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甘い話には裏があるもの

 アランが出仕して屋敷を留守にしている間、ショコラはとあるサロンに出向いていた。ある意味有名なサロンで、そこに出入りする者は身持ちの悪い人間だと言われるような場所だった。

 そのサロンの主催者であるマグナ男爵夫人が、元売春婦であるからというのもあったし、独自のルールが異様さを醸し出していたのだ。


 そのルールとは、参加する者は必ず仮面を付ける事。

 相手の素性を調べたりしない事。

 サロン以外の場所で他の参加者を見つけても、決して声を掛けない事など。

 徹底的に素性を隠して行う集まりは、マグナ男爵が年若い妻と婚姻してから催されるようになった。男爵が高齢で長らく病床の身であるのを良いことに、夫人は参加する者たちと禁忌で淫な事を楽しんでいるのだろうと言われていた。

 確かにマグナ男爵夫人のサロンでは、常にアルコールの提供がされているし、パイプ煙草などもあり、文学的な会話など皆無な状況だった。


 退廃的な部屋を横目に、ショコラはマグナ男爵夫人に案内され、屋敷の奥の地下室にある、本来の応接室へと通された。ショコラは勿論仮面を付けているし、すでに応接室にいる者達もそうだった。

 獅子に似せた被り物をした男が、ショコラを見て手を上げた。

「おお、相変わらず美しい。貴女の美しさの前では、そのヴェールにちりばめられた若草色の宝石ですら、霞んでしまうな」

「あらまあ、お上手です事」

 つい先日も似たような事を言ったくせにと、ショコラはくすりと笑った。

「さて全員揃ったようだな。では始めようか」

 ショコラが席に座ると、獅子の男が他の者達に向かって言った。この地下室こそが、マグナ男爵夫人が開く本当のサロンであった。


 ここで話されるのは、主に王国の今後についてだ。


 マグナ男爵は王家に忠誠を誓っている実直な男だった。そんな男が老齢となり年若い売春婦を妻に娶った事から、他の貴族から嘲られ王宮への立ち入りを禁止されてしまっていた。

 だが事実は違う。マグナ男爵は王宮への立ち入りを禁止された後で、年若い売春婦を妻として娶ったのだ。彼は高位貴族達が権力を持ち過ぎる事に危険を感じ、王に諫言したが、それを疎ましく思った高位貴族達に嵌められ、宮中を追い出された。

 だがそれくらいで、マグナ男爵の王への忠誠が揺らぐ事はない。

 耄碌した老人が誑かされている、その噂を隠れ蓑にして、男爵は密かに王家に忠誠を誓う者達を集めたのである。

 もっともショコラはマグナ男爵ほど忠誠心があるわけではないが、皇太子の友人という事で参加しているのだ。

「それで例の、平民にも教育をという話だが、第二王子と宰相が率先して主導するつもりらしい」

 学舎をいくつか建てる計画があると、獅子の男は言った。それに追従するように、道化師の仮面を被った男が、最近郊外の土地が買い占められていると話した。

「第二王子妃はそれに伴って、貴族の子女を集めた女学校を作ろうと目論んでいます」

「一体何を教えるつもりなのかしら。まさか閨の事じゃないでしょうし」

 鳥の仮面を被ったマグナ男爵夫人が、クスリと笑った。その疑問に狼の仮面を被った男が、礼儀作法や社交界での立ち振る舞いだそうですと答えた。

「そういうのは習ってどうこう出来るものじゃないでしょうに」

「淑女教育という名の、今の高位貴族の者達に都合の良い令嬢を作り上げる為の機関だろうな。第二王子妃や皇太子妃候補達のような娘が、もっともっと増える。悪夢だな」


 親や夫のやる事に何の疑問も抱かない。子供を産み夫に尽くすだけの存在。そうする事が当たり前で、不平不満があろうとも、能面のような顔を崩さず感情を決して表に表さない(てい)の良いお人形。

 淑女教育を頑張る事が妻として愛される条件だと、頑なに思い込んで実行しているのだ。そんな事あり得ないのに。

 だからこそ、自由奔放に振る舞っているように見えるショコラは、そんな彼女達からは嫌われているし、マグナ男爵夫人に至っては目の前で暴言を吐かれる事すらある。

「目に見えた人気取りですわね。でも学舎を卒業した者達は、喜んで第二王子派に尻尾を振るでしょう」

 それが終わりの始まりなのにと、マグナ男爵夫人が呆れたように言い放った。

「自分達に忠実な者を集めるのは、派閥を作る上での常套手段だ。まあ実際、学舎を作ったところで、あちらの望む未来は来ないだろう」

「…石炭の特需ですかしら?」

 ショコラの言葉に、獅子の男は大仰に頷いた。

「宰相等は使い物にならない玩具だと言ったがな。隣国の科学アカデミーが発表した蒸気機関、間違いなくアレは私達の全てを変えるだろう。そうなると必要になるのは、石炭だ」

 王国には炭鉱がいくつもある。生活に必要な物ではあるが、炭鉱労働者は安価で雇われ使い潰されているのだ。

「学舎で知恵をつけた連中が、炭鉱労働者に喜んでなると思うか? それでも需要は増え続ける。ならば農奴を炭鉱に向かわせるか? そうなったらいったい誰が、私たちの食べる小麦を作るんだ?」

 肩を震わせて、獅子の男が笑う。

「教育の大事さは、勿論わかっているさ。だがな、この国の現状では、人的資源が圧倒的に足りないのだ。人口を増やした所で、今度は食料が足りなくなる。だからこそ、一部の者のみが知識を独占しなければ、すぐに崩壊してしまう」

「蒸気機関が何らかの使える形になるのは、いつ頃かしら」

「おそらく、二、三年内に科学アカデミーで発表があるでしょう。我が国に持ち込まれるのはその後で、おおよそ五年程の猶予を見て良いかと」

 つまりあと五年ほどで、王国が崩壊するか否かの岐路に立たされるという事だ。それまでに王都から遠く離れた景色の良い場所でアランと住もうと、ショコラは思った。王国の崩壊になど巻き込まれたくはない。

「…しかし、そんなに簡単に崩壊するものでしょうか?」

「する、確実にな。兆しは曽祖父の時代からあっただろう。冷害による三度の大飢饉、重くのし掛かる財政難。なのに貴族共は自身の領地を省みない。知っているか? 町屋敷にいる貴族達は、領地に赴く事こそ経営が上手く出来ない証だと言っている位だぞ。呆れて物も言えん」

「その上で自身の財産を増やそうとし続け、足の引っ張り合いしかしないとなれば、ですか。第二王子は貴族連中にとっては扱い易い旗頭でしょうしね」

「宰相や高位貴族の言葉に頷く良い子ちゃんになるように、幼い頃から教育されてきているからな」

 それは第二王子妃も同じ。そして皇太子の婚約者候補もだ。

 皇太子の相手が候補のままなのは、本人が婚約を結ぶのを嫌がり、さらには素行に問題が大有りだった為である。理不尽な理由を付けて婚約を結ぼうとしない皇太子に、宰相はこれ以上ごねるのならば廃嫡になると脅したとか。

 宰相が王位継承について口を出す事自体、王国の歴史を見れば異常だというのに。それだけ貴族の権力が強くなっているという事だろう。


 皇太子妃候補となっているのは、宰相の娘。


 夏の夜会で皇太子が代わるとなれば、彼女は一体どうなるのだろうか。

 きっとそれが、美談として取り繕うにも難しい、崩壊の始まりなのだろうと、その場にいる誰もが宰相の娘を憐れんだ。なにせ同情だけは、いくらでも出来るからだ。

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