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「会いたくないわ」
「お嬢様。そう仰らずに……もう客間にお通ししています」
「体調が悪いの」
まるで駄々っ子のようだと自分で思いながらソファに身を投げ出す。
「それは何度も理由で使われていましたからさすがに無理ですよ」
先ほどの困り切った声とは違う、はっきりとした物言いの声が割って入る。
「メリー……会いたくない理由は分かるでしょ……」
割って入ってきた声の主、私付きの侍女メリーに恨めし気な目を向ける。彼女は私が生まれた時から屋敷に勤めている古参の使用人の1人だ。
「はい。もちろんでございます。一時的に他の女性に現を抜かした婚約者様にお会いしたくないというお嬢様のお気持ちは痛いほどこのメリー、分かっております」
「じゃあ会わなくていいじゃない」
「いいえ、お嬢様。そろそろ現実に目を向けませんと」
「……酷いわ……」
「お嬢様、私だってこのようなことは言いたくありません」
近づいてきたメリーを寝ころんだまま見上げると、彼女の目にはうっすらと涙の膜が張っていた。
「旦那様は……あのようなことがあってもこの婚約を解消されませんでした。お嬢様がここでお会いしないと駄々をこねても状況は変わらないのです」
「分かっているわ……。でも、本当に彼には会いたくないの」
「お嬢様、せめて一発くらい殴っておきませんと」
「殴るって……相手はうちより家格が上なのよ?」
「だから今しかないのでございます。どうせ殊勝な態度をとるのも今だけです。喉元を過ぎればああいう輩はすぐ忘れてまた同じことをするのです。今、あちらが罪悪感を持っている時にこちらが優位に立っておきませんと! 今こそ叩き込むのです! 恐怖を植え付けるのです! 浮気したらどうなるのかを!! 泣き寝入りしたり甘い顔をしているとつけあがりますよ!」
メリーはなぜか熱く語り、胸の前で拳を作って震えている。
最初に呼びに来た私専属ではない侍女も後ろで小さく頷いている。
「ねぇ、メリー。あなたも浮気されたことがあるの?」
「よくぞ聞いてくれました! お嬢様! あの野郎、少し会わなかったらすぐ年下の女にコロッといったんですよ! 私と結婚したいなんてぬかしておいて!」
「それは酷いわ。最低だわ」
「でしょう! お嬢様! しかし、あの時は私も若かったのです……彼を好きなあまり物わかりの良い女を演じてしまい……今思い出しても椅子くらい投げつけておけばよかった!」
「メリーは今でも十分若いし、綺麗だわ。それは男が悪いのよ」
「うぅ、お嬢様! なんてお優しい!」
メリーが勢いよく抱き着いてくる。その後ろではさっきの侍女が涙をエプロンで拭っている。
この2人は中々良いコンビだ。そんなことを考えていると、扉がノックされた。