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第20話 急遽、肉祭り!

 ハンター組合の裏手で、揉め事が起きていた。

 紅蓮たちが持ち込んだ巨大なイノシシが原因だ。


「こんなのどうすりゃ良いんだよ!」

「ちょっとデカイけどイノシシじゃねえか。解体すりゃあ良いだろうが。それがお前さんの仕事だろう?」

「どこがちょっとだよ! こんなバカデカイもの解体できるか!」


 アフリカ象よりも巨大なイノシシをバンバンと叩き、興奮して声を荒らげる。


「仕方がないですねえ。広場で解体しながら売っていきましょうか。」


 裕がイノシシを浮かせると、紅蓮の五人がかりで押して運んでいく。


「はい、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! このイノシシの牙、立派な牙が欲しい人はいませんか? 今なら一本銀貨五十四枚だよ!」


 裕は声を張り上げる。

 いや、大声を出さなくても注目の的なのだが。


 裕が指すイノシシの顎から飛び出た牙は、長さは一メートルほど、太さは根元で十センチ以上もある。


「そんなの要らねえよ! 肉なら買うぜ!」

「待てよ、そいつの肉は美味いのか?」


 どうにも牙は人気が無い。基本的に露天商は庶民の買い物の場だから、象牙的な物を買い求める客はいないのだろう。


「仕方がないですね。」


 裕は顎の下に潜り込むと、「ぬうおりゃあ!」と渾身の力で持ち上げる。

 もちろん重力遮断は使っているのだが、十トンを超える巨体はそう簡単には動かない。


 だが、ゆっくりではあるものの確実にイノシシの身体は持ち上がっていく。


「うおおおおお!?」


 周囲の野次馬たちからは、裕は怪力であるようにしか見えない。イノシシを持ち上げる子どもに、歓声が上がる。


「アサトクナさん、お願いします!」


 裕の呼びかけを合図にアサトクナは剣を抜いて、イノシシの喉元をまっすぐ横向きに切り裂く。

 アサトクナは槍をメイン武器に扱っているが、剣ができないわけではない。状況によって使い分けることくらいができるくらいの腕はある。


 アサトクナがつけた傷口に裕は山刀を突っ込み、そこから直角に、すなわち、喉から腹に向けて一気に切り裂く。

 だが、一メートルほど切っても半分にも達しない。いや、四分の一以下だ。


「もう一丁!」


 裕は裂帛の気合を込めて山刀を振るう。まるで親の仇を討つような勢いで切りつけるが、やはり全然足りない。

 頑張って切り裂いたのは、まだ胸部だけでしかないのだ。


 だが、胸部の肉を採るにはこれくらいで十分だ。裕は分厚い毛皮と肉の間に刃を入れて、どんどんと剥いでいく。


「おい、日が暮れちまうぞ。」


 そんな野次が飛ぶが、裕の作業がモタモタと遅いわけではない。イノシシが巨大すぎるのだ。そして、その言葉は裕には投げてはいけない禁句だ。


「ご心配には及びません。大いなる太陽、天空にありて昼を司りしもの。その光を以って夜の闇を払え!」


 重力遮断に次いで裕が得意とする陽光召喚魔法だ。

 薄暗くなってきていた広場に、昼間の明るさが戻る。


「なんだああああああ!?」

「だからそれやめれ!」


 屋台や露天商がひしめく広場は、軽くパニックになる。当たり前だ、夕方から突如真昼に戻されたら誰でも驚く。


 紅蓮の五人も、頭を抱えて絶叫しつつ、イノシシの解体に参加する。


「ちょっと水を汲んできてくれないか?」

「内臓を入れるツボとかないか? ちょっと貸してくれ。」


 協力を呼びかけると、意外と手早くツボや桶が集まってくる。


「これ、今すぐに焼ける人いますか? 試食したい人は多いでしょう?」

「網はあるけど、炭とかもうねえよ。」


 肉を焼いて売っていたおっちゃんが眉をひそめる。


「網だけで良いです。魔法で焼いてしまいましょう。」

「エレアーネは私の家に行って、お塩を取ってきてください。他に何もないからすぐに分かるでしょう。」


 鍵を渡し、家の場所を伝えるとエレアーネは走っていく。


「良いのか? 随分と信用してるな。」

「彼女が盗めるもの、何もないですよ? それに、今日は必ず戻ってきます。このまま逃げたらお肉を食べられませんから。」

「なるほどな。」


 その程度の損得勘定ができないほど莫迦じゃないだろうというのが裕の考えだ。


 焼肉屋がゴトゴトと持ってきたバーベキューコンロ的な物体に、切り落としたバラ肉を並べていく。

 そして炎熱召喚魔法を放つと、すぐにジュウジュウと脂が音を立てはじめる。


 解体は、ひたすら皮を剥がす作業だ。紅蓮だけでなく、他にも何人かが包丁やナイフを手に、皮下脂肪ごと皮を剥がしていく。

 普通のサイズのイノシシならば、二、三人で十分だしそれ以上は邪魔にしかならないが、馬車よりも巨大なイノシシではそれでは手が少なすぎる。


 裕の魔法で照らされた広場には、昼間と変わらない人で賑わっている。


「塩ってこれで良いの?」


 肉が焼けた頃にエレアーネが赤子の頭ほどもあるピンク色の物体を抱えてやってきた。


「はい、ありがとうございます。」


 裕は礼を言うと、岩塩を受け取り、山刀の背でガリガリと削り、肉に振りかけていく。


「おいおい、豪快だな。」


 裕の豪勢な塩の使いっぷりに、焼肉屋は苦笑いだ。塩は決して安くはない。裕が塩屋だと知らなければそんな反応だろう。


「お、イケますね。」


 焼き網からひょいと一枚の肉を山刀で刺し取り、一口齧ると裕は顔を綻ばせる。


「どれどれ。」


 焼肉屋もトングで一切れつまむ。「熱ィ、熱ィ」と言いながらも、美味しそうに食べる。


「俺にも一口!」


 それを見ていた野次馬が殺到する。

 すぐ横でイノシシの腹が開かれ、内臓が取り出されているのだが、ここの者たちはそんなことで食欲が萎えたりはしない。肉とは獣を殺して捌いたものと実感を持って知っているのだ。


 日本でも、寿司屋では客が飲み食いしているカウンターのすぐ向こうで、大将が魚を捌いているのは珍しくもない。それと似たような感覚なのだろう。



「お手伝い頂いた方が優先です。」


 ナイフで一口大に切り、器に入れて解体作業しているところへ持っていき、血まみれになった男たちの口へと放り込んでいく。


「美味えじゃねえか。」

「ビールが欲しいな。」

「さっさとバラしちまうぞ!」


 男たちは気合を入れて作業を進めていく。声を掛け合いながら、裕ほどのサイズの肝臓を取り出し、ツボへと入れて、いや、入りきらない。

 小さなトラブルは発生しながらも、解体はどんどんと進められていく。


 騒ぎを聞きつけた肉屋や料理どころの者たちがどんどんと買い付けていく。

 かなりの割安で売っているので、肉は飛ぶように売れていく。焼肉の味付けは塩だけだが、大人気だ。裕が見境なく、全くケチることなく塩をかけまくっているのも大きいのだが。


「どうしたのです? 食べないのですか?」

「良いの?」

「良いですよ? あそこの野次馬よりