*.襲撃
エルフの里謁見の間において。
女王リンナメンナを中央にしてその左右にズラリと並ぶ評議会委員達。
リンアメンナの顔色が悪い。
ベンドは女王を前に、最近憶えた片膝立ちの礼をとった。
「なにか、お困りごとでもございましたか?」
代表して、ゲルダゲルマ宰相が口を開く。
「ベンド陛下。話がある。嫌な話だ」
なにが起こった? ベンドは僅かに腰を落とし膝から力を抜き。身構えた。
「エルフの里がドワーフの偵察隊に見つかってしまいました」
ドワーフ? なんだっけ? ドワーフ……?
「あぁ!」
ベンドは思い出した。エルフを狩る者の存在を。
さらにゲルダゲルマは話を続ける。
「ミュイ=ファン=ガランの全情報遮蔽化・システムは、千年の経時により機能を劣化させ、その機能を十全に発揮できていません。もはや逃げることも隠れることもできぬのです」
「インビジ?」
聞き慣れない言葉にベンドが戸惑う。いや、前に聞いたか?
「全情報……えー、透明になる技術です。エルフの里に史上初めて搭載された装置で、こればかりはドワーフも情報を掴んでいません」
唯一、アドバンテージを持つ機材まで寿命を迎えた。これまでずいぶんと頼りにしてきた機械なのであろう。
評議会の方々も暗い目をしている。
「我等エルフは、完全に戦いを捨てたわけではございません。無人自立型ですが、武装護衛艦をもっています。ですが、千隻有った護衛艦も、ベンド陛下に供与した分を合わせ、50隻と大型指揮艦を数隻残し、残りは全て沈められてしまいました。このようにドワーフの戦力はあまりにも強大。とうてい太刀打ちできません。足掻いて死ぬか、足掻かずに死ぬか、エルフに残されたのは、その二択だけなのですよ」
「ですがベンド様、ご安心を」
そこから先はリンナメンナが引き継いだ。
緊張で顔がこわばってるのが見て取れる。
「ドワーフが狙うのはわたし達エルフのみ。ベンド様方に被害は及ばないはず。早く地上へお戻りなさい。そして、わたし達が成し得なかった平和な世界を作り上げてください」
リンナメンナは無理に笑顔を作ろうとするが、うまくできなかった。目が潤んでいる。
ゲルダゲルマ宰相も、評議会メンバーのエルフ達も、覚悟はすんでいるようだ。
「まだ戦う術があるのに、なぜ戦おうとしないのですか?」
それはベンドの素朴な疑問だった。
自分たちが拝領した護衛戦艦が50隻も残ってるのに。
「その程度の戦力では、ドワーフに勝てないからです!」
珍しくゲルダゲルマが声を荒げた。
「私達は、何度もドワーフと戦った! たった一隻の空母に、千隻の護衛艦が50隻にまで削られたのですよ!」
この人達も戦ったことがあったのか?
ベンドはそっちに驚いていた。顔には出さないが。
「我等が掴んでいるドワーフの戦い方、及び戦力をお伝え致しましょう」
ゲルダゲルマは言葉を選びながら、説明を始める。
話が長くなりそうなので、ベンドは礼の姿勢を止めて立ち上がった。
「ドワーフの戦術には一定の法則があります。勝ちパターンと申しましょうか」
ゲルダゲルマ宰相が手元で何やら操作すると、何もない中空に絵が現れた。
「これがドワーフの主戦力、無人宇宙戦闘機……空飛ぶ攻撃機です。無人機ですから、信じられない機動をします。撃墜率は大変低い」
宇宙戦闘機。それは、まるで細身になった酒樽にX状の太い羽を生やした姿。
「彼らは無数の戦闘機で波状攻撃を仕掛け、じわじわと、そして確実にこちらの力を奪っていくのです。守る方にも対処兵器が備わっておりますが、対処兵器の数を上回る大量の数による飽和攻撃は防げません」
「それは勝てないな!」
顎を撫で、眉をしかめるベンド。だが、楽しそうだ。戦の話だからだろう。
「次にドワーフの宇宙空母。先の戦闘機を収納し、戦場まで運ぶ大型の宇宙船です」
絵が切り替わった。
こういう虫がいたな!
