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お茶会は夫人の嗜み

 爽やかな朝の光の中で、苦悶の表情を浮かべるアランの姿を、ショコラはうっとりとした面持ちで見詰めていた。

 上半身しか見えないがアランの引き締まった裸体は素敵だと、熱の籠った息を吐く。昨夜の事で後悔に苛まれる姿が更にショコラの心を捉えて離さない。


 昨夜、新婚夫婦水入らずの夕食を取った後で、ショコラはアランに濃厚で特別なマッサージを施した。その結果が、お互い衣服を身に付けないまま一つの寝台で朝を迎える、という事態であった。ショコラとしては夫婦なのでなんの問題もないし、朝から可哀想なアランが見れて最高だわととても満足であった。

 小一時間程前から、アランは目を覚まして思い悩んでおり、ショコラはその様をずっと見続けてきた。勿論アランは、ショコラの視線になど気付いていない。そういう所も可愛いと、ショコラは満面の笑みを浮かべたのだった。


 出来る事ならばずっと見ていたいがアランには仕事がある。後悔に苛まれているアランには、甘い飴も必要である事をショコラは理解していた。ショコラはとっても可哀想なアランを甘やかして、蕩けるほどに溺愛したいのだから。



「アラン様、…おはようございます」


 ショコラが声を掛けると、怯えたように肩をビクつかせたアランが、今にも泣き出しそうな顔をして唇を戦慄かせていた。蒼褪めている顔ですら絵になる夫の顔を、ショコラはじっと見詰めた。


「お、俺は、…一体なんて事を…」


 ああなんて可哀想なアラン。獣のように欲望に負けてショコラを押し倒したのだから。でもそれは全部ショコラが望んだ事なのに、それにすら気付かないだなんて、本当に可哀想。

 だからショコラは、動揺して怯えるアランの手を握ると、大丈夫だと安心させるように囁いた。

「アラン様、私は貴方を愛しているのです。だからこのような事になっても、悦びしかありませんわ」

「…だ、だが、私はお前を愛さないと…」

「それで良いと言ったではありませんか。貴方の心の内を、私がどうこうしようとは思っておりませんもの。アラン様が私ではない、その愛する人を想い続けていても、私の愛は変わる事はないのです」

 そんなの嘘だと小さな声でアランは否定するが、それでもショコラを窺うような視線を投げ掛けてくる。


 ああなんて、本当に可哀想なの。


 きっと今まで、ヘルディナへの想いを否定され続けて来たのだろう。何せヘルディナは第二王子妃なのだから、懸想し続ける方が間違っていると言う人間が大半だ。親切でまともな人種なら尚の事、アランにヘルディナの事を諦めるように、そして距離を取るようにと忠告しただろう。


 でもそんな事、アランには出来やしないのを、ショコラは知っている。


 だってアランにとっての唯一がヘルディナだ。ヘルディナへの恋心こそが、アランの中に存在する暖かで柔らかな大事な心そのものなのだ。生きるための糧なのだ。

 ヘルディナへの気持ちを捨てろと言うのは、アランに心を捨てろと言うのと等しい。生きた屍となれと言っているようなものだ。

 アランにそのような事を言うのならば、ヘルディナがアランに与えた優しい親愛よりも、深く濃厚で激しくも大きな愛を示さなければならない。それこそ、自分の全てを捧げる程にだ。

 まあショコラはアランに全てを捧げて愛すると決めているので、私たちは相性ぴったりの夫婦だと思っている訳だ。だからショコラは、アランの手を優しく握りしめると、もう一度大丈夫だと安心させるように言った。


「私は貴方を愛していますの。貴方が好きな人を想い、そして好きな事をして、心穏やかに過ごしてもらうのが、一番なのですわ」


 好きなだけ私に甘えてと、ショコラはアランの頭を胸元へと引き寄せた。昨夜の事から、アランがショコラの胸を殊更気に入っている事を知っていた。おずおずと伸ばされた手が、ショコラの乳房に触れる。それは女の情欲を刺激するものではなく、まるで幼子が母親に甘えるような仕草だった。


