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「この前はすまなかった。せっかく名前をつけてくれたのに。ゼンにあの後怒られてしまった。ショコラは変わりなく元気だ」
完全に油断していた放課後の図書室で声をかけられた。
本のページをめくる音と書き物をする音のみの静かな図書室の空間に大きくはないが通る声が響く。
彼から手紙の返事が数日たってから届いた。彼の屋敷で会うのは2週間後の休日になっている。ぼんやりそのことについて考えていたので、人が近づいてきたのに気が付いていなかった。
学年が違うアシェル殿下と学園でばったり会うことなど1%も考えていなかったため、そして声をかけられるなんて一度も考えたことがなかったため、急に話しかけられて衝撃のあまり私は口をぱくぱくさせたまま動けなかった。
フリーズが解けたのは風のように素早くアシェル殿下を回収しに来たゼイン様が廊下に案内してくれたからだ。
さすがに空き教室でも殿下と二人でいるわけにはいかない。
「そうだ。今度の休みは空いているか?」
「え?」
なんだかデートに誘うような言葉だ。
しかも殿下はやたらキラキラした邪気のない笑顔で聞いてくるから質が悪い。私に婚約者がいるからこういうことはマズイとかそういった常識的なことは、彼の中では些末なことなのだろう。
助けを求めようにも、ゼイン様はアシェル殿下の本の貸し出し手続きにまた図書室に戻っている。
「ショコラの名付け親になってもらったわけだからな。何か礼がしたい」
「いえ、あの……そんな大したことは……」
「どこか行きたいところはないか?」
「え、えっと、あの……」
「それか何か欲しいものがあれば」
「いえ……あの……本当に大したことはしていませんので……お気遣いなく……殿下もお忙しいのですから」
「うーん……兄から女性に贈るなら装飾品にしろと聞いたのだが」
王太子殿下、それは婚約者に贈って下さい……
角が立たないように断っていたらゼイン様が本を3冊抱えて戻ってきて、ご迷惑を……と謝りながら殿下を回収していった。そのうちの一冊の本のタイトルには「ヘビの世界」とちらりと見えた。殿下なら王宮の図書館に入れるし、あちらの方が蔵書も多いのに。「ヘビの世界」は王宮図書館にもない学生向けの本なのかしら。
図書室でアシェル殿下に声をかけられたのを少人数ではあるが他の生徒に見られてしまったので、明日はそのことで噂の的になるだろう。
彼との婚約が続いていることでも陰でヒソヒソ可哀そうだとか浮気されて哀れだと言われているのに、さらに面白がられて拍車がかかりそうだ。思わずため息をつきそうになる。
でも、と思い直して思わず持っていた教科書に顔を埋める。
行きたいところがあるかとか、欲しいものはないか、なんて家族以外の異性から初めて言われた……。
陰口にはうんざりしているはずなのに。
オタマジャクシも好きじゃないのに。
なぜか自分の心臓の打つ音がよく聞こえた。その音を打ち消したくてぎゅっと教科書を握りしめる。
急に話しかけられて驚いただけ。
そう言い聞かせながら殿下とゼイン様の去ったのと逆方向に歩き始めても、心臓の音はまだよく耳に残った。




