*.リンナメンナ
円盤状のナニカは、黒煙を噴き出していた。
悪いことに、こっちへ向かって。高度を下げながら。
「突っ込んでくる?」
「なんだ? あれなんだ?」
だんだん大きくなってくる! 金色が日の光を反射してとても綺麗。
でかい!
「ちょっ! こっち! みんな伏せろー!」
言われるまでもなく地面にダイブするベンドとゴラオンの蛮族達。
巻き起こった風が髪の毛を引っ張る。金色の円盤がすれすれを飛んだ。鼻の奥が刺激されるすえた臭い。煙だ!
地面に腹を擦りつけ、土煙を上げながら滑っていく。城の前なので整地されていたのが幸いか?
いやいやいや!
「城に突っ込むぞ!」
金色の円盤は空堀をバウンドして飛び越し、石造りの城壁に頭から突っ込んでいく。円盤だけど、先っぽが尖ってるので完全な円盤じゃない。あと、短い尻尾も付いている。そんなのどうでもいい! 今は身の安全だ!
ベンドの予想通り、金色の円盤は城壁に突っ込んだ。円盤は金属でできているのだろう、石造りの城壁が壊れた。
とはいうものの、円盤も壊れている。先端部がグチャグチャになっている。
「金がとれるかもしれない! ラッキー!」
円盤に向かって走るベンド。物怖じしない国王だった。
「……兄上の、どんな時も前向きな所が大好きです」
フアンは、溜息をつきつき金の円盤へ向かった。こいつも物怖じせずに。
現場は惨憺たるもの。
城壁はぼっこりと崩れている。城壁内部で、ぐったりしている円盤。石造りの城壁へ突っ込んだにしては破損が少ない。円盤を構成する丸い部分に損傷は見受けられない。潰れているのは前方の尖った部分。
どうやら、そこに人が乗っていたらしい。
らしいと言うのは、潰れた先端部に見慣れぬ服、――ピッタリした長袖と、ピッタリしたズボン――の上下一体になったのを着た人間が5人ばかり。中央で折り重なる様に倒れている。全員、怪我をして赤い血を流していた。
この見慣れぬ人達が――
「美しい……なんて綺麗な人達だ! どこの氏族だ?」
この世から超越した美女達がそこに眠っている。
色の程度はあれ、全員金髪。細面の顔。絵に描いた様な、或いは芸術家が作った美術品。
この殺伐とした世界にも芸術家はいる。大抵建築家と兼ねているが。
……大した戦力を持ってないミルケル氏族。彼らは城を作ったり飾ったりするのに重宝するので、滅ぼすのをやめた。
「珍しいのは利用できる……かも知れない。助けるぞ」
「華奢ですね。綺麗でも華奢すぎます。ほんとに人間ですか? 人形じゃないッスか?」
非力なフアン(世紀末の天狼拳の使い手タイプでもこの星では非力分類)でも、軽々と抱きかかえられる。暖かみと柔らかみを感じるから、人形じゃない。
あと、耳の先端部が丸まってない。むしろ尖って見える。
折り重なっていた5人を運んだら――、
その下から本命が姿を見せた。
「美しい……」
思わず見とれるベンドである。それほど美しい美女が、一番下に倒れていた。
日の光を反射して輝く金の長い髪。他の5人よりずば抜けた美女だ。
そして透き通るほど白い肌。長い睫。細い肩幅。何よりとっても良い匂いがする。
体の曲線を浮き立たせる薄紫の薄い服。上等な鞣し革製であろうか?
あの5人は、この娘を守るために折り重なっていたのだろう。だとすると、この娘は身分の高い者。領主の血に近しい者。
ベンドは眉をひそめた。
「姫か?」
だったらめんどくさいぞ!
「う、ううん」
娘の目が開いた。長い睫に彩られたその瞳の色は碧。この世のどんな宝石より綺麗な碧だ!
