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夫の帰りを待つ健気な妻

 成金と言われていたって、ショコラはブノワ伯爵令嬢であったし、シュゼット家へ嫁入りした貴族であるのだ。

 実家から蔑ろにされてるかもしれなくても、婚家から疎ましがられてるかもしれなくてもだ。


 ()()()()()()が、貴族に命令し蔑ろにして良い事などない。


 まあショコラは家族から愛されてるし、これからアランとは愛を育むから当てはまらないけど。

 ともかく諫言ですらないそれを、どうして寛容に許す事が出来ようか。

 クロエが倒れて大変なのはわかるが、聞いていないのならばシュゼット伯爵に大急ぎで確認に行けば良いのだ。それまでお待ちくださいと、低頭平身でショコラに詫びれば良いだけなのに、それすら出来ないなんて、本当に使えない。


 ショコラが用意した老齢の執事ロシュに視線で促せば、頷いて小切手帳を差し出した。ちゃんと教育されている執事はやはり良いわねと、ショコラはスラスラと数字とサインを書き記す。

「今までお勤めご苦労。若奥様からの温情だ。さあ、出ていけ」


「ちょっ、何を…、こんなの、奥様が許さないんだからっ! アンタなんて追い出してやるんだからねっ!!」


 喚くマンディを護衛達が門の外へと放り出す。突然辞めさせるのだからと、ショコラは優しいので、小切手には庶民が半年程は遊んで暮らせる額を書いてあげたが、ちょっと温情を掛け過ぎたかもしれない。

 ちなみに護衛はブノワ家から引き連れてきた者達で、屈強な傭兵達である。シュゼット家には下働き兼護衛役の男くらいしかいないようで、睨まれた程度で及び腰になっていた。

 困窮しているからか、使用人の数は少ない。ショコラの用意した使用人に文句があるなら辞めて良いと言うと、不満気な顔をしたが特に何も言わなかった。使えない使用人の教育をロシュにお願いし、ショコラは疲れたわと呟いた。


「若奥様、椅子をご用意致しましたので、どうぞ此方へ」

「あら、ありがとう」

 中庭に用意された椅子に腰掛けると、テーブルには温かなお茶が用意される。

「ああ、良い香り。…アラン様はどんなお茶が好きなのかしら。今夜にでも聞いてみましょ」

 中庭の雰囲気はそれなりに良いし、陽気も暖かくなって来たので、仕事が休みの日にでもお茶に誘いたいわとショコラは思った。

 花咲き乱れる美しい庭でアランと過ごしたら、きっと楽しいだろう。

 鼻歌を口ずさみながら、ショコラは上機嫌に笑ったのだった。

「それじゃ、お義母さまをよろしく」

「畏まりました」

 使用人達が乗ってきた馬車にクロエを乗せて、王都から近い保養地に送った。高級スパリゾートホテルでゆっくり過ごせば良いし、そのお金くらいショコラが支払ってあげて全然構わないのだ。

 ショコラは姑を労える優しい嫁なのである。




「おやおや、私の可愛いお嬢さんは、随分とご機嫌だね」


 やたらと絵になる口髭を撫でながら、ショコラの目の前の椅子に男が座った。小洒落たスーツを着こなしていて、貴族の威厳というものよりも、大店の会長というのがピッタリだ。

「まあ、お父様」

「おはよう、ショコラ。可愛い娘の顔が見たくて、大急ぎで会合を終えて来てしまったよ。やっぱりお前が居ないと寂しいなぁ」

 大仰に手を振って話すのは、ショコラの父であるエリオット・ブノワだ。そしてエリオットこそが、ブノワ家が成金と呼ばれる所以であった。

 何せエリオットは元庶民である。商会で働いていた青年だったが、没落寸前のブノワ家令嬢の母ルリージュと恋に落ちた為に、様々な手を使って貴族の養子となり、婚姻を果たした経緯がある。

 そして困窮しているブノワ家を、母ルリージュの為だけに立て直したのだ。

 恋に一途で、使える手段はどのようなものでも使うというエリオットの性質を、ショコラは正しく受け継いでいた。ちなみに母ルリージュはそんなエリオットの事を情熱的な人と頬を染めて受け入れているので、お似合いの夫婦だろう。

 そんな夫婦はショコラも弟のブランの事も溺愛しているので、幸せになる為の手伝いを、幾らでもしてくれるのだ。


 そう例えば、アランの婚約者候補に別の成金男爵の娘がなりそうだというのを聞いて、サクッとその話を潰したりだとか。どうにもその男爵の娘は平民になりたがっていたから、エリオットが親切に男爵家の事業を買収して、爵位返上をさせてあげたわけだ。

