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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

心臓をくれ!

作者: 鉈の蛇

 あるところに一匹の悪魔が居ました。

 暗闇の中で忽然と生まれ、闇の中で暮らしています。


 悪魔は好奇心が旺盛です。ある時、人間に興味を持ちます。

 人間はなぜ生きているのだろう。疑問を持った悪魔は調べてみようと思い立ち、自ら人間へ会いに行こうと決めました。


 まずは知り合いの悪魔に話を聞きます。

 人間はなぜ生きているのか?

 姿形は違えども、同じく悪魔であるそれは笑いながら答えます。


 「人間には心臓があるんだ。だから生きられるんだよ」


 なるほど、と納得しました。

 人間は心臓があるから生きられる。学習した悪魔は、しかし心臓が何なのか理解していません。どんな形をしているのか、何をするための物なのか、あること以外は何もわかりませんでした。


 もっと知りたいと思うようになります。けれど知り合いの悪魔はさらに詳しいことを教えてくれません。自分にもわからない、とのことでした。

 仕方なく悪魔は自分で調べようと決意します。


 人間のことは人間に聞けばいい。そう思って人間が住む場所へ向かいます。

 残念ながら知り合いはいませんでした。まずは人間を探さなければいけません。


 悪魔はあちらへ行って、こちらへ行って、人間を探します。

 そうして一人の人間を見つけました。

 悪魔が話しかけます。

 心臓はどんな形をしているんだ?


 「うるさい! 近寄るな、化け物め!」


 人間はずいぶん怯えているようでした。話しかけてもまともに相手をしてもらえません。人間はぎゃあぎゃあと騒がしく、何を言っているのかも聞き取れません。

 ひどい罵倒を受けていることだけはわかります。

 悪魔はついに怒りました。えいやっと手を振って人間を叩いてしまいます。すると想像よりも呆気なく首が飛んでしまって、体が倒れてしまいました。


 悪魔は人間について知りませんでした。こんなに簡単に壊れると思わなかったのです。予想外の出来事に驚いてしまいました。

 しばらく何が起きたのかわかりませんでした。

 倒れた人間が起き上がらないのを見て、あぁ、この人間は死んだんだ。そう気付いたのはしばらく考えた後です。

 悪魔同士であったのならば、あんな程度では死なないのに。

 悪魔は人間が脆い生き物だと知りました。


 悪魔は次の人間を探し始めました。

 知りたいことはまだまだたくさんあります。話が聞きたくて仕方ありません。


 彼が訪れたのは人間が住む町です。すぐに別の人間を見つけました。

 今度は若い女性でした。一人で歩いているようです。

 悪魔が声をかけます。すると先程の男性と同じような反応でした。


 「きゃああああっ!? こ、こっちに来ないで!?」


 何を言っても女性は聞きません。そもそも話を聞こうとしないのです。

 あまりにもうるさいので悪魔は苛立ちました。おもむろに腕を振ります。大方の予想はついていましたが、軽い音を立てて女性の体は潰れてしまい、うるさい声がぱったりと途絶えます。


 また質問することができませんでした。

 仕方ないので悪魔は動かなくなった女性の体から心臓を探そうと思いますが、形も心臓がある位置も知らないので、やっぱりわからないと諦めてしまいます。


 人間のことを知るためには、やっぱり人間に聞くしかありません。

 悪魔はまた探し始めます。

 今度は、きちんと話を聞いてくれる相手をです。


 何人かの人間に話しかけましたが、誰もが同じ反応です。悲鳴を上げて、悪魔を化け物と呼び、ちっとも話を聞いてくれません。

 今までそんなにひどいことを言われたことがありませんでした。

 苛立った悪魔はその度に腕を軽く振りますが、何度もそれを繰り返していると、次第にそう言われることが当たり前になってきて、寂しい気持ちになるけれど、何も言わずに去るようになります。


 それでも悪魔は諦めませんでした。

 ただ知りたいだけなのです。

 人間と友達になろうという気持ちはありません。それは、ひどいことを言われ続けて尚更でした。でも人間について知りたいという欲求はまだあります。


 悪魔は人間に人間のことを質問します。

 心臓とは何か?

