Ep.94 緊張
「さて、ここからが魔の領域だ」
ギルド本部から歩くこと三十分ほど。一行の目の前には鬱蒼と立ち並ぶ十メートルは超えるであろう大きな木々があった。
木々の隙間からは濃い魔力__いや、星の魔力が流れ出ており、如何にも危なそうな雰囲気を漂わせていた。
「俺たちが向かう予定のエリアはこの辺りだ。全員の端末にも登録しておくぞ」
チェザンが言うには、彼の言うこのエリアが特に魔物が減っている場所らしい。ちなみに彼の個人的な調べによると、である。
とは言え、魔の領域に詳しいSランクがそう言うのだ。そう言うことなのだろう。
「……そういえば、今更なんですけど何で僕をパーティに入れようと思ったんですか?普通、こんな子どもを入れようとは考えないですよね?」
一行は黙々と歩き続け、やがて誰も話さなくなり、どこか気まずく何とも言えない空気が流れた。
その雰囲気が窮屈に感じたナツトは、話題振りも兼ねてずっと思っていた質問を投げかけたのだった。
「ま、第一印象で俺が求める実力に足ると判断したからだな。見た目は関係ない」
多少予想はしていたが、チェザンの答えというものは実にシンプルであった。
「チェザンも俺も過去に見た目で実力を決めつけて痛い目を見たことがあるからな。以後、見た目に惑わされずに相手の力量を知る術を身に付けたまでだ」
「……またお前は言わなくてもいいことを…」
黒歴史なんだよ…と小さく溢すチェザン。
彼らは、その経験から見た目で相手を判断する奴は例え実力が一流でも冒険者として二流であると捉えているそうだ。
冒険者が相手を舐めてかかり、返り討ちに合うのはある意味、よくある光景であるが大事なのはそれをちゃんと教訓とできるか、だな。
この二人は少なくともそういった経験を糧にできたのだ。
そういう訳で、シュルベルトもナツトをパーティに入れたことに関しては何も不満はないそうだ。
ギルド本部の人達はみんなこんなに油断のならない人達なのかなと、ナツトは少し思ったのだった。
進めば進むほど周囲を覆う「星の魔力」が濃くなる。星の魔力自体に色はないので、目には見えない。だが、魔力探知を行えばそこにあることがよくわかる。
感覚でわかる。人が到底生存できる環境ではないことが。
そう言えば、魔の領域に入って一つ大事なことがわかった。
受付の時はサラッと流したが、転移魔法が正常に働かないのだ。
転移自体はできる。出来るのだが、指定した座標に飛ばないのだ。ズレることに法則性はなく転移先の予想ができない。試しに魔石を転移させたのだが、地中に埋まった。
これは使えない。リスクが大きそうなので封印しよう。
だからこその端末なのだろう。転移魔法で離脱もできないとなると、本当にコレは生命線になるな。
「…魔物が減ったって聞いていたので、てっきり静かなものかと思ってたけど、鳥はいるんですね」
「みたいだな」
魔の領域に入って五時間ほど。
確かに魔物は全然見当たらない。しかし、あらゆる方向から鳥の鳴き声はする。どうやら虫など小さい生物を除いた、所謂捕食者となる生物がどこかに行った訳ではないようだ。
「予想より進行具合がずっと早いな。よし、今日はここで野営するぞ」
「「了解」」
チェザンは端末を見て正確な時間を見る。昼過ぎにギルドを出たので、後少しすれば日が落ちるだろう。
それまでに一行は野営の準備を済ませたのだった。
「しかし、本当に魔物がいないな。いつもならここまで来るのにも相当時間がかかるというのに…」
「ホントだな。そして鳥の鳴き声を延々と聴くのも気味が悪いぜ」
食事をしながら、今日を振り返る二人。経験者が言うのだからやはり相当異常な事態なのだろう。
それほどまでに今日は何も起きなかった。
翌日日が昇る少し前に起床したナツトは、見張をしていたシュルベルトからサンドウィッチを貰い、これをペロリと食べた。
チェザンが言うには、このペースを維持すれば昼までには目的地周辺に到着するそうだ。
十メートルは超えるであろう背の高い木々はもうない。周囲の木々の高さは五メートルほどに下り、地面はゴツゴツと荒い地形であるが、どこもかしこも苔が生えている。
気温はかなり低めだ。重ね着をしないと思わず身体が震えてしまう。
息を吐けば結露する。
季節的には夏に近いが、寒い寒い。
「これは…見たこともない花だな」
「ああ、見たことのない形の花だ。恐らく新種だぞ」
「そうなんですか?」
途中、大規模な土砂崩れがあり、ルートを一部変更し迂回したナツト達は、とても濃い紫の花を咲かせた植物が大量に咲き並ぶ場所に来ていた。視界の隅から隅まで咲き並び、まさに花畑であった。
「こんなに大規模な花畑が見つからなかったとは、驚きだ」
「一応気をつけろ。魔の領域の花だ。何があるかわからん」
チェザンは敢えて言ったが、当然見たこともないものに安易に触るのはもちろん御法度である。というか、そんなことする者は唯の馬鹿である。
花の色はそれなりに目立つ色であるし、明らかに怪しい。見た目からも毒は当然持っていそうな感じだ。
「これが、大繁殖して他の生物を追いやったと言う可能性は?」
シュルベルトが言う。
「否定はできないが、毒を吐いている訳でも、植物表面に毒を分泌している訳でもない。可能性は低いと俺は思う。それに、もしそうならばここに来るまでにもこの花が大量発生しているはずだ」
「それもそうか」
シュルベルトの着眼点は面白かったが、チェザンの意見が的を得ているように感じる。確かに、ナツト達が向かおうとしている場所は、チェザンが選んだ魔物が極端に少ないエリアであるが、ここまで歩いてきた場所も魔物が少ないエリアに該当するのだ。
「じゃあ、この集団の一角だけ採取します?この花について調べるのは後でも出来ますし、調査の目的はこれではないので」
この花が今回の魔物の騒動に関係しているかは不明だ。
本当にたまたま見つけただけの可能性も十分ある。そのため、この件は一旦保留にすることをナツトは提案したのだった。
「…そうだな、そうしよう」
「じゃあ、僕がやっておきますね」
リーダーの許可が降りたので、ナツトはすぐに行動に起こす。
魔法にて花畑の一角を地面ごと切り取り、それをそのまま収納魔法内に収納した。
「よし、では出発す___ 」
チェザンの言葉はここで切られた。
理由は、身につけていた端末からピピピ、と警告音のようなものが鳴ったからだ。ナツトは事前に聞いていたからそれが何か知っていた。
それは救難信号である。
端末に備え付けられた機能の一つであり、使うことで最も近くにいる他の冒険者の集団の端末を鳴らすというものだ。
極稀にこれを利用して悪事を行う愚か者もいるが、端末からその記録が本部へ送られることを知らない者のみである。悪用したらすぐにバレるのだ。
だから、基本的にこの信号は本当にピンチであるという状態の知らせであるのだ。
全員はすぐに端末を取り出し、位置を確認する。
「五キロ先か…近いな。予定変更だ、すぐに向かうぞ!」
紫の花畑を背に、全員が走り出した。
一日早いですが、メリークリスマスです。
今年もまもなく終わりますね…。
早いものです。
…それにしても、寒いッ!




