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「誰でもいい。これを持っていてくれ」
丁度茂みの影になっていたところに男性の背中が見えた。黒がメインの服装なので余計に見えづらかった。
「おい、早くしろ」
「は……はい……」
こちらに一瞥もくれないまま命令口調で言われ、びくつきながら側に寄る。
男性は素早く上着を脱いで放り投げてきた。震える手でなんとか上着を捕まえている間に、男性はズボンの裾をまくり上げて池にバシャバシャと入っていく。
池に大切なものでも落としたんだろうか。
彼は池の中で立ち止まり、水面に顔を近づけ真剣に何かを探している。
後ろ姿なので誰かは分からないが、仮面をつけていないようだ。しかし、放り投げられた上着は夜会用のものだし、金糸で施された刺繍や生地から見て高級品だ。
上着を仕方なく抱えて様子を見ていると、彼が動いた。両手で何かをすくいあげている。
「おい!」
「はっ、はい!」
急に呼びかけられて声が裏返る。
「上着のポケットに袋が入っている。それを出してくれ。左のポケットだ」
「は、はい……」
急いで左のポケットに手を突っ込むと袋がでてきた。
「持ってきてくれ」
「は、はいぃ……」
彼は中腰で何かをすくいあげたまま私に指示する。幸い池に入らなくても手が届く距離なので言われるままに近づいた。
「袋を広げてくれ」
予想より小さい袋を広げると、男性はゆっくりとこちらに体を向けて両手ですくった何かを池の水と共に流し込んだ。
「よし! 助かった! ありがとう!」
袋を私の手から奪い取ると彼はやっと顔を上げた。
「あ……アシェル殿下……」
弾けるような笑顔を私に向けたのは、やんごとなき地位の男性だった。
私は思わず彼の名前を口にしたが、彼は全く聞いていないのか鼻歌を歌いながら袋の口をしばる。
「ん? あぁ、君も見たいか? オタマジャクシだ。可愛いだろう?」
呆然と突っ立っている私に何を勘違いしたのか、殿下は袋を開けて見せてきた。
中では黒いものが泳いでいる。カエルだったら悲鳴をあげるところだった。
自慢げに見せた後、まるでガラス細工でも扱うように丁寧に袋を置き、アシェル殿下は足をあげてタオルで拭き始める。
仮面舞踏会に来てまでオタマジャクシを捕まえている第2王子。しかも他家の池に入り込んでいいのだろうか。
「ん? まだ何か? ああ、私の上着を持ってもらったままだったな。拭き終わるまでもう少し待ってくれ」
王族と気軽に話すという事態に陥ったことが無いので、呆然としながら無言でアシェル殿下を待つ。遠くからショーの歓声が小さく聞こえる。
何か間をもたせるために喋った方が良いのかもしれないが、混乱と緊張で何も話題を思いつかない。
彼はオタマジャクシと池を無視すれば、絵本から出てきた王子様、小さい女の子が描く王子様のイメージそのままなのだ。実際、王子だけれども。
繰り返すが、池に入って行った姿を記憶から消去すれば、どこか近寄りがたい気品も漂う。
一言で表すとイケメン王子とオタマジャクシ。アシェル殿下がカエルやらトカゲやらが好きなのは情報として知っていたが、実際目の当たりにすると私の脳内で処理が追いつかない。
「君もナディア嬢のように可哀そうだと思うか?」
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