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【Renta!マンガ大賞 2026ノミネート記念SS】それを愛と言うにはおこがましい

 ──人を好きになるってどういう感じなのだろう。


 ずっとずっと疑問だった。

 ヘルディナはそれを知らなかったし、知る必要もなかった。

 物心ついた時から両親がヘルディナに求めたのは完璧な淑女としての姿で、この国の女性として求められるのは従順で夫を支える健気な娘だった。


 ヘルディナは両親の期待に答えるため一生懸命努力してきたし、フェリクスの婚約者として常に正しい行動をしてきた。



 それなのに。



 フェリクスはヘルディナのことをいつも呆れたような、何か諦めたような目で見ていた。それから、蔑んだようにも。


 こんなのおかしい。こんなことありえない。だって誰もがヘルディナを素晴らしい令嬢だという。両親はヘルディナを自慢し、どこへ行ってもヘルディナのような娘が欲しかったと羨望の眼差しで見ていたというのに。


 感情を表に出すのははしたないこと。常に優雅な微笑みを浮かべて、それから誰かに守られ大事にされるように振る舞わなくてはならない。だからヘルディナはフェリクスの行動に怒ってはいけない。お茶会をすっぽかされて待ちぼうけになっても、気高く前を向いていなければ。


「……ヘルディナ、兄様が出かけちゃったから僕が代わりにって」


「まあ、アラン。……ありがとう、きてくれて嬉しいわ」


 ヘルディナと少ししか違わないアランが、おずおずとやってきて声を掛けてきた。ヘルディナが微笑めば、アランの表情はぱあっと明るくなって嬉しそうになる。その顔を見ているとヘルディナはなんだか温かいような気持ちになった。

 お菓子を美味しそうに頬張るアラン。

 礼儀作法もいまいちで、フェリクスよりどこか影があり、控えめな少年だけど、ヘルディナはアランとの時間が嫌いではなかった。きっと弟がいたらこんな感じなのかもしれない。


 ヘルディナがフェリクスと結婚すれば、アランは義弟になるのだから、この感情は問題ないだろう。ヘルディナはきっとこの先もこうやってアランとお茶をして過ごすのだろうと思った。


 成長してアランが大人になっても、家族になるのだから。


 ヘルディナの向かいの席でお茶を飲んで話を聞いてくれるアランの姿を思い浮かべて、思わず声をもらして笑ってしまった。これから手にいれるであろう未来の光景は、ヘルディナの気分をとても楽しくさせたのだ。



 でも、そうはならなかった。



 フェリクスは市井の娘と駆け落ちし、いなくなってしまったのだ。こうなってはもう、婚約を継続することは不可能だ。当然、ヘルディナの両親は怒り狂った。ヘルディナはあまりの事態に呆然としたが、すぐに両親に自分は怒っていないと伝えた。そうあるべきだったからだ。

 そうしたら父は、家同士の結びつきのためにフェリクスではなくアランとの婚約をすすめてもよいかとヘルディナに尋ねてきたため。


 ──ヘルディナは静かに頷いた。父の意向に背くことなど決してありえなかったからだ。


 アランと婚約が結ばれる寸前、第二王子レオナールに求婚された時もヘルディナは静かに頷いた。だってそうあるべきだったから。そうあらねばならなかったから。


 ヘルディナは第二王子妃になることが決まったが、気になるのはアランのこと。

 アランは弟のようなものだ。だから婚約がなくなったとしても、付き合いをなくすのは寂しい気がした。きっとアランも寂しがるに違いない。

 第二王子レオナールにアランのことを話したら、弟のようなものならば会うのは構わないと言ってくれた。

 優しい夫の言葉にヘルディナは感謝し、以前と変わることなくアランを呼び寄せた。

 王宮でのお茶会に招待などしたらアランのことだから気後れしてしまうだろう。


 だから畏まった席ではなく、ヘルディナの公務の合間に呼ぶことにした。


 ヘルディナが呼べば、アランはいつも嬉しそうな顔をしてくれている。その目が、態度が、喜びを表していたから。


 夫に感じるものと違う熱。

 家族に向けてのものだと信じてやまなかったのに。






 ***






「貴方、その男が好きだったのね」


 王太子妃だったシャルロットが呆れた様子で言い捨てた。ヘルディナは即座に否定するが、シャルロットはさらに目を細めて信じられないわと吐き捨てた。


「まだわかっていないなんて、自分自身に言い聞かせいるつもり? まあなんだっていいけど。どうせもうその男に会いに行くことなんでできやしないんだから」


「……どうしてそのようなことを言うのですか」


 アランとのことを聞いてきたのはシャルロットなのに。なぜ呆れたような顔をするのかわからない。


「貴方がどうして第二妃になっても平気なのか知りたかっただけ。そして私のおまけで亡命してきたくせに、いまだに余裕な顔をしていられるのか不思議に思ったからよ」


「……そんな」


「そのアランって男が貴方を迎えにくると思ってるのね。可哀想に。その男は貴方のことが好きだったかもしれないけど、もう決別してしまっているのよ。夢を見るのはおよしなさい」


