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皇太子リチャードの戯れ

 誘いに了承の意を伝えると、レオナールは機嫌良く立ち去っていった。一行が通り過ぎてから顔を上げると、少し行った先で再び止まっているのが見える。

「あらまあ」

 レオナール一行を立ち止まらせているのは、皇太子リチャードだった。随行員や護衛やらを引き連れて、やはりそちらも仰々しい一団になっている。兄弟仲が悪いとは聞かないが、しかし良いとも言えない二人が鉢合わせるだなんて、こういう事もあるのねとショコラは王子二人が話している様子を見ていた。

 レオナールは真面目で優秀、更には恋に一途な男と言われるが、兄の皇太子であるリチャードは、我儘で横暴な男と言われている。常に不遜な態度を崩さず、そして女でも男でも、気に入れば誰であっても口説こうとする程の色狂い、そんな噂が流れていた。

 しかしながらその噂の殆どは、誇張され脚色し、皇太子リチャードの足を引っ張りたい貴族一派が流しているだけの物である。まあ噂というものは、そういうものだから仕方ないと言えばそうだろう。

 ショコラとしては、皇太子リチャードが取り持ってくれたので、有利な条件で婚姻を結べた経緯がある。なので皇太子派か第二王子派かで言えば、ショコラは皇太子派であった。


「ショコラーテ夫人じゃないか、今日も美しいな! お前の美貌の前には宝石の輝きすら霞んで見える程だ」


 レオナールとの会話を終えたらしいリチャードが、道の端で立ち止まり頭を下げたショコラに声を掛けてきた。

 軽薄そうな態度は、リチャードの常であり、夜会でもこのような様子で貴族の娘に誰彼構わず声を掛けている。そんな訳でショコラは、リチャードとは夜会で挨拶を交わし、何度か話した事のある間柄であった。

 もっとも話をした間柄でも、それなりに親しい位置にいるだろう。軽薄なリチャードは、本来の姿の一端にしか過ぎないという事を知っている程度には。


「リチャード皇太子殿下、ご機嫌麗しゅうございます」


「堅苦しい挨拶はいらん、俺とお前の仲ではないか」


「お戯れを。ふふふ、リチャード皇太子殿下は相変わらず楽しいお方ですわね」


 帰る所かと聞かれそうだと言えば、出口まで送ろうと言われた。

 皇太子からの申し出に、ショコラは素直に応じる。皇太子の周りには、随行員の他にも側近と言われている者達がいた。あまり優秀ではないと嘲笑されているが、皇太子リチャードへの忠誠心は誰よりもある。そして身分を超えた友人同士でもある。

「次の王宮での夜会で重要な発表がある事を知っているか?」

「いいえ。夏の夜に開かれる王宮の夜会は、お祭りの開始の合図でしてよ。王宮だけではなく、王都でも三日三晩様々な催し物を開催して誰もが騒いで楽しむ、そんな始まりの夜に重要な事など発表するのですか?」


「ああ、とっても重要だ。何せ皇太子が代わる」


 それはつまり、レオナールが皇太子になるという事だ。大公として領地を譲渡される予定だと言われていたのが、皇太子となるならば。

「この私が大公となるな。まあ、ちゃんと命があったまま大公領に行けたのならな」

 我儘で横暴な色狂いは皇太子に相応しくないそうだと、リチャードは肩を震わせて笑っている。第二王子レオナールの方が相応しいという声は、随分前から囁かれていた事だ。

 リチャードはなんて事ないように話しているが、内容としてはかなりのものだろう。派閥争いをしている貴族ならば居ても立っても居られない情報であるが、しかしショコラにとってはそれほど重要でもない。