大きな一対の顎をもつ黒っぽい羽虫だ。カゲロウの様な巨大な羽を後方へ流している姿。
「千メットル越えの大型艦です。通常単艦で行動します。ドワーフは、ここから無人戦闘機に指示を出してるのです。構造的に装甲を厚くすることができません。それが弱点といえば弱点です。……が、無数の戦闘機郡をくぐり抜け、空母に辿り着くことなど不可能です。」
「こっちはせいぜい100メットル級なのにな。うーむ! 強そうだ。……でも、こいつが急所で間違いないな!」
こちらの数が少ない以上、ドワーフ空母直接攻撃の一点張りしか手はなかろう。幸い、一隻で行動する癖がある様だし。
考え込むベンド。目がキラキラしている。
「敵はいつやってくる?」
「詳しい話は端折りますが、これまでの経験からガイア時間で3日といったところでしょう」
時間が無い。
「敵の来襲を察知する方法は?」
「超空間航法の波動を検出します」
「チョウクウカンコウホウ?」
聞いたことの無い単語が出てきた。
「光の速度を……いや、解らないでしょうね。通常空間と……これでも駄目だ。ちょっと待てください。えーっと――」
ゲルダゲルマは手を額に当て考え込んだ。ベンドを見下すつもりは全くないが、基礎学力の無い蛮族に超空間理論を説明して、理解してくれるとは思えない。
なんとかして概要だけでも理解させるには……、
「ここは一つ、例え話を。まず、遠く離れた距離を移動する方法が、超空間航法なのだと思ってください」
地上の出来事で、うんと身近な例え話が良いだろう。
「普通の移動とは『歩き』です。でもそれだと日暮れまでに目的地へ到着できません。ベンド様ならどうしますか?」
「走る」
「そうですね。走ります。イメージとして、『歩く』は必ず地面にどちらかの足の裏が付いていますね? 一方、速く進むための『走る』は両足が地面から離れる瞬間があります」
ベンドは頭の中で走っている様子を思い浮かべる。確かに、両足が離れる。走るとは短く飛ぶ事でもある。
「歩く動作より強い力が必要ですが、ジャンプすることで距離と時間が縮まります。超空間航法は『ジャンプ』する移動方法なのです。『ジャンプ』するには地面を蹴ります。その蹴った振動や音を感知するのです」
そういや、足跡や走る音を拾うのに長けたフェリス氏族に苦戦したっけな?
今は関係無いか?
「ジャンプ航法……ですか?」
「そうそれです! まさしくジャンプ航法! 言い得て妙です!」
何となく理解できた。
「ならばジャンプ航法を用いて、戦闘機とやらを飛び越え、一気にドワーフの母船に攻撃を加えれば良いのでは?」
誰もが一度は考える短距離ワープ戦法である。
「残念ながら、恒星圏内のジャンプと短い距離のジャンプ。この2種類のジャンプはできないのです。……できないことはありませんが、大変危険です」
恒星系の意味はベンドも知っている。惑星間航行の経験がある。……戦艦貰ってから、あちらこちらへ訓練という名の観光に行っていた。
「恒星風や障害物や空間、重力……うーん、これも例えるとですね――」
何か良い例はないか?
あった!
「例えば、小枝や棘の葉っぱ、毒の棘を持った草木が生えている森を抜けねばならないとします」
「グリオの森だな。あそこのヒルはやっかいだ」
あったんだ、そんな森。
「そのグリオの森を薄着で、しかも裸足で通り抜けなければなりません。『歩く』ですと、気をつけながら怪我をせずに抜けることもできるでしょう。ですが、『走る』ですと、その速度故に、いろんな物に引っかかって服が破れ、怪我をします。足の裏だって傷つくでしょう」
「確かに!」
「恒星系内ジャンプは、そのような危険があるのです。――これだと近距離ジャンプは説明できませんが同じだと無理矢理理解してください――。たいてい表層に出ている機器に障害が発生します。武器や推進機が高い確率で……十中八九壊れて使えなくなります」
通常の超空間航法でも同様の危険性が僅かばかりある。対処法として、表層よりの出っ張りをなるべく少なくしている。固定砲が多く採用されているのもその為だ。
「ボロボロになった武器防具で、敵の前へ飛び出す様なモノですか? それは悪手ですな!」
「でしょう? 過去何度もその戦法は考案され、試されもしたのですが、結果は予想通りでした」
ジャンプ戦法は素手で戦に挑むと同義語。
ここまで詳しくかみ砕いて説明を受ければ、学の無いベンドとて圧倒的な戦力差を理解した。
エルフの里は動くことがままならない。隠れることも難しい。残された戦力は少ない。
50人で1,000人に向かうとか、蹂躙してくれと言ってる様なもの。
ベンドでも撤退を命じる。それだけの戦力差がドワーフとエルフの間にある。
「おわかり頂けたでしょうか、ベンド陛下?」
リンナメンナはベンドの目をじっと見つめていた。
ベンドは、やはり頭の悪い蛮族だった。いまいち、理解の色が見えてこない。
――それもいいでしょう――
「あなたの様な、豪快な生き方を見ていて楽しゅうございました。さあ、もうお下がりなさい」
リンナメンナは、いつもの様に明るく笑った。
そして――
女王の頬に、涙が一筋。
「リンナメンナ女王陛下!」
ベンドは、改めて膝を折り頭を垂れた。
「話が難しすぎてよく解りません!」
「……え?」
これだけかみ砕いて説明しても?
「頭の悪い我等にはもっと簡単な言葉を頂きたい!」
「ですから――」
「我らにご命令を。我が剣となり、敵を討て。と」
そして上げた顔は、――優しい笑みが浮かんでいた。