 ショコラと同年代の娘を哀れに思って、商会に嫁に行ける様に手配までして。

 そして周りから嘲笑されようとも、エリオットは名門貴族と縁を結びたいと周囲にこぼし、ひたすらにシュゼット家に媚びた。


 そう、全てはショコラの縁談の為にだ。


 アランとの結婚という目的は果たされたので、後はショコラ次第である。まあきっと父の事だから、今回のこともなんらかの商機にするだろうけど。



 父が新しく開く店の話をして楽しく過ごしていると、ここに居るのかという慌てた男の声が聞こえてきた。

 視線を向ければそこには、焦った様子のユーグ・シュゼット伯爵が居た。夫人であるクロエもそうだが、いくら自宅だとはいえ、貴族ならもう少し落ち着いて行動した方が良いとショコラは思う。


「ぶ、ブノワ卿、いつ此方に!?」


「そうだね、小一時間程前かな。可愛い娘と朝食を取りたくてね」

 この屋敷の主人がエリオットではないかと錯覚する程に堂々と、そして優雅にお茶を飲む姿に、ユーグは唖然としていた。

「そちらは金策ですかな。何かと多忙な様で、どうぞ私の事はお構いなく」

「そんな訳にはいきません! し、しかし突然の訪問とは、些か無作法では…」

 ユーグの言葉に、エリオットは首を傾げてそうでしょうかねと言った。

「本来なら結婚式より半年以上前に、娘を屋敷に招き入れる筈なのに、待てど暮らせど何の連絡もない。結婚式当日に漸く、明日から来ても良いだなんて口頭でなんてねぇ。いやはや私はてっきり、シュゼット家は細かい作法を気になさらない家なのかと思いましてね」

「そ、その件は…。へ、部屋の改装が中々終わらず…」

 口髭を撫でながら、エリオットがふむと眉を寄せた。

「ショコラ、どうやら主屋敷にちゃんとお前の部屋があるらしいぞ」

「あらまあ、そうなのですか、お義父さま」

 そこでようやく、ユーグはショコラの方へと視線を向けた。どこか不機嫌そうに見えるのは、一体どうした事だろうか。

「まあ、ではお義母さまはどうして、私に主屋敷に足を踏み入れるなと言ったのかしら」

 ショコラの疑問に、ユーグは言葉を詰まらせている。額から汗が吹き出ているようだが、そんなに暑い日でもないのに不思議だ。

「ははは、ショコラ。それは主屋敷の中が人を招き入れられない程に汚れていたからだろう。改装の為に職人を呼んだ様子もないからね、きっと夫人が自らショコラの部屋を整えてくれていたんだろう」

「あらまあ、お義母さまったら、言ってくだされば良いのに。なら、先ほど倒れたのはきっと過労からなのね」

 心配だわとショコラはクロエの身を案じる。

「そうだねぇ、だが夫人には保養地を紹介して上げたのだろう。なら大丈夫さ。あそこは心身ともに癒される最高の場所だ。…ああ、折角ですから、夫人だけなら心細いでしょうからシュゼット卿もいかがです? 今の時期は貴族の方々や資産家の方々も訪れますからね、是非に行った方が良いでしょう」

 エリオットに捲し立てられ、ユーグは戸惑っていたが、最終的には寄親である侯爵家も保養地に訪れており、顔繋ぎに良いのではと言われ了承していた。

 慌ただしく準備し、エリオットの用意した馬車に乗って保養地へと向かったのである。

 

 そういうわけで、シュゼット家の主屋敷にはショコラとまともな使用人が残った。ショコラに不満があるような使用人は、奥様付きとして保養地に送り出した。

 離れはそのまま、ショコラ好みに改装するつもりだ。ただ、離れを改装している間は、主屋敷のアランの部屋の隣を自分の部屋にしちゃいましょうと、ショコラは頬を染めた。


 やっぱり物理的な距離を縮めるのも必要よね。

 それから今夜は、仕事をして帰ってくるアランをたっぷりと労ってあげなきゃ。たっぷりと、そうたっぷりとね。


「アラン様の好物がわからないから、一通り色々と作っておいて頂戴。お仕事で疲れていらっしゃるだろうから、滋養のあるものを中心にね。ああそれから、今夜はお酒はいいわ。きっと飲まないでしょうから」

 昨夜の失態があるから、お酒なんて出したら警戒されてしまうだろうし。色々と気を使ってあげるのが楽しいと、ショコラは笑みを浮かべる。

 そういえばアランの両親を送った高級ホテルの名物は、南方の大陸から伝わったオイルを使ってのマッサージだった。義母は癒されている事だろう。

 ショコラもマッサージは得意なので、せっかくならアランにしてあげても良いかもと思い付く。

 ただショコラが会得してるのは、東方の大陸から伝わった人体のツボと呼ばれる箇所を指圧するというものだ。

 血流を良くすることで、いろんな場所が元気になってしまうかもしれないけれど。

 

 夫婦なんだから問題はないし、無理矢理じゃないんだからやはり問題はない。

 それにもし何か起きたとしてもだ。

 明日の朝になんて事をしてしまったんだと苦悩するアランの姿を想像するだけで、可哀想過ぎてゾクゾクするとショコラは顔を赤くし体を震わせた。


「旦那さま、早く帰ってこないかしらねぇ」


 ショコラは上機嫌でアランの帰りを待ち侘びている。

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