居続けていたら、確実に喰われていただろう。バオはその光景を想像し、背筋が震えた。
「空気銃弾」
ナツトが魔法を出てきた地竜に向かって放つ。隙だらけの地竜はこれを躱せず、その脳天を魔法により貫通した。
しかし、先程のサハリィと同様、貫通した穴は透明の液体のようなもので塞がり何事もなかったかのように地竜は空中にいるナツト達を見据える。
「やはり、こっちもスライムだな」
予想が確信に変わったな、という表情を見せるチェザン。
「シャック、お前、対人戦と対魔物戦どちらが得意だ?」
「…対人戦ですね」
「わかった。じゃあ一人任せられるか?」
「了解です」
「気をつけろ?見た目は人だが、人ならざる動きをするからな。見た目に惑わされるな」
コクリと力強く頷き、そのことをしっかりと頭に留める。
「じゃあ、こっちの竜は任せろ。シュルベルト、頼むぞ」
「ああ」
力強く、そして頼もしい返事である。
「隆起束縛!」
無詠唱でチェザンは魔法を発動させる。地竜もどき周辺の地面が大きく盛り上がり、地竜を救い上げるかのように張り付く。盛り上げられた地面はそのまま宙へと浮かび、身体強化魔法を施したチェザンにより少し離れたところへ蹴り飛ばされる。
「あらら、あの竜遠くに行っちゃった…」
「まあいいだろう。獲物はまだまだいるんだからな。サハリィ、どいつを食べたい?」
「え〜…バオやリーダーを食べちゃいたい気持ちもあるけど……何となくあっちの可愛い男の子を食べたいな〜。とっっても美味しそう♪」
ナツトは得体の知れない感覚を覚え、背筋がゾワっとした。
遠くで人に擬態したスライムが何やら会話をしているが、これが原因かもしれない。なぜなら、サハリィと呼ばれた女性に擬態したスライムがナツトのことを舐めるように見てきたからだ。
「シャック、二人のことは気にせず戦え。俺が守る」
悪寒が絶えないナツトに向かってシュルベルトはそっと言った。しかし、その心強さは凄まじい。ナツトは素直に二人をシュルベルトに任せることにした。
「じゃあ、お願いします!」
そう言い残し、ナツトはシュルベルトから離れた位置に向かって移動を始めた。
さっき向けられた気持ちの悪い視線。もしあれが品定めのものであったなら、きっと追いかけてくるはずだ。この辺りにはナツトたちのような人以上の魔力反応がない。彼らにとってもAランク以上にもなる冒険者というものはご馳走であるはずだし、見逃す理由が見つからない。
「あ〜ッ!待ちなさい!!!」
そして、その予想は正しかった。女性の方がナツトを追いかけてきた。
これでとりあえず分断は成功だ。ナツト的には同時に相手する手もよかったが、変に連携されるのも厄介であった。どちらにするかで一瞬でも迷ったが、チェザンが迷いなく分断の道を選んだので、こちらもそうさせてもらうことにした。一対一ならば個人芸の戦いに持ち込める。そうなれば、より自分の有利を押し付けた方が勝つ可能性が高くなる。
……でも、それにしても…。
移動中後ろからビュンビュンと幾つもの触手が飛んでくる。当たっても打撲程度で済むだろうが、この触手は捕まえることに重きを置いている。捕まれば、まぁ食べられてジ・エンドである。
…と言うわけで全力で躱すに限る。どうやら毒もあるようだし。
「ここまで来たら大丈夫かな…」
ナツトは立ち止まり、後方に迫るサハリィに向けて先程までとは威力を二回りほど上げた魔法を放つ。
「わっ!?でっか!?」
サハリィは身を大きく捩り緊急回避を行う。
「右腕が蒸発しちゃった…危ない子だねぇ。森で火属性魔法はダメでしょ?」
焼き切れた右腕を見ながらサハリィは呟く。尤も、そう言いつつも数秒後には腕が再生し、何事もなかったかのように戻った。
「心配しなくても、この森は特殊だから一ヶ月もしないうちに再生するらしいよ」
「そうなんだ。まあいっか!ねぇ君、名前は?」
「言う必要がないですね」
「…頑固だね。いいよ別に食べて教えてもらうから…えへ、美味しそ♪」
やっぱり、この人が原因か!?背筋がずっと気持ち悪い。当然だがこういう視線は前世でも向けられたことがない。それにこういう特殊な人には会ったこともない。ナツトが感じるのは、恐怖ではない。本能的な嫌悪だ。
「拡散乱風」
サハリィの魔法だ。見た目から完全に予想はついていたが、やはり魔術師のようだ。そしてその腕は確かなものであり、Aランク足る実力がある。
……それを完全に再現できるスライムも中々のものだ。
「塞嵐」
サハリィの繰り出した技は風属性魔法のそれなりに強いものだ。まともに当たれば切り刻まれる魔法である。それをナツトは自身の周囲にのみ強力な風を発生させる魔法で完全に防いだ。
「へぇぇ…魔法も上手だねぇ!益々食べたいな!一緒になろ!私はスライムだけどサハリィそのものなの!そして一緒にアイツを…!」
「アイツ?」
「おっとっと、それは食べてから教えてあげる」
気になる事ができたが、それ以降はくだらない内容ばかりで重要そうな事は彼女は話さなかった。
そして、戦闘においてそこからは魔法の応酬が始まった。色鮮やかな光が光っては消える。
サハリィはどこからともなく出した杖を構えて魔法の補助に使う。どうやらスライムは特殊でなければ道具の性能も真似ることができるようだ。それに魔術師の杖は近接想定も兼ねている。先程まで無詠唱でそれなりの規模の魔法を行使していた点からもそのことは頭に入れておかないと。
「む、この子さてはサハリィより魔法上手だな」
サハリィは少しの撃ち合いの中で魔術師としての腕がナットに及ばないことを悟ったらしい。当然と言えば当然である。前世でナツトは個人でも魔王と戦えることを想定して戦闘訓練を積んだ。対してサハリィはあくまでチームで戦ってきた。チーム前提の魔法の運用。一対一はそう言った魔術師にとっては不利なものであった。
勿論サハリィはAランクの冒険者だ。そう言った場合の対処もしているが、それも含めナツトの腕の方が上であったのだ。
「じゃあ近接だね!」
スライムに食べられる前のサハリィであればここで手詰まりだったことだろう。しかし、今は違う。近接こそスライムの最も得意とする戦いだ。これまではサハリィに擬態しているせいか魔法戦を好んで仕掛けていたが、それが通じないとわかったらすぐに切り替えてきた。勝負勘というのか、状況把握はかなりのものである。
「身体強化!身体強化!身体強化!身体強化!身体強化!身体強化!」
常人であるならば簡単に体が壊れるレベルの身体強化を己にかけるサハリィ。体が壊れても問題なく再生も容易なスライムだからこその無茶な戦い方だ。
ナツトは改めて自身に身体強化をかけ直した。ここからが本番だ。
一週遅れたのは申し訳ない。




