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「理性を魅了……いえ、感情の蓋や思い込みによる壁を魅了するとでもいうのかしらね」
他人事で聞いていた研究員達の話はなんとなく理解できた。
でも彼の場合は?
「無意識の抑圧だから本人も気がついていないこともあるのよ。他人から見たらヒモ状態の彼氏に別れを告げるなんて普通のことでも、本人からしたら彼は私がいないとダメだとか、同棲までしてるのに今更別れてもって強く言い聞かせて思い込んでいたりするの。残業しないで研究し続けるのも我慢しすぎて、残業したいなんて言うことが単なる我儘で絶対悪って思っちゃうみたいにね」
ぐるぐると考える中でナディア様の淡々とした声が聞こえる。
「スチュアート殿下が王太子になりたいってルルに吹聴していると聞いて最初は驚いたけど、仮説を聞いて納得したわ」
兄からの話だが、王太子である第1王子、エリアス殿下は非常に優秀らしい。すでに隣国の姫と婚約しており2年後には結婚予定。ちなみに彼が爬虫類・両生類好きという話は聞こえてこない。アシェル殿下が大っぴらにしすぎなのかもしれないが。
「私は元々スチュアート殿下に疎まれていたからあんな事を言われたことはないけど、好きな子の前では見栄を張りたいのね」
好きな子というワードに衝撃が走る。
頭がうまく働かない。いや、考えるのを拒否しているかのようだ。自分の鼓動の音がやけに大きく聞こえる。
あのブレスレットが仮説通りなのだとしたら…
私は彼になんとも思われないどころか疎まれていた? 不満に思われていた? だから彼はルルと一緒にいるようになってしまった?
いや、そんな事は当たり前だ。彼にとって私は、大して美人でもなく取り柄のない、ただの家同士の繋がりのための政略結婚相手なのだ。
「公務や生徒会の仕事を他に押し付けてルルと一緒にいたのも、厳しい幼少期の教育の反動よね。立派な王族の一員でいなければいけないって。王太子殿下が優秀だから少し同年代より優れているだけでは褒められないもの」
独り言のようにナディア様は言葉を紡ぐ。
婚約者の彼も似たようなものかもしれない。
「でも……ナディア様を疎ましく思うなんて……何故……」
「そこはタイプも絡んでくるんじゃないかしら。ルルは可愛かったし、私たちから見たら媚びていても、男性の中には褒められた・認められたって嬉しい方もいらっしゃるでしょう」
あくまでナディア様の表現は穏やかだ。
「アシェル殿下やブロワ様はなぜ……」
そう言いながら気付く。
ルルが長めの休憩時間になる度にアシェル殿下のクラスに行っている期間があった。
アシェル殿下は全く相手にしていなかったが、その後はいつも授業をサボって学園の池に入り、真剣な表情でカエルやイモリを探していた。
ゼイン・ブロワ様は同じく、ルルが押しかけて来た後は授業をサボり騎士の訓練場に入り浸って剣の稽古をしていたそうだ。
お二方ともストレス発散かと思っていたが、授業をサボることはない方々だったので、あれも呪いの影響だったようだ。
「アシェル殿下とブロワ様は好きなことに邁進する方々ね。ブルックリン様の婚約者はただ単に隙があったのかもしれないわ。ルルに出会った頃は2人ともつまらないことで喧嘩していた様よ」
誰もが意志に関係なくかかってしまう呪いなら良かったのに……そうしたら全て呪いのせいに出来たのに……
彼から愛されているなんておめでたい事を思ったことはない。でも、婚約者として尊重してくれていると思っていた。
彼はルルみたいな人がタイプだったのか。
あんなに熱烈に愛を囁く様な人だったのか。
あんなに優しく笑う人だったのか。
「あなたはこれからどうしたいの?」
「え……」
膝の上で力を入れて握り込んでいた指をナディア様からの問いでハッと解く。
「あなたはこれからどうしたいの? 自分に不服があるかもしれない婚約者と共に生きていく覚悟があるのか……それともないのか」
「それは……」
そんな事考えたこともない。彼との婚約は解消されていないのだから。私に選択肢などないのだから。
「ルルの起こした一連の騒動は、もう起きてしまって取り返しがつかないわ。今から大事なのはあなたの気持ち」
「私の……気持ち……」
「私はスチュアート殿下と共に生きる未来はもう描けなかった。たまたまルルの騒動がきっかけだったけど、随分前からその未来は描けなかったわ。あんな事があってもあなたが彼のことを好きならそれはそれでいいと思うし、分からないなら他の方と比べてみればいいのよ」