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夢見る少年ではない

 王宮から帰ってきたアランは、様子がどこかおかしかった。なのでショコラは、思い切り甘やかして何があったのか聞き出すと、やはりというか原因はヘルディナにあった。

 あのメイドのネリーとの結婚を打診してきたそうだ。

「あらまあ、アラン様が断れないのを知っていて、酷い事を。私からは離婚を申し出ませんから、そこは安心してくださいな。でも、王家からの正式な要望でしたら、どうしようもありませんわねぇ」

 皇太子も代わる事だし、夏の夜会の後で権力を使って本当に離婚させられそうだと、ショコラはため息を吐いた。

 まあ間違いなく、ヘルディナからして見ればショコラはふしだらな女だ。気に食わない、むしろ視界に入れる事すら厭う部類の人間だ。変に性的な事に関して潔癖なところがあるから、売春婦という職業自体嫌っているように思える。

 もっとも耳触りの良い、女性が体を売らなくとも生きていける世の中にするなんていう第二王子の妄言を、素晴らしい事だと周囲に広めているくらいだから。別に女性が就ける職業が増えるのは悪い事じゃない。だがそれだけ選択肢が広がるというのに、どうして性的な事に関しては取り締まるのか。

 気に入らないものだけを排除し続けるとなれば、それこそ本当に国が崩壊するだろう。血縁者でもない、ヘルディナが一方的に弟のように思っているだけの赤の他人の婚姻に、口を出してどうにかしようと動いている時点で、国の体制とやらは崩壊し始めているのだろうけど。


 ただの伯爵令嬢でしかないショコラに、第二王子妃の思惑をどうこうできる術はない。なので困り果てた顔で黙っていると、アランが唇を震わせて言った。


「り、離婚したら、俺を見捨てるのか?」


 見捨てるだなんてと、ショコラは首を横に振った。愛さないと言っておきながら、愛を強請るだなんて、それ程にアランは他者からの好意に飢えているのだろう。ああ本当に可哀想な人。


「私は離婚しても貴方を愛して差し上げますが、けれど周りがそれを許さないでしょう」


 ショコラの言葉に、アランはそんなと顔を更に青褪めさせる。あらまあこの短期間で随分とショコラに入れ上げたものだと、内心嬉しく思った。

 ショコラがこの屋敷でアランの側にいられるのは、王家が取り持った結婚誓約書とやらを盾にしているからだ。離婚したら間違いなく、シュゼット伯爵夫妻はショコラが屋敷内にいる事も、屋敷外でアランと会うことすら厭うだろう。

 第二王子妃ヘルディナもまたショコラが近付くのを嫌がるだろうから、確実にアランに近付けない。


 その状況にアランが耐えられるかどうかは、別としてだ。


 それに今はブノワ家の財力でシュゼット伯爵夫妻を王都から追い出しているが、ショコラが離婚されたのならば嬉々として戻ってくる。あのメイドのネリーが、伯爵夫妻と対峙出来るとは思えない。

 そしてアランもまた、両親に従って生きてきた人間なので、ネリーの完全なる味方になり伯爵夫妻からの防壁には成り得ない。

 第二王子妃が夢見ているアランの幸せな家庭というものは、決して実現しないだろう事は簡単に想像出来た。

 ショコラではなくネリーが結婚していたら、初夜に愛する事はないと言われきっと消沈するだろうし、もしかしたらアランを軽蔑するかもしれない。そしてシュゼット伯爵夫妻だけでなく、使用人からも疎まれて、金だけを巻き上げられた後は、あの離れで何年も孤独に過ごして朽ち果てそうだ。


「…俺は、…俺はどうすれば…」

 頭を抱えるアランに、ショコラは優しく語りかけた。


「アラン様、まだ正式に何も言われていませんもの。気にしないで過ごしましょう。そうだわ、明日はお休みでしょう。宜しかったら私と一緒に、今度の夏の夜会に着ていく服を見に行きませんか?」