 生きるとは何か?

 人間とは何か?

 答えてくれた人は誰も居ませんでした。


 それでもめげずに探し続けたある時、一人のお婆さんに出会います。

 悪魔はいつものように尋ねました。するとお婆さんは悲鳴を上げずに悪魔の質問を聞いて答えてくれました。


 「心臓は左胸にあるんだよ。ほら、このあたり」


 お婆さんは自分の手で触れて位置を教えてくれました。体内にある心臓を自分の目で見ることは叶いませんでしたが、なるほど、と納得します。

 ようやく場所を知ることができました。悪魔は本物を見たいと思います。しかしそこでふと気になることがありました。


 心臓があるから人間は生きられるのです。心臓を見るためには人間を殺して取り出す必要があることに気付いたのです。

 その時、悪魔は不意に躊躇いを覚えました。


 これまで散々殺してきました。しかしあまりに繰り返したため、その行為に意味はあるのかと考えるようになります。可能ならば殺すことなく心臓だけを抜き取れないものか。そんなことを考えもしますが、方法はわかりません。

 試しにお婆さんへ聞いてみました。お婆さんは悪魔の提案を驚きもせずに聞いて真剣に答えてくれます。


 「もう少し待ってくれないかい? あと何ヶ月かで孫が生まれるんだ。こんな歳だけど初孫でね。本当に楽しみなんだよ」


 悪魔は物怖じします。

 もう少し待てば心臓がもらえるのか? しかし人間の世界における何ヶ月なんて長くて待てません。今すぐに知りたいのですから。

 悪魔は何も言わずにその場を去りました。また別の人間を探すのです。


 人間についてまだまだ知らないことばかり。もっと知りたいと思います。

 ひとまずは心臓を自分の目で見てみたい。

 悪魔はそのために、心臓をくれる人間を探そうと思い立ちました。


 悪魔は再び人間に声をかけます。

 心臓をくれ。

 そう言うとみんな悲鳴を上げて逃げ惑います。やっぱり誰一人として彼の声を聞こうとはしません。こんなに本物の心臓が見たいのに、誰も相手にしてくれず、協力してくれないのです。


 人間はなんてひどい生き物なのだろう。

 彼は本当にそう思っていました。


 もう諦めてしまおうか。

 それとも、いっそのこと、前みたいに殺してしまって調べようか。

 思い悩む悪魔はいつしか人間に声をかけることをやめました。町を見下ろして、遠くから人間たちを眺めます。その姿には寂しさが纏わりついていました。


 ある時、一人の子供が目に止まりました。誰にも見つからない路地裏で体を小さくして膝を抱えているのです。なぜかその人が気になりました。

 これが最後だ。そう決めて子供の下へ向かいます。


 路地裏へ入って静かに近付きます。

 目の前に立つまで気付かれませんでした。

 悪魔は子供に声をかけます。言葉を選ぶ必要はありません。色んな人へ、もう何度もかけている言葉ですから。

 心臓をくれ。

 その一言で子供が顔を上げました。


 「いいよ。僕のでよければ」


 悪魔は驚きました。まさか本当にくれるだなんて。

 ようやくもらえると知って喜びます。けれど、心臓をもらうということは、目の前の子供が死ぬということ。


 悪魔はふと疑問を持ちました。

 どうして心臓をくれるのだろう?

 それはつまり、死んでもいいということだろうか?

 疑問を持ったことで悪魔は考えます。考えて、考えて、膝を抱えて座る子供が何を考えているのかを知ろうとします。だけど何もわかりません。


 人間の考えていることはわからない。

 諦めて悪魔は聞いてみることにしました。

 どうして心臓をくれるんだ?

