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最後に見えたのは彼の見開かれた目だったのか、それとも敷かれたカーペットの柄だったのか。
「ん……」
薄く目を開けると明かりのついた見慣れた自分の部屋が見える。
「エリーゼ、気が付いたみたいだね」
「お兄様?」
今度は視界に私と同じプラチナブロンドの髪がうつりこむ。
「あぁ、動かないで。メリーが間に合って支えたからいいけど、安静にしとくに越したことはないから」
「水も飲みたいし、そろそろ起き上がりたいです」
「やれやれ、仕方ないな」
「クリストファー様、どうぞ」
いつの間にか側に来たメリーが兄に水のコップを渡すと、私の上体を起こすのを手伝ってくれる。
「1人で飲める?」
「はい」
コップを受け取る時、赤くなった自分の手首が見えた。彼に掴まれた跡だ。思わず眉を顰める。
「そういえばお兄様、今日は仕事で帰られないとお聞きしていましたが」
「エリーゼが倒れたって知らせが来たから飛んで帰ってきたよ。どうせつまらない会議を夜通しするだけだからね。父上が出席すれば表立って文句は言われないさ」
「それは……ごめんなさい」
「どうせ第3王子の処罰を決める会議なんだから。王位継承権はどうなるのかなー、最下位まで落とされるか、剥奪かで揉めてたけど。どちらにしても婿入り先を決めないといけないし、どの貴族も婿入りは嫌がってるし大変だ。ま、自業自得だけど」
兄は結構重要な話をまるで今日の晩餐の内容のように軽々と喋る。
「それよりアイツと会って倒れたんだって? 診せた医者は疲労が溜まってるとか胃の調子とか、ストレスとかいろいろ言ってたが、気分はどうだ?」
「今は大丈夫です。あの時は急に胃がむかむかしてきて……」
「そうか。6時間ほど眠っていたみたいだ。今は夜中に近い。軽食を運ばせようか?」
「いえ、大丈夫です。でも、温かい飲み物が欲しいです」
私がそう口にすると、兄が指示するより前にメリーが部屋から出て行った。
赤くなった手首を見たくなくて、柔らかな布団の下に手を隠す。
兄は少しの間、私の動きを追っていたが安心させるように微笑んだ。
「エリーゼは何も悪くないんだから。気にするな。とりあえず飲んでゆっくり休むといい。そういえばアイツがこれを置いていったんだが、どうする? 突き返すか? 捨てるか?」
兄が差し出した箱はどう見ても贈り物としてラッピングされたものだった。
箱の大きさからして髪飾りかショールあたりだろう。
彼はこの2週間、私を訪ねてくるたびに贈り物を持ってきた。そのたびに私は会うことを拒絶し、そして贈り物は突き返してきた。
「……返しておいてください……」
「分かった」
兄は満足そうな顔で私の頭を撫で、また朝様子を見に来ると言い残し、箱をひっつかんで出て行った。
入れ違いにメリーがホットミルクを持ってきてくれる。
ルルに夢中になっていた時は贈り物もカードも手紙の1つも寄越さなかったのに、この2週間でほぼ1年分の贈り物を彼は持ってきている。
ルルの側にずっといて私に見向きもしなかったのは呪いの道具のせいと言われても、心は何を今さらと叫んでいる。
私は彼に触られたのが嫌だったのだ。