「いや、しかし」

「流石に今日明日でどうこう出来るとは思えませんわ。それならば、目の前の楽しい事を気にするべきでしてよ」

 夏の夜会までは皇太子リチャードの権威に守られている為、大丈夫であろう事を知っているショコラは落ち着いている。だからこそ残っている時間を精一杯、アランと楽しく過ごそうと考えたのだ。


 しばらく頭を抱えていたアランは、ショコラに促されてようやく頷いたのだった。


 アランが寝入った後で、ショコラは寝台を抜け出した。

 寝室の隣の部屋で、一通の手紙を読み返す。そこには隣国の科学アカデミーでの優秀な技術者の一人が、王国出身であるらしい事が書かれていた。研究一筋で見た目にも気を使わないその技術者だが、眼鏡と前髪に隠れてはいるものの、相当整った顔立ちをしているとある。

 蒸気機関だなんて、ショコラの暮らす王国では詐欺師の虚言並の扱いだ。実用的なものになるとは思っていない。まあ一部の人間は、数年で技術革新があるだろうと気付いているみたいだけれども。


 この国で持て囃されるのは、高位貴族に従順な良い子、そして容姿の美しい者。


 芸術に秀でていても、結局は血筋と見た目で評価が変わったりする。だからこそ、美の神に愛されたかのような容姿を持っていたとしたら、技術者として生きたいのであるのならば、この国は息苦しかったのだろう。

 誰も彼の中身を評価しなかった。賞賛するのはその見た目だけ。科学技術を熱弁したところで、夢物語を語る少年のようにしか思われない。

 きっと間違いなく、貴族の令嬢として躾けられた娘では、彼の会話に付いていけないだろう。理解出来ない癖に、いつまで経っても子供なんだからなんて目で見られては、上手くいく筈がないのだ。

 フェリクス・シュゼットも苦労したのねと、ショコラは手紙を読んで憐れんだ。理解のない周囲に翻弄され、抗った結果が市井の娘との出奔だったのだろう。

 市井の娘というのは、とある商会で働いていて、元は隣国の出身らしく伝手があったようだ。ただその娘とやらが、隣国貴族の庶子だったらしい。なんとも運の良い事だろうか。


 その娘こそ、フェリクスにとっての運命の女だったのだろう。


 娘の助けによって、フェリクスは科学アカデミーに所属する事ができ、そして本来の能力を評価されたのだから。


 自身の事で精一杯だった彼は、弟の事を考える余裕すらなかった筈だ。だが蒸気機関が発表され研究にひと段落付いたのなら、きっと家族の事を思うだろう。

 何せフェリクスは、行方不明になった後でも、密かにシュゼット伯爵夫妻と連絡を取っていたようなのだ。二人を王都から追い出した後、屋敷内を隅々まで綺麗に磨き上げたロシュ達が、隠してあった手紙を発見したのだ。

 だからこそショコラは、フェリクスの行方を知る事ができたとも言える。ただ、もう一人の血縁者で家族である筈のアランには、何も伝えられていない。第二王子妃ヘルディナを慕っているからこそ、隠していたのだろうけれども。


 一人だけ仲間外れというのは、とっても傷付くのに。そこにどんな理由があろうとも、絶対に間違いなく、心がとっても痛くなるだろう。


 良い子でいようと必死なアランは、それを知ったらどうなる事か。


 家族を気遣うような内容の手紙を読んだ後で、ショコラはどんな手紙が良いかしらと鼻歌を口ずさんだ。

「ロシュ、悪女を娶った所為でアランの評判が下がり、日常的に虐げられていて、使用人としてあるまじき行為だけれどもどうしても助けて欲しいというような内容で、フェリクス様にお手紙を出してくれる? そうねぇ、差出人はマンディあたりが良いかも」

 アランに味方をした所為で辞めさせられたと書けば、真実味も増す事だろう。控えていたロシュが、畏まりましたと一礼した。

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