ショコラーテ夫人は語れり
「愛する人と添い遂げる事が、そんなに素晴らしい事ならば、ヘルディナ様は多重婚をお望みなのね。まあ第二妃になるのを笑顔で受け入れる御方は、とても心が広いわ。でも私、夫を他人と共有するだなんて、とてもじゃないけれど無理だわ。
一夫多妻の国はありますし、その国の文化にケチをつけるつもりじゃありませんけどね。私は王国で、一夫一妻の文化で育ちましたから、どうしても受け入れ難いのです。アラン様をネリーと共有するという事ではありません。
ヘルディナ様、貴方は第二王子妃でしたのでしょう。ならもっと、好意の機微に触れるようになさった方がよろしいのではないかしら。もしかして、わかっていて気付かないふりをしていたのかしら。
そちらの方が都合が良いですもの。
誰もが気付いている貴方へのアラン様の好意は、家族愛ではありません。恋慕でしてよ。
嘘だとお思いなの? それこそヘルディナ様は、男女の恋愛についてもっとお知りになった方がよろしいわ。貴方が好きだから、周りから何を言われようとも、貴方のお誘いに乗り続けたのです。
知ってまして? アラン様は『弟もどき様』だなんて揶揄られてましてよ。貴方がいつも、弟みたいに、弟の様に、だなんて言っているから、そんなふうに言われていましてよ。
それは裏を返せば、恋している女に男としてすら見られていないと、哀れみながら嘲笑われていたのですわ。結局は他人でしかないのにね。本当に弟の様に想っているのならば、正式なお茶会に招待して差し上げれば良いのに。もっと気にかけて、アラン様がどのような境遇にいるのか、しかと見ていれば良いのに。
ヘルディナ様は、見たいものしか見ていないのです。聞きたい言葉しか、聞いていないのでしょう。
ええ、ええ、夢見がちな乙女ですものねぇ。
貴方はどうしても、アラン様とネリーという娘を結婚させたいようですけれど、それのどこにアラン様の幸せがあるのかしら。アラン様が望んでいるのは、ヘルディナ様と結婚して幸せに暮らすことでしてよ。
私はそんなアラン様だからこそ、愛して差し上げているの。果たして、普通の心優しい娘が、アラン様に恋をしているであろうあの娘が、そんな状況に耐えられるのかしら。きっとアラン様は、いざというときネリーかヘルディナ様かとなれば、間違いなく貴方を優先するでしょうに。
あの娘はそれを乗り越えられるとでもお思いなの?
ああ、そういう事をしてもアラン様が自分に好意を向けていると、確信していらっしゃる…、その様子を見て楽しむとかそういう…。回りくどいのがお好きなのかしら。なかなかに尖った癖ですのねぇ。
高貴な御方のご趣味は、私には理解できそうもありませんわ。私もそうですけれど、アラン様もそういった趣味は持ち合わせてなくてよ。どうかご夫婦で楽しんで下さいませ。
…あらまあ、私ったら、申し訳ありません。そうでしたね、ご夫婦で楽しむ事が出来ないから、他に人を求めておいでですのよね。なにせ第二妃ですもの。
シャルロット様とは白い結婚と言いますけど、本当に白い結婚なのかしら。子作りというものは、夜の閨限定ではありませんのよ。こんな事を言うと、ふしだらな女とまたお思いでしょうけど。
でも、皇太子妃と皇太子が視察で何日も泊まり掛けでなんて、よくある事でしょう。女官や随従がいるから、二人きりにはならないだなんて。まさか、まさかヘルディナ様。貴方、女官や随従が全員、真実を伝えるとお思いなの?
貴方より権力をお持ちの皇太子や皇太子妃が、内密にしろと言えば、何もなかったことになるのに? お二人を信じているだなんて、そんな事をいつまで言い続ける気かしら。
本当に夢見がちな乙女なのですわね。そんな純真な心をいつまでも持ち続けられるだなんて、なんて素晴らしいのかしら。きっとご両親の教育の賜物ですわね。私、それを思うと胸がいっぱいになりますわ。
なんて都合の良い娘を育てあげたんだろうって。ヘルディナ様は国の為に、レオナール皇太子殿下の為に全てを捧げるのでしょう? ある日突然、シャルロット様が子供を出産しようとも、全て受け入れる覚悟がおありなのね。
そんな事にならないだなんて、絶対だと言えるのかしら。黙って耐えることが美徳だと教え込まれているのかしら。ああ、きっとそうでしょう。
貴方はあそこにいるネリーと同じ。自分より上の者に言われた通りに行動し、相手を当てがわれて満足していらっしゃる。別にそれが悪い事とは言いませんのよ。だってそういう幸せもありますもの。でもそれを、私やアラン様に押し付けないでくださるかしら。
私とアラン様を離婚させたとしても、アラン様とネリーを結婚させたとしても、貴方が思い描く未来は来ませんわ。
それこそ言い切れる事がおかしい、ですって?
ええ、ええ、そうでしょうとも。でもね、アラン様のご両親の事はご存知? あのシュゼット伯爵夫妻は、元男爵でメイドだったネリーを、受け入れる事ができるかしら。ネリーは今まで、使用人が大勢いる生活ではなかったのでしょう? なら意地の悪い長年働いてきた使用人を、果たして御せるのかしら。
ヘルディナ様の後ろ盾があるとは言っても、お金も権力も何もない娘が、婚家に放り出されて、果たして何日持つのでしょうね。
唯一の頼りである夫の愛情すらないのに。
全て私の想像でしてよ。ええ、確定ではありませんけど。でも、私以外も事情を知っている方ならば、同じ様に思うでしょうね。だからこそ、ヘルディナ様がアラン様の相手を探そうとしても、誰も良い返事をしなかったのに、どうして気付かないのでしょう。
ああ、気付くつもりはなかったのでしたね。ああだから、社交は無理だと判断なさって、ヘルディナ様はシャルロット様にお譲りしたのかしら。それともレオナール様のご判断かしら。
ご自分に都合の良い男を繋ぎ止める手腕は素晴らしいと思いますけど、無意識でやっていらっしゃるのなら、レオナール様もたいそうお困りでしょうね。ヘルディナ様では、皇太子妃になってしまったら、苦労が絶えないでしょうから。お優しい御方ですのね、レオナール様。ご同情致しますわ。
あらヘルディナ様、顔が真っ赤ですわ。ご気分でも悪いのかしら。どなたか人を呼びましょうか? うふふ、気絶するのはおやめになって。ああでも、レオナール皇太子殿下の注意を引くと言うのならば、ご協力致しますわ。
ほら見てご覧なさいな。貴方がネリーをアラン様にあてがおうとしている間に、皇太子殿下はシャルロット様と睦まじくお過ごしよ。周りも心得ているのね。シャルロット様のご実家は、ヘルディナ様のご実家の寄親でしたわね。高位貴族の方々は、誰もが優秀なご令嬢を持て囃すでしょうし。
リチャード様が王宮から追い出されましたもの。王家の血筋であっても追い出されるとなれば、伯爵家の娘だなんて、レオナール様の愛情とやらがなくなった瞬間、悲惨な事になるでしょうね。
もしお腹に御子が宿ったら、本当に身の回りに気をつけた方が良いでしょう。ああこれは私からのご忠告ではなく、リチャード様からのお言葉ですわ。
リチャード様の身の上は知っていらっしゃるでしょう。前王妃はリチャード様をお産みになられてから産後の肥立が悪くて儚くなられたと言われてますもの。リチャード様は、母の病状は一時回復したけれど、第二妃を迎えるのに都合が悪いから、また病に伏せる様になったと言っていましたわ。
それが嘘か本当かだなんて、わかりません。でもね、息子であるリチャード様はそう感じていましたし、その彼は皇太子ではなくなり王宮から追い出されましたのよ。果たして、ヘルディナ様も同じような事にならないだなんて、本当に言えるかしら。
ああ、ヘルディナ様。先程は真っ赤だったのに、そんな青白い顔をして、本当にご気分が優れない様ね。
誰か呼びましょう。ああ、女官はやめてと言われましても。ネリーはあそこで踊っていますし。
まったく、ネリーもヘルディナ様付きのメイドなら、いつまでも遊んでいないでちゃんと主人の面倒を見ないといけませんのに。
ちょっと、そこの貴方。ヘルディナ様のご気分が優れないようだから、あそこで踊ってる不届きなメイドを呼んで頂戴。でもあまり厳しく叱らないであげて。初めて夏の夜会に、ヘルディナ様のご好意で参加されたようなの。主人をほったらかしにして浮かれるのも、仕方の無い事だわ。
ねえ、ヘルディナ様」