「生きている」
なぜかベンドはホッとした。
「怪我もなさそうだ。館へ運ぶぞ! フアンはあの変な乗り物を隠しておけ!」
「また面倒な仕事を押しつける!」
文句をタレながらも、フアンは人を使い、円盤を隠す作業を開始した。
5人の美女達は、それぞれ怪我をしていた。
切り傷、骨折、脱臼。大した怪我じゃない。ベンド達だったら、翌朝には動き回れる。
骨折なら自力で添え木を当てられるし、脱臼程度なら自分で入れられる。
だけど、彼女らは動けないでいる。
意識を取り戻した姫が、ベンドの腕にすがりついて何か言ってる。その声色は、ミルケル氏族が奏でる音楽より心が安まる。ずっと聞いていたいところだ。
どうやら姫様は5人の手当をせがんでいるらしい。
仕方ないので手当てを指示した。
姫に涙を流しながら感謝された。
「あれだ。……姫様の涙は卑怯だ」
ベンド、初めて敗北を知る。
「だが悪くない」
さしあたっての問題は、言葉の壁。
ガイア大陸に住まう人間が操る言葉は、大きく分けても分けなくても1種類。地方により単語が違っていたり、訛りがあったりするだけで、半日も会話すれば大体わかる。
……南端のサッツマー地方と、北端のツーガルハイは別格だとして。
ところが、姫様の言葉がわからない。発音もイントネーションもベンドが使う言葉と違う。根本的に違う。
全くもって意思の疎通ができない。
たった一つの言葉を除いて。
ベンドは自分の胸をさしてこう言った
「俺の名は『ベンド』。ベンド・ゴラオン」
次に姫の胸を指し、もう一方の手でハイどうぞとばかりに手を開く。
意を察した姫は、自分の胸を指さす。
「リンナメンナ。リンナメンナ・エルフ」
リンナメンナ、それが彼女の名か。エルフというのが氏族名だな。エルフ氏族のリンナメンナ。
ふむふむと頷くベンドである。
「そうか、リンナメンナか。変わってるけど良い名だ」
名前が分かるのと分からないのでは、親密度が違う。これより二人は親密さをより増すことができる様になった。
美女と超魔獣の組み合わせ。ゴラオン城の汗臭い男共は酒のつまみとして利用した模様。
翌日も、リンナメンナ達は城に滞在している。
どこに住んでいるのか分からないので送りようがない。仲間が迎えに来る様子もない。薄情な仲間だ。
リンナメンナに城を案内したり、円盤の現状を見せたりして過ごした。
ちなみに円盤は木や石や網で覆い隠してある。一見、廃材の捨て場にしか見えない。
壊れた城壁は突貫工事が進められている。
流行病で使える人が不足している。難儀なことだ。
リンナメンナの仲間達の怪我は良くならない。ベッドから起き上がれないでいる。
虚弱体質かと言いたい。
リンナメンナも、体を重そうにしている。骨や筋が固まってないのだろうか?
でも、いつも背筋をピンと伸ばしている。
立ち振る舞いが優雅。洗練された所作。
「どうにもこうにも、俺たちとは違う世界の住人に思えて仕方ない。俺たちの世界より上の世界からやってきたのかもな」
ガイアに宗教らしい宗教はない。神の概念も乏しい。
一応、世界観はもっている。自分たちの生きる世界は下から2つめ。上には幾つかの世界があって、上に行くほど上等な世界である。
勇敢に戦って死んだ者は一番上の世界にいける。仲間を殺した敵は一番下の世界に落ちる。それだけだった。
この程度の世界観である。
リンナメンナ達は、一つ上の世界、いや、二つか三つくらい上の世界からやってきたと、ベンド達は見立てている。日本で言う所の天女に相当する。さしずめリンナメンナは、かぐや姫といったところか。
その仕草は優雅。ゲス供を撥ね除ける凛とした態度。美しい見目かたち。戦に向かない体型。
それらが、ゴラオン家に集う蛮族が共通してもった認識だ。
だいいち、リンアメンナ達は、空から降ってきたではないか!
あの金色の円盤が、この世界と上の世界を行き来するための乗り物だ。そう結論づけた。
上のお方なら、この並外れた美しさも理解できる。
後日、ミルケル氏族一番の腕をもつ画家と彫刻家にリンナメンナを会わせた時の話だ。画家と彫刻家は、揃って稲妻に撃たれた様に硬直した後、勘弁してくださいと五体投地し、許しを請うた。
「あら、でしたら貴いお方々ではありませんか!? これは大変!」
ベンドに妻はいないが愛妾はいる。
名をビアンという気さくな女だ。
この世界なりに綺麗な女である。
……肩幅はリンナメンナの倍はあるが。胸も倍あるから、バランスはとれているかと考えていたら、不審者を見る様な目で睨まれた。女の勘は高性能だ。
「こほん! 確かに! 上の世界のお方々だと……こりゃ大変だ!」
今更であるが、ベンドは慌てた。
さもありなん。優雅さ、尊厳、美しさ、納得できた。
同時に、リンナメンナに対し不思議な感情を持っていた。それが、犯しがたい憧れであると気づいた。……本当は別方向の原始的なアレなのだが、ベンドは全く気づく様子がない。もののあはれでございます。
「ベンド兄上、もっと大変なことが。流行病が天上人様に感染ったりしませんか?」
「はっ!?」
フアンはいつも良く気が回る。他では得がたい義弟だ。
ベンドは焦った。一昨年、4倍の敵に3方から挟撃された時以上に焦った。
天上人に……というよりは、リンナメンナが死病を患ったかも知れないという事に、大いに焦った。
あの剛力と無限の体力を誇った人外のボッシュですら病の床に伏せっているのだ。
華奢なリンナメンナが死病を患わないはずがない。
ベンドの悶々とした日は、5日で終わりを告げた。




