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第53話 出発!

 空は朝から晴れ渡り、出立日和だ。

 王都から先は、ミキナリーノたちとは別のルートになる。裕たちは南東に、ミキナリーノたちは北東に向かって行く。


「夏になる前にはセルコミアに一度戻る。例の件は夏ごろを考えておいてくれ。」

「承知しました。それでは、みなさんお元気で。」

「ヨシノゥユーも元気でね!」


 お互い笑顔で手を振り、別れの挨拶を済ませると気持ちを切り替えて前へと向かって行く。



 仕入れと販売を繰り返しながら幾つかの町をまわり、アライへと戻って来たのは出発から一ヶ月半後のことだった。


 商品を満載した馬車は、裕の重力遮断によって半ば宙に浮きながら馬に曳かれて軽快に進む。


「お、町が見えてきたぞ。」


 先頭を歩くホリタカサが安堵したように声を上げる。商人たちもホッと気が緩んでいる中で裕はエレアーネに注意する。


「ごらんなさい。この状態のところを襲われるのが一番危険なのです。こんなところに賊はいないでしょうが、獣はそうとは限りません。」


 油断しきっている商人たちの顔を見てエレアーネは気を引き締め直す。そうはいっても、結局何も起こらないのだが。



 久しぶりのアライの門番に、紋の増えた組合員証を示して身分確認を済ませると隊商は解散し、護衛たちの任務は完了である。


 それぞれ自宅に荷物を置くと、商業組合・ハンター組合へと向かう。商人にもハンターにも事務手続きというものがあるのだ。


「六級のエレアーネです。隊商の護衛任務が終わりました。」


 アサトクナが横でやっているのを真似しただけだ。見本があればエレアーネだってそれくらいはできる。だが、それを聞いて騒ぎ出した者がいた。


「エレアーネだって?」


 振り向くと、そこには見知った顔の男の子三人組がいた。昨年の秋ごろに街中で武器を振り回していたのを紅蓮に連行されていったはずだが、まだ生きていたのか。


「みんな、無事だったんだね!」


 エレアーネは笑顔を見せるが、男の子たちの反応は微妙だ。


「え? エレアーネ、なのか?」

「誰だよお前?」


 男の子たちが戸惑うのも当然だろう。エレアーネの外見は半年前とは大きく変わっている。


 橙がかった金髪はきちんと切り揃えた上で束ねられ、春の旅装はこざっぱりとまとまっている。

 どこからどう見ても、町人の娘だろう。そこらの浮浪児とは身なりが違う。


「ま、まだあんな奴らと一緒にやっているのか?」

「また俺たちといっしょに……」


 恨みがましい目を向けながら言うも、すぐ横にアサトクナがいるのを見つけて黙り込んでしまう。


「やめとけ。エレアーネは五級で通用する。お前らとはレベルが違いすぎる。」


 アサトクナは怒るというよりは憐れむように言う。裕にあっさり体術で負けていた彼らでは、三人がかり今のエレアーネ一人に勝てない可能性が高い。


 単純な火力という面では、エレアーネは裕を上回っているのだ。近接主体の相手なら力押しの魔法攻撃だけで勝てる。


「お前らも、良い生活をしたかったら、くだらん意地など捨てることだな。」


「あのー、エレアーネさん、報酬確認お願いしますー。」


 空気を読まず、職員がエレアーネを呼ぶ。一ヶ月半にもおよぶ隊商の護衛の報酬は、一人当たり金貨一枚を超える。『紅蓮』より安いとはいえ、エレアーネの受け取る報酬額は金貨一枚に銀貨七枚。それを数えて財布にしまい、木札にサインをすれば事務手続きも完了だ。


 笑顔で金貨を受け取るエレアーネに対し、信じられないものを見るような目を向けるも、男の子たちは結局何も言うことなどできない。


 ハンター組合から出ていくエレアーネを黙って見ているだけだった。


「さっき言いかけたことだが、お前ら浮浪児上りは、どこかしら見どころのある奴ばかりだとヨシノは言っていた。悔しかったら必死で力をつけることだ。自分の価値を示して教えを乞え。」


 アサトクナもそれだけ言うと、ハンター組合を後にする。

 残された男の子たちは、呆然と立ち尽くす。別人かと見紛うほどに変わってしまった昔の仲間(エレアーネ)に、上位のハンターからの言葉。

 ただただ混乱するばかりだった。




 塩の販売も順調に進み、裕は商人としての立場を作り上げていく。

 そして、季節は進み、春は終わりを告げるころに、裕は再び旅に出る。


 別の隊商に誘われたのだが、残念ながら、そちらはお断りするしかない。エウノ王国の王都方面に用は無いのだ。目指すはササブレン王国、ファルノイス領、セルコミア。


「さて、行きますか。」

「うん。」


 毛布などの野営用道具を背負い、裕とエレアーネは町の南門を出ると、一気に南西へと畑の畦道を駆け抜ける。

 さらに森の上を突き進み、山に当たったところで西へと折れる。斜面にそって山沿いに進み、山脈が北へと向かい始めるところで、手近な山の頂上を目指す。


「化物はどっちにいるの?」


 山頂で昼休憩にして弁当を食べながらエレアーネが確認する。裕が為す術無く逃げるしかなかった、しかもそれでも死ぬ寸前まで追い込まれたなどと聞けば、エレアーネだって警戒しないわけがない。


「ここからだと分からないですね。とりあえず、南側にはあまり行きたくありません。あんな宇宙戦艦相手にまたで会ったら、次は逃げ切れるかもわかりませんからね。」

「でも、私もいるし……」

「ダメです。無理です。たとえば、そこの岩を吹き飛ばすような相手に何かできると思いますか?」


 裕は巨大な岩を指して言う。


「え? これ?」


 自分の身長の数倍はある巨岩と裕を見比べながら、エレアーネは引きつった笑みを浮かべる。


「それくらい、一撃で粉砕してきますよ。攻撃を避けたって、その岩の欠片が当たっただけで大怪我するじゃないですか。」


 裕の言い分に、エレアーネは言葉を失くす。

 べつにこれは大袈裟なことではない。裕は荷電粒子(ビーム)砲の直撃など受けてはいない。それでも実際に死にかけたのだ。

 だが、衝撃波や荷電粒子(ビーム)砲などと言ったところで理解はできないだろう。なんとか化物の脅威を説明するには、破壊力をできるだけ具体的に言うしかない。


「だから、できるだけ近づかないようにします。オークやオーガなら何とでもなりますが、あの化物だけは絶対に無理です。」


 エレアーネはこくこくと頷き、素直に従うことにする。

 食事を終えると、二人は山を西に駆け下りて行く。重力遮断を使えば滑落の危険がないというのはとても楽ちんだ。数キロの斜面を駆け下りて、また数キロの斜面を駆け上がっていく。


 幾つかの山を越えて進んでいくと、西日に照らされた平野が眼下に広がる。

 森が、畑が折り重なるように広がり、その間を川が流れ、遠くに町が霞んでいる。


「おおおお⁉」


 山の上からの景色なんて見たこともないのだろう。エレアーネが感嘆の声を上げる。裕もその光景に思わず目を細める。


「ずっと見ていたい気もしますが、私はベッドで寝たいのです。あの町には宿くらいあるでしょうかね。」


 裕が一番手前に見える町を指すと、エレアーネも頷く。彼女も、もう何カ月も野宿はしていない。


 二人は一気に山を駆け下りていった。

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