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「え?」
ズボンの裾を下ろしながら唐突にアシェル殿下が口を開く。暗くてもアシェル殿下の青い瞳は輝いていた。輝いている原因はオタマジャクシだろうが……。
「ナディア嬢は私が飼っているオランジェットやフィナンシェが可哀そうだと言うんだ。私のエゴを満たすために飼っているだけで、狭いカゴの中にいるよりも元のまま自然の中にいた方が彼女たちも幸せだと。でも私は彼女たちを愛している。近くでずっと見ていたいし一緒にいたいし、触りたい。同じ女性として君はどう思う? やはり可哀そうなのか?」
……どこから突っ込んだらいいのか分からない。
ひとまず、アシェル殿下の飼っているヘビやトカゲはメスらしいということが分かった。
私を含めて同じ女性という括りはかなり大きいが……王族は器が大きいからだろうか。
上着を預かっていなければ回れ右して逃げたい。
しかし、彼が真剣に聞いてきているのが表情から読み取れる。これは適当なことを言っては不敬にあたる……と思う。
ふぅと息を吐いて上着を抱える手にぎゅっと力をこめる。
「あの……質問なのですが……オランジェット様やフィナンシェ様のお食事はどうされているのですか?」
「オランジェットは倉庫まで連れて行くとネズミを捕って食べている。フィナンシェにはコオロギやハエを与えている」
「えっと……その……コオロギやハエは殿下が?」
「もちろんだ。私が捕まえてきている。私が餌をとってくるとフィナンシェは側まで寄ってくるんだ。賢いだろう?」
自分の恋人か子供でも自慢するようにアシェル殿下は得意げに笑う。
今度はイケメン王子とトカゲ。イケメン王子とヘビ。
頭が痛い。私の脳は正常に働くことを拒否し始めた。
「私の意見を述べさせていただくなら……彼女たちは可哀そうだとは思いません」
「へぇ、なぜ?」
アシェル殿下は靴を履く手を止めて興味深そうに聞いてくる。
「使用人任せにもできるエサの捕獲を殿下自ら行い、餌も手ずから与えていらっしゃいます。可愛がっていらっしゃる様子が言葉の端々から伝わってきますし……そんな殿下に飼われるのを可哀そうだと私は思いません。その……女性として愛情を感じますから」
バイロン公爵邸に着いてから一番長く喋った。緊張で喉がカラカラだ。
殿下の飼っているヘビやトカゲより自分は下のような気がした。
なぜなら殿下の彼女たちに向ける愛情が、ザカリー様が私に向けていたものよりも遥かに深い気がしたからだ。
よぎった思いに思わず笑えてしまう。
「そんなに愛情を向けられる存在であるなら、同じ女性として羨ましいですわ」
ただただ、私は羨ましい。
早々に婚約をなかったことにしたナディア様も羨ましい。父親が権力を使って嫌な婚約を潰してくれるなんて、父親にとても愛されているようで。
ルルのことだってずっと羨ましかった。私もお世辞でいいから今日みたいに綺麗だとか可愛いとか少しでも彼から言葉が欲しかった。
そして挙句にトカゲやヘビに羨ましいと感じてしまった。
感じてしまったら、気づいてしまったら、もう可笑しかった。
愛されたかっただけなんて、私はどこまでつまらない人間なんだろう。
「上着をくれるか?」
こみあげてくる乾いた笑いと黒い感情を堪えて、殿下に上着を渡そうと近づく。
私はあまり近づきたくないのだが、殿下は上着を受け取るために手を思いっきり伸ばしてくれなかった。
うやうやしく差し出した上着に殿下の手が触れたので力を抜くと、強引に腕を引っ張られた。
「なっ……」
殿下の仕立ての良い上着と一緒に私の腕が掴まれている。
その力の強さと先ほどまで池の水に触れていた冷たさに震えた。
だから、殿下の指が私の仮面にかかったのに気付くのが遅れた。
「へぇ、君だったのか。エリーゼ・ハウスブルク」
仮面が額までずらされて急に視界が開ける。正確に自分の名前を呼ばれてまた体が震えた。