 子供は考えもせずに答えます。


 「どうせ生きていたって仕方ないから」


 どうやら生きることを諦めたようです。

 悪魔は不思議そうに子供を眺めます。どうして子供が俯いているのか、ちっともわかりませんでした。


 悪魔には死の概念がありません。同様の状況はあり得ますが、消滅と忘却。人間が死んだ時と明確に違うのは、体は霧となって消えてしまい、誰の記憶の中にも残りません。この世から完全に消えてしまいのです。

 その子供もそうなることを望んでいるのかもしれない。

 悪魔はもう少し話を聞いてみたくなりました。


 「あげるよ。僕の心臓ならいくらでも」


 はて、心臓とはいくつもあっただろうか。

 気になりましたが、確か一つだけだったはずだと考えて納得します。

 悪魔は質問することにしました。

 死にたいのか?

 子供はすぐに答えます。


 「死にたい、わけじゃないけど、生きていたいわけじゃなくて……生き続けるのも辛いだけだ。死ぬことは、僕にとっての救いなのかもしれない」


 逃避なのかもしれないけど。

 子供はそう言って目を伏せました。


 悪魔は路地の片隅に隠れたその小さな姿を見下ろします。

 悪魔の中で変化があったようでした。

 たくさんの死を見たことと、自分の手によって死を生み出したことで、死という概念について深く考えます。今までで一番頭を使いました。


 考えたけれどもわかりませんでした。

 考えることは得意ではありません。なので子供に聞きます。

 お前はどうしたいんだ? とても簡単な言葉でした。


 「今は、遠くに行きたい……どこでもいいから、逃げ出したい」


 わかった。

 悪魔は言いました。

 詳しい事情はわかりませんが、本人の意思を知ったのはその瞬間です。


 お前の望みを叶えたら、お前の心臓をくれ。

 悪魔の言葉に悩むことなく、子供は頷いて承諾しました。


 それから、悪魔は一度姿を消します。

 しばらく待ちました。数秒か、数分か、数時間か、数日か、どれだけ経ったかよくわかりませんでしたが、子供はその場を動かず虚無を見つめます。

 もう帰ってこないかもしれない。そんなことを考えもしました。


 悪魔は再び戻ってきました。

 手には人間の頭を持っています。ちぎられた首から血が滴り、地面に落ちて赤い花を咲かせました。

 子供は驚くどころか微笑みました。

 見知った顔だったのです。絶望に魅入られた最期の表情を見て、ほっと安堵した様子でした。子供はただ一言、ありがとう、と言います。


 じゃあもらうぞ。

 悪魔は言いました。そして頭を捨ててしまい、その手を伸ばします。


 子供の胸にずるりと手を入れて、心臓を抜き出しました。初めて見る潰れていないきれいな心臓。子供のそれを見てどうしようもなく惹かれ、美しいと思います。それだけでなく念願叶った感動もありました。

 悪魔は大口を開けてそれを呑み込んでしまいます。血が全身を巡り、今までにない不思議な感覚がありました。


 これが心臓。生きるということ。

 悪魔は生を感じます。

 悪魔だけれど生きている。なんとも不思議な存在です。


 ありがとう。

 子供はもう一度言いました。

 悪魔はにやりと笑って、じゃあ行くぞ、そう言いました。


 悪魔は子供と手を繋ぎます。初めての経験でした。小さな手は少し力を入れただけでぐちゃぐちゃになってしまいそうで、気をつけながら優しく握ります。

 町を観察していた頃、人間同士が手を繋ぐ姿を見たことは何度もありましたが、初めてその意味を理解します。

 上手く言葉にはできないけれど、そういうことか、呟きました。


 「君って、何でもできるんだね。悪魔っていうより天使みたいだ」


 天使? それは違うだろう。

 不服そうに悪魔は言います。それだけは許容できないみたいです。


 子供は悪魔に手を引かれて歩きだします。

 暗い闇の中、前方には何も見えません。道さえも消えてしまい、一片の光も見当たらない闇が大きく広がっていました。けれど怖くはありません。隣には頼りになる悪魔がいるからです。


 悪魔は満足していました。

 心臓を手に入れ、ついでのように子供を引き連れ、たくさんの経験から人間について知ることができたからです。


 その後、連れ去られた子供の姿を見た者は居ませんでしたが、誰にも気付かれることがなく、終ぞ見つかることはありませんでした。

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