 本当に可哀想な女と、シャルロットは蔑んだ目でヘルディナを見た。


「さっきも言ったように、今月で貴方のお世話をするのはおしまい。私はこの国の貴族の方の後妻になるの。だからこの屋敷も売りに出すわ。売ったお金を持参金にするってわけ」

「私はどうしたら……?」

「自分で考えなさい。……ねえヘルディナ、同じ夫を持った身として、貴方にだいぶ親切にしてあげたわ。王宮から逃げ出す時に連れて行ってあげたし、亡命した後の面倒も見てあげていた。貴方が王宮に招いて見捨てたネリーの扱いより、よっぽどいいでしょう」


 ネリーの名前を出され、ヘルディナは思わず声を荒げてしまった。

 彼女の叫び声が今でも忘れられないというのに。


 ヘルディナは耳を塞いだが、ネリーの呼ぶ声が聞こえてくるような気がするのだ。


「私は、……私は見捨ててなどいません。……ネリーは王宮に侵入した暴徒たちに……」

「最後まで扉を叩いて貴方のことを呼んでいたじゃない。扉を開けたら暴徒が入ってくるかもしれないからと言われて引き下がったのは、紛れもなく貴方でしょ。どうしても放っておけなかったのなら、ドレスを脱いで平民の格好をして、窓から出てネリーのもとにいけばよかっただけのこと」

「窓から出るなんて淑女として……」

「友人かどうかしらないけど、大事な人の危機に、淑女として振る舞うことを気にする必要があるかしら? その程度の相手だったってことでしょう」


 嘲笑を浮かべたシャルロットは、違うと否定するヘルディナに言った。


「まあそういうわけだから、早く荷物をまとめて出て行ってちょうだい。数日の猶予をあげる。今着ているドレスはあげるわ。売れば多少のお金になるでしょうから。恵んであげる。……ねえ、よろしくて?」


 そんなことを言われても、ヘルディナはどうしていいかわからない。

 だってヘルディナが学んできたことが何一つ通用しない世界に放り出されるのだ。ヘルディナを守ってくれる相手などいない、知り合いもいないこの国でどうやって生きたらいいのだろうか。


 強張った表情でヘルディナはシャルロットに懇願した。

 どうかシャルロットの嫁ぎ先へ自分も連れて行ってくれと。メイドの仕事でもなんでもするから。


「お断りするわ。メイドなら夫になる方が用意してくださるそうだし。私のような瑕疵のある女を引き受けてくれる相手方に、変な印象を与えたくないの。それに貴方をメイドとして仕立て上げる労力もかかるでしょう」


「……でも私、これからどうやって生きていけば……」


「そう。……じゃ、死になさい」


 シャルロットはあっさりと言った。


「この国に亡命した後で、貴方を何度か貴族のパーティに連れて行ってあげたでしょう。気になる人がいたら教えてと言ったけど、貴方は苦笑するだけ。あれが貴族として生きられる最後のチャンスだったっていうのにね」


 そんなことシャルロットは言っていなかった。

 夫であるレオナールが死んだから、これからも人生は続くのだから新しい人を探したらいいと言われただけ。

 そこに潜む真意なんて、ヘルディナは読み取れない。読み取りたくもない。








 ──結局、シャルロットの言った期日にヘルディナは屋敷を追い出された。


 ドレスや靴は安く買い叩かれ、手に入れたお金はすぐに底をつき。

 路地裏の片隅で、膝を抱えて疼くまるしかない。


 冷たい石畳の上で寒さに震えながら、ヘルディナはアランの眼差しを思い出そうとした。

 いつもヘルディナに向けられた、熱と執着がまじったあの眼差しが心地よかった。フェリクスがお茶会をすっぽかした後の、アランと過ごす時間こそが一番楽しかったのに。


 最後に見たアランの目は、ヘルディナを完全に突き放すものだった。呆れたような、何か諦めたような、それでいて蔑んだような眼差し。


「……うぅっ、……うううっ」


 頭を掻き毟りながら、ヘルディナはうめき声をあげた。

 きっとアランならヘルディナの現状を知れば迎えにきてくれるはず。助けてくれるはずだ。そうでなければならないし、そうあるはずなのだ。


 だってアランはヘルディナに好意を持っていたし、ヘルディナにとってアランは弟のような存在で──。










 愛していたのだから。

こちらの作品のコミカライズが「今をときめくマンガが決まるRenta!マンガ大賞2026」の異世界部門にノミネートされました!うれし〜!!


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