 むしろ大事なのは、夏の夜会でそのような事を発表されては、アランと三日三晩祭りを楽しめないではないか、という事だった。


「私、夜会も街のお祭りも、アランと一緒に楽しみたいですわ」

 ショコラの言葉にリチャードは目を瞬かせてから、それなら最後の夜に発表してもらう事にしようと言った。

「それくらいの融通は利かせてもらうさ。なにせ私は、我儘で横暴な皇太子だからな。父である王も宰相も、手を焼くほどの」

 声を顰めて笑うリチャードは、何やらとても楽しそうだ。出口付近までくると、リチャードはショコラの手を取ると、その手の甲に唇を落とした。

「あらまあ」

「ちょっとした恋の香辛料というやつだ」

「ふふふ、お二人ともいけないお方ね。私をそのように扱うだなんて」


 この事は一気に王宮に広まるだろう。夫が放置した妻を皇太子が出口までエスコートしただなんて、しかもその相手が悪女と名高いショコラーテなのだから。


「お前の夫のアランにも声を掛けたいが、中々近付けないからな」

「あらまあ、アラン様を口説くのですか?」

 リチャードは優秀なのはやはり欲しいからなと言った。第二王子派の貴族に邪魔をされ、色狂いと噂を流されているリチャードには、中々人材が集まらないようだ。政治面で有能な者は残念ながらいないと愚痴っている。

 それを聞いて側近達は若干申し訳ないような微妙な顔をしたが、しかし怒ったり気分を害した様子はない。それくらい気兼ねしない仲なのだろうという事が見て取れた。

「なあショコラーテ夫人、この私は可哀想じゃないのか?」

「あらまあ、いきなりどうなさったのですか」

「ブランから、姉は可哀想なものが好きだと聞いたのでな」

「あの子ったら、口の軽い事。まあどうせ殿下が、珍しいお菓子で釣ったのでしょうけれど」

 その通りだとリチャードは肩を竦めた。

 弟の食べ物に弱い所に心配になる。幼い頃はお菓子をあげると言われると、知らない人間に着いていく程だったのだが、大人になっても根本的に何も変わっていないようだ。

「それで、どうなのだ?」

「どうと言いましても、殿下は可哀想ではありませんもの」

 頬に手を当てて、ショコラは眉を下げて言葉を続けた。


「だって殿下には、心を許せるお友達が、命を掛けてもその絆を守ろうとする方々が、いらっしゃるじゃありませんか。親子の愛でも男女の愛でもなくとも、リチャード殿下は互いに想い合えていますでしょうに」


 だから可哀想ではありませんのと、ショコラは微笑んだ。そして夫のアランの事を思い浮かべて、うっとりとした表情で言った。

「アラン様には、そんなお友達すらいませんのよ」


 そうアランには何もない。

 拠り所にすべきものが、幼い頃に交流のあったヘルディナへの淡い恋心のみ。

 親子の愛も、兄弟の愛も、友愛も、それから夫婦の愛も何にもないのだ。無償の愛情なんて、好意なんてアランにとっては未知の恐ろしいものでしかないだろう。

 大抵の人間は、アランの素っ気ない他者を寄せ付けない態度に嫌気がさして、離れて行ってしまっただろう。だからこそ、そのような態度をとっても離れないショコラに警戒しているのだろう。

 それでもショコラが囁き与える愛の心地良さを、拒み切れずにいる。何せ生まれて初めてと言っても良い程の、温かくて優しい愛情なのだから。


 ショコラの愛に浸りたくとも怯えて逃げてしまうその姿が、哀れで可哀想で堪らない。


 そこがとっても可愛らしいと頬を染めるショコラに、何故かリチャードは顔を引き攣らせていた。もっともそういった反応は、ショコラが好きな事を語ると大抵そうなるので、気にはしない。

「まあいい。もし大公領に来る事があったら、歓迎しよう」

「うふふ、ありがとうございます。アラン様との結婚に便宜を図ってくださりましたから、その分の御恩はお返ししたいと思ってますのよ」

「それはありがたい」

「でもアラン様を口説くのはお止めになってくださいね。繊細で傷付きやすくって、すぐに逃げてしまいますから」

「わかっている。私は命知らずではないのでな」


 ショコラはそういった事に聡い人間は好きだった。なので皇太子リチャードには、好意と敬意を向けている。満足気な笑みを浮かべ、リチャードに向かって頭を下げたのだった。

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