*.エルフ
リンアメンナと遭遇してから5日目。
城の中庭に、金色の円盤が風を巻き上げながら降りてきた。リンナメンナが乗っていた円盤より一回り大きい。
中から出てきたのは予想通り、線の細い美女。リンナメンナと同じデザインの服を着ている。色違いだ。
若者だけどリンナメンナより年上に見える。リンナメンナと分からない言葉で言葉を交わしている。
年上の美女がベントに向き直る。そして一礼した。
さすが、リンナメンナの一族。動きの隅々まで、踊りの様に優雅だ。
怪我人とリンナメンナを迎えに来たのだろう。
一抹の寂寥感を憶えるが、怪我をした5人の容体が危ない。昨日昼から熱が下がらないのだ。
早く引き取って頂きたいのが実情。
年上の美女の後ろから、兵士が出てきた。
柔そうな部分鎧を纏った兵士に見えないこともない美女が3人。気の利いた子どもなら、簡単に貫きそうな鎧だ。
兵士が囲んでいるのは、宙に浮いた不思議なベッド。
ベンド達は目を丸くした。そして、彼女たちが天上人である事を確信した。
5人の同胞を浮かぶベッドに乗せ(手こずっていたので、ベンドの部下が手伝った)、金の円盤に収容。
リンナメンナがベンドと向かい合った。
静かな口調で何かを話してくる。言葉は通じないが、何を言ってるのかは分かる。
感謝とサヨナラだ。
リンナメンナが円盤へ入る。ドアが閉まった。
ゆっくり舞い上がり、凄いスピードで空の向こうへ飛び去った。
リンナメンナが居なくなった。
ベンドは、自分も寂さを感じていることに気がついた。
部下共も元気がない。こいつらもっと獣みたいだったよな?
勇者とも呼ばれたヴォッシュですら、意気消沈している。……あ、こいつ疫病にかかってたんだ。容体が悪化したのか?
国内をガタガタにした死病のことを思い出させてくれた。
翌日、あの金の円盤が城の中庭に降りてきた。
ベンドは昼飯をほっぽり出して飛び出してきた。
俺のことを忘れたのではない! その思いが嬉しかった。野獣の様な男の心に灯った一本の蝋燭だった。
喜んで出迎えたが、よく考えればこれは脅威である。空飛ぶ円盤は、城の防御を簡単にくぐり抜けて中庭に降りてくる。城壁も堀も意味を成さない。
だが、指示は警戒だけで止め置いた。
中から出てきたのは、また別の美女。髪の色は青に寄った金髪。髪は黄色いカチューシャで整えられている。
こんどは些か冷たい目をした美女だ。
……胸が小さいかな?
揃えた前髪に首を隠す程度の短さだが、それが彼女の冷たい風貌によく似合っている。
リンナメンナとは対極に位置する美人だ。
はたして、リンナメンナは冷たい女の後から降りてきた。前より綺麗になっている?
相変わらず体が重そうだけど、優雅さに変わりはない。
先頭に立つ冷たい女が口を開いた。
「私の名はゲルダゲルマ」
「な?」
言葉が通じている。自分たちの言葉を使っている!
「いきなり通じる様になった?」
ベンドは訝しんだ。
「そうか、彼女たちは頭が良いんだ!」
フアンがポンと手を打った。
なるほど、とベンドは納得した。蛮人は話の早い所が長所である。
冷たい目の女の言葉が続く。
「私はエルフ族の宰相。此度は我がエルフ族の皇太子・リンナメンナ様、並びに5人の同胞を助けて頂いた事。最大の感謝の意を捧げる」
胸に手を置き、僅かに膝を折り、腰を曲げた。
その仕草、見ていて、こちらのがさつさが恥ずかしくなってくる。優雅の極みだ!
「改めてご挨拶を。わたしの名はリンナメンナ・エルフ」
次はリンナメンナ。にっこりと笑う、その笑顔が花のよう。
「ベンド様、先だっては有り難うございました。このご恩は一生涯忘れることはないでしょう」
「いや、なに、大したことはない」
フアンに助けを求めるが、こういう時に限って余所見をしている。
「こほん! ではこちらも改めて。我が名はベンド。ベンド・ゴラオン。ゴラオン家の当主にしてこのクニの王だ!」
住む世界は負けているが、地位は負けていない。怯む必要はない。
「こんな所で立ち話もなんだ。中へ入ろう、いや入りましょう」
精一杯の贅を尽くした謁見の間へ誘った。
まず扉からして違う。
槍を担いだまま入れる高さ。分厚い鉄の木で作られた扉は、外側に開く。閂を掛ければ、まず外から打ち破れない。
部屋の内部は、ガタイの大きい男が戦支度で20人は詰め込める広さ。ゴラオン家自慢の大広間だ。
綺麗な色に染めた布が、幾つも天井より釣り下げられている。
一段高くなった間に、王座が設置されている。赤く染めた綿布に、綺麗な糸でゴテゴテと刺繍された豪華な逸品。尻を置く場所に綿がふんだんに詰められているので、長時間座ってても尻が痛くならない優れもの。
リンアメンナ達に勧めた椅子も、豪華な作りである。尻が痛くならない逸品である。
ミルケル族の名人が作った調度品が壁にズラリと並ぶ。どれもこれも小さな町一個から取れる年貢より高い値が付く逸品ぞろい。
でも、これらはエルフ氏族の端役の美女より値打ちは下がる。美人像と並ばれて実感した。
全員が着席し、茶が配られると、リンナメンナから話を始めた。
「まず、すべての話を後回しにすべき、緊急の案件がございます」
リンナメンナにしては礼儀に欠ける。つまり、それほどの緊急案件なのだろう。
ベンドは、にやけていた顔を引き締めた。
「このクニで死病が流行っておりますね?」
「その通りだ。……まさか!?」
「わたしと五人の同胞が病に罹患しておりました」
「なっ!」
条件反射で飛び上がるベンド。リンアメンナが、あの死病に! だから、体が重そうだったのか! 調子が悪かったんだ!
リンナメンナが死ぬ。
ベンドは初めての消失感を憶えた。初めての悲しい感情が心に生まれた。それはとても苦しい物だった。刀傷の方が何倍もマシだった。
「ご心配には及びません。もう治りましたから」
「え?」
今度は間抜けな声をあげざるを得ない。あの死病が一夜で治ったって?
「我がエルフ氏族は、優れた薬剤技術を保持しているのです」
「ならば頼みがある! その薬の処方を教えてくれ!」
この病気はゴラオンの領地だけに流行っているのではない。ゲオルにも、その他周辺国にも病気が蔓延しているのだ。
「作り方は非常に難しく、また材料もこの地で手に入る物ではありません」
ベンドの顔に絶望の色が広がっていく。
「でもご安心を。この薬、我がエルフの施設でなら大量生産が可能です。ベンド様が必要とされる分、お幾つでも無償提供致します。何千でも何万でも必要な数をおっしゃってください」
渡りに船だ!
「兄上、鵜呑みにしてはいけません。いえ、信じたいけれど!」
フアンだ。こういう時、頭を回転させられるのがフアンだ。
「薬の効果。その実証が必要です」
そういうことで、ヴォッシュが実験台に名乗りを上げた。
顔の色がだいぶ黒ずんできたヴォッシュであるが、薬を飲んだ1時間後には立ち上がり、夕刻にはハラが減ったと肉を囓っていた。




