明鏡止水の捨身
「らああああああああああああ!」
勇者の力をフル解放して銃撃をしながら吶喊する。
暴風雨のような勢いの銃弾によって、魔王の兜や鎧の端もボロボロになっていく。
「ぬぐぅ! おのれ! 勇者の力、これほどまでとは!」
憎々しげに呟きながらも、魔王は大剣を振り上げる。
そして――、
「かあああああああああ!」
裂帛の気合とともに、振り下ろした。
大地が斬り裂かれ、道也に向かって一直線に斬撃が襲いくる。
「やられるかよ!」
激しく地を蹴り左へ避ける。
「やるのだ!」
それを追尾するかのように魔王は今度は大剣を横に薙ぎ払った。
不可視の衝撃波が今度は水平に迫るも、道也は咄嗟に自ら転がって回避しながら反撃の銃弾を放ち――回転の勢いを利用して立ち上がり、再び疾走し始める。
「小癪なあああああ!」
魔王は狂ったように斬撃衝撃波を乱れ撃ちする。
その不可視の刃を殺気から軌道を判断し、回避と反撃を根気よく繰り返し続ける。
これだけの斬撃を放たれれば、道也も無傷というわけにはいかない。
かすり傷が増えていき、血飛沫が舞っていく。
それでも、標的たる魔王から決して瞳を逸らすことなく銃弾を撃ちこみ続けた。
『よもやこれほどまでの力とは……やはり、異世界人の武器は恐ろしい!』
神の驚愕したような声が心に響くが、もはや気にならない。
これだけの銃撃をしているにもかかかわらず、耳を劈く銃声も気にならない。
初音が居合をするときと同じように、道也の精神はどこまでも研ぎ澄まされていた。
明鏡止水の境地――といったところだろうか。
時が加速し、時が停止し、時を支配する――。
もはや人知をとうに超えた異次元の戦いに至っていた。
「ぐぅう!」
さすがの魔王も、表情から余裕が消えていた。
それでも手数で上回ろうと斬撃を放ち続ける。
「らああああああああ!」
道也は不可視の刃をかわしながら反撃し、魔王との距離を少しずつ詰めていく。
蓄積するダメージにより魔王の装甲は剥がれていき、徐々におどろおどろしい姿へと変貌していった。 それでも、攻撃の手を緩めない。
「おのれぇええええええ!」
もはや道也のほうが優勢であった。勇者の力とオーバーテクノロジーが合わさり、さらには初音を守るという心が一体となって道也の強さは留まるところを知らない。
それでも――魔王は退くことはない。
戦闘種族の矜持は生半ではなかった。
(やはり戦って滅ぼすほかない――!)
魔族とも融和できれば、との思いはあった。だが、ここまで退くことを拒絶する誇り高き戦闘種族の魔王に対してそう思うことは、もはや冒涜にしかならないだろう。
なら、全力で戦うことが務めだ。
勇者と魔王という理屈を超えて、ひとりの人間として、そう思った。
道也は勇者の力のすべてを振りしぼる。
体の奥底に眠る力を銃弾に変え、肉体にも宿らせていく。
「ぬうう!」
もはや斬撃を満足に放つことができず魔王は魔弾を大剣で弾くことに注力せざるを得ない状態だった。対する道也は、あくまでも着実に歩を進めていく。
(――銃弾だけじゃ魔王を倒すことはできない)
こうして対峙することで、自然とそう感じられた。
銃弾に勇者の力は込められるが、魔王にトドメを刺せるほどの威力にはならない。
ならば――銃剣に魔力を込めて貫くほかない。
(銃だけで倒させてくれるような相手じゃないよな)
偉大なる敵に対しては、最後は直接の戦闘をもって制せねばならない。
それを第六感的に確信していた。
道也は銃撃を繰り返しつつも、魔力を剣先に集中させていく。
この戦いを終わらせるために――そして、この世界に平和を取り戻すために。
「やらせはせん! 貴様ごときには!」
だが、魔王は運命に抗うように咆哮し底力を発揮する。
なんと銃弾を防ぐことを完全に放棄して、こちらに向かってきたのだ。
「――っ!?」
さすがに虚を突かれた。
一瞬判断が鈍ったが、それでもすぐに魔弾を魔王の心臓に向けて連射する。
銃弾が魔王の息の根を止めるのが先か、それとも大剣がこちらを真っ二つにするのが先か――。
(ここは一度、下がったほうがいいのか――?)
銃撃をしつつ、道也は迷った。
だが、すぐに稽古中に初音から教わった和歌を思い出した。
山川の瀬々を流るる栃殻も実を棄ててこそ浮ぶ瀬もあれ
これは剣道の極意を詠んだ歌だという。
死地へ陥った場合、助かろうとすると返って死ぬことになる。
実(身)を捨てるほどの覚悟で向かってこそ、生き残ることができる。
そういう歌意だ。なら、進むべきは前だ。
死地に飛び込んでこそ、生き伸びることができる。
相手は身を捨てて――防御を完全に捨て去って、向かってきている。
それに対して引いたら、その勢いのままにやられるだろう。
「ずああああああああああ!」
道也は射撃をやめて銃剣モードに切り替える。
そして、地を蹴って魔王へ立ち向かう。
もう心にあるのは恐怖ではない。この一撃のことだけだった。
無我の境地に至ったことで、五感が研ぎ澄まされる。
魔王を倒すことだけしか、もう頭にはなかった。
前へ。
ただ、それだけであった。
衝撃――。
それが、自分が相手を貫いたのか、それとも自分が斬られたのか――判別することはできなかった。
(……どうなったんだ?)
そして、気がついたときには道也の目の前には誰もいなかった。
ただ、銃剣には確かな手応えがあった。
(…………俺は、生きてるのか?)
遅れて、そのことに気がつく。
そして、後方では――ドサッと巨体が倒れる音が響いた。
どうやら魔力を込めた一撃は確かに魔王を貫いたようだ。
剣先には青く汚れた魔族の血――それは勇者の聖なる力によって蒸発するように瞬く間に消えていく。
(本当に、やったのか……?)
信じられない気持ちで背後を振り向こうとしたタイミングで――。
「う、ぐっ……!?」
突如として心身に異変が起こった。
全身――というより精神も含めてヒビが入るような衝撃が走ったのだ。
それは自分という存在がバラバラになってしまうかのような感覚――。
「……!? 道也くんっ! 大丈夫ですか!?」
異変に気がついた初音が駆け寄る。