 血の繋がった母親でもなく、愛した女でもない自分だけが、アランを許容してあげれるだなんて、私の夫は本当に可哀想で可愛いわ。


 それにと、昨夜の夕食の時の事を思い出す。

 ショコラはアランの声を聞いていたくて、そしてアランの好きな物を知りたくて、色々と話を聞いた。

 今までの経験から、話を聞き出すのは得意だと自負していたショコラだったが、アランは話を聞きたがる事に驚いている様だった。

 どこか遠慮がちに、そして夢中になって話したかと思えば、慌てて口を噤みショコラの様子を伺っていた。

 だから優しく話を促せば、また同じように話し始めるのだ。

 明らかに人に話を聞いてもらい慣れていないその様子に、ショコラは益々アランの事を可愛く思ってしまった。


 ショコラの胸に顔を埋めているアランを見下ろす。

 あれほど視界に入れるのさえ嫌がっていたショコラに話を聞いてもらっただけで、側に近付くのを許容してしまえるくらい、アランは孤独なのだろう。


 弟のように思っているヘルディナがいても。両親が健在だったとしても。


 実り豊かな小麦畑のような、綺麗な金の髪を撫でながら、ショコラは簡単に此方に靡き始めたアランは可愛らしいと、上機嫌になったのだった。



 暫くすると我に返ったのか、アランは気不味い顔をして身支度を整えていた。そんなアランが可愛くて、ショコラはつい世話を焼いて着替えを手伝ってあげた。

 それからタイピンを優しくねっとりとした手付きで付けて上げると、昨夜の事を思い出したのか、アランはごくりと唾を飲み込み、顔を赤くして出仕してしまった。

 純情だわとショコラは笑みを浮かべてアランを見送ると、執事のロシュに出掛ける旨を伝えた。


「お茶会に呼ばれているの。うんと綺麗にして行かないとね」


 ショコラは昨日の午後、突然届いた招待状を見ながら、唇の端を持ち上げて笑った。その笑みは、アランを見送った時とは別人のような、ある意味ショコラの噂に相応しい笑みであった。


 ショコラのお気に入りのドレスに着替えると、若草色の綺麗な宝石をあしらったブローチを身につけて、上機嫌に馬車へと乗り込んだ。

 向かう先は王宮である。

 朝食を食べずに出て行ったので、軽食をバスケットに詰めて持って行く事にしたのだ。庭園でアランと一緒に食べましょうと、ショコラは鼻歌を口ずさみながら外の風景を眺めた。

 王宮は一般公開されている区域があるので、一般人も入る事が出来る。最もアランのような政務官が働いている場所は、厳重に警備されており、たとえ家族であってもそう簡単に通しては貰えない。

 だがショコラの手には、昨日届けられた招待状があった。


 差出人は第二王子妃のヘルディナである。


 手紙にはアランを弟の様に思っているので、その妻であるショコラーテに是非に会いたいと書かれていたのだ。


 その為、王宮に来て欲しいとも。


 お招き頂いたのならばと、ショコラはヘルディナの誘いに乗ったのだった。


 ショコラの母が経営している店で仕立てられたそのドレスには、宝石をあしらった刺繍がキラキラと輝いていて、ショコラが歩く度に光が揺れた。着ていて楽しくなるドレスだわと、ショコラは上機嫌に鼻歌を口ずさみながら歩いていく。


 案内された先には、つり目の気の強そうな令嬢と、どこか垢抜けないオドオドとしたメイドが居た。


 用意された席にショコラが座ると、すぐにヘルディナがやってきた。淡い色のドレスは人形めいた美しさのあるヘルディナによく似合っている。ショコラはてっきり二人での対面なのかと思っていたのだが、先客の二人もこのまま同席するらしい。

「初めまして、かしらね。まずはショコラーテ夫人にご結婚をお祝いを申し上げますわ」

 優雅に挨拶をしたヘルディナに、ショコラは作法に則った挨拶を返した。するとつり目の令嬢が驚いたような顔をしているのが視界に入った。ショコラが悪評高い女だったとしても、そんな顔をされるのは心外である。一体どこの礼儀知らずなご令嬢かしらと視線を向けると、ヘルディナから紹介があった。

「こちらは私が親しくしているロクサーヌ・バロー伯爵令嬢。そして彼女付きのメイドのネリーよ」

 なんでメイドまで紹介したのかしらとショコラは首を傾げつつも、二人に挨拶をする。バロー伯爵家とはなんの付き合いもないけれど、さて何の用事があるのだろうか。


「ヘルディナ様、ここからは私がお話ししても?」

 ロクサーヌは断りを入れてから、ショコラに向かって口を開いた。

「話とはこのメイドのネリーの事よ。見覚えはないかしら?」

 割と良くある茶色い髪を纏めていて、顔立ちは可愛らしいとは思うけれども印象に残るようなものでもない。


「…ファロ男爵といえば、思い出さないかしら」

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