Ep.85 いざこざ
その日は朝から騒がしかった。
それもその筈。留学してきた貴族が、クラスの学級委員を成績で上回ったからだ。
毎日のように言い合っていた両立場が、こうして成績という形で明確な優劣がつくのは誰もがわかっていたことであるが、しばらく学級委員側が勝つと思っていた生徒たちはこんなにも早く貴族側が勝つとは思っていなかった。
五点未満という僅かな差であったが、貴族側、いやロックバードがノアラナチアとウルヴァロに総合得点で勝ったというのは紛れもない事実であった。
中間考査の科目は主要教科十科目に加え、実技試験である実戦魔法を足した系十一科目である。
高等部一年生の主要十科目は、語学、数学1、数学A、歴史、地理、基礎化学、基礎生物、基礎物理、一般魔法学、基礎魔法陣学である。
魔法系を除けば、日本の高校で習う教科とそう対差ないと考えてもらっていいだろう。
やはりと言うか、基礎系は暗記が多い。少し退屈であるが、ちゃんと単位は取らないと次に進めない。そういうところは高校より大学に近いと言えるだろう。
さて、話を戻してノアラナチアやウルヴァロは普段能力訓練を行なっているため、実戦魔法の点数は高い。ここだけ見れば、ロックバードより、ずっと高い。
しかし、座学において巻き返しを喰らい、順位をひっくり返された、という感じである。
尤も、点数自体は悪くない。寧ろ全体的にいい方である。だが、ロックバードの方が良かった、というわけである。
「ふん、これでわかっただろう?平民は平民らしく貴族の下に居ればいいのだ!分相応にな!」
「「そうだ!そうだ!」」
真正面に立つノアラナチアとウルヴァロにそう言う、真紅の短髪がよく目立つ彼こそ、ロックバード・ルーチェスである。オラリオ王国から来た彼は、父親が公爵であったと記憶している。尤も彼のことなど対して興味ないので、その程度のことしか知らないが。
それにしても、騒ぎを聞いて集まった貴族の取り巻きが実に騒がしい。成績でノアラナチアとウルヴァロを上回ったのはロックバード唯一人というのに、便乗して騒ぎ立てている。確かに、入学してきた貴族というのはそれなりにいる。普段何も言えなかった彼らの気持ちはなんとなく察せられるが、側から見ればかなり哀れだ。まぁ、どうなってもノアラ達に強く出られるのはロックバードだけなのは確かである。
取り巻き達の煽り性能は高いかもしれないが、ノアラ達は無視していた。あれは眼中にないという感じである、正に。
「ふん!座学でちょこっと勝っただけで、調子乗るなって!」
「そうそう!前科目で勝ってからそう言ってよね!」
ノアラ達は、ムキになっていた。すごく悔しそうだ。
なんとか丸く収まらないかと、遠くから見ていたが、こうなってはもう無理だろう。
生徒会として、仲裁しよう。どうやら、この場には他のメンバーはいないようだし。
そう思って、ナツトはその騒がしいところへ歩き出した。
そして、視界の端でナツトを見つけたノアラナチアはこう言った。
「第一、私たちに勝っても貴方はまだガルノにも勝っていないし、なんならシャックに全教科で負けているじゃない!」
ノアラナチアのその言葉を聞いてすぐに続くウルヴァロ。
「確かに!シャックに勝ってからそんな台詞吐けよ!」
「あ、まずい、巻き込まれた」とナツトは思ったが、もう遅かった。
今度は一転。野次馬として集まっていた平民階級の人間が「そうだ、そうだ」と騒ぎ立てる始末。
ナツトは頭が痛くなってきた。帰っていいだろうか?
そんな心境のナツトの存在に気付いたロックバード含む貴族の面々。
こうなってはもう後戻りは出来ない。これまで、ナツトを避けてる節があった貴族達もナツトとの全面衝突は避けられなくなった。
いずれ、この不毛な争いに巻き込まれることはわかっていたが、面倒なことこの上ない。ナツトは変に角が立つ生活など当然望んでいない。色々と用事があって忙しいというのに面倒事が増えるのは御免だ。
だが、もう無理だろう。不本意だが切り替えも大事だ。
「確かにそうだな。貴様には思うところがある。王子、王女様と同等に位置しようとする貴様は、それが無礼だと思わないのか?」
「別にそうは思わないかな。手を抜くという選択肢が僕には毛頭ないだけだよ。寧ろ、手を抜く方が彼らに対して失礼じゃないのかな?」
「…平民如きがあの方達をわかったつもりで話すんじゃない。調子に乗るなよ?」
「そう?少なくとも君よりかは理解しているつもりだけど…。まぁ僕が調子に乗っているかは君が決めることじゃないね。それに今更そんな台詞を言っても説得力がないよ。遅い」
「…入学式の時も感じたが、お前のそのどこか飄々とした態度、他の奴ら同様腹が立つ。いいだろう、貴様に勝ち、私の正しさを証明して見せよう」
「……ご自由に」
踵を返して、ロックバードは廊下の奥へと取り巻きを数人連れて去っていった。
貴族って面倒だ。
ロックバードはともかく、その他の取り巻き達も基本的に成績は平均より上だ。
まったく、優秀そうなのに周りが見えていない者だらけだ。
だが、競い合うことは人の成長を促すきっかけの一つだろう。
今回負けた二人も、これを糧にして成長できれば結果的に良い方へと転がることだろう。
そんなことを頭の隅に考えながらナツトは講義が行われる教室へ移動を始めた。
高等部から、それぞれの進路に向けた教育が本格的に始まる。
基本科目は全員確定で履修しなければならないが、その他は自分自身で選択して取らなければならない。
イメージとしては文理選択に近い。将来をしっかりとイメージして、そのためにどのような学びを身に付けなければならないかを考え、選ぶのだ。
ナツトは文系、理系そのどちらでもなく、日本にはない第三の進路である魔法系…略して魔系を重点的に取っている。
正直、将来はアルティオの目が届く場所にいることになるだろう。
異世界転生を果たした物語にあるような、冒険者として自由気ままに世界を歩くなんてことは自分にはきっと出来ないだろう。
言い方は少し悪いが、この世界で「ナツト」という存在を野放しにさせるほど甘くはない。
ナツトという存在は余りにも大き過ぎるのだ。
それが例え自惚れであるとしても、ナツトが他国へは渡せないモノであることは間違いない筈だ。
そう、好きに動ける時間は今しかないのだ。
本当はナツトの帰還が果たされた時点で、そのことを公表することは可能であっただろう。
だが、アルティオはそうはしなかった。ひとえにそれは、彼の優しさだったのだろう。過ぎ行く時の中で一番楽しい時を彼はナツトに与えてくれたのだろう。
本当に有難い。ただでさえ、待っていてくれたというのにここまでしてくれる仲間を持てて本当によかった。
ありがとう。
「ヤバ、涙出そうになってきた。前世より涙脆いなぁ、この身体は。………あぁ、いけない。授業授業っと」
やる事…いや、やれる事は多い。頭を悩ますこともあれば、楽しいこともある。
目一杯楽しもうじゃないか。世の中楽しんだ者勝ちとは言わないが、それによって日々が充足されるのならば、万々歳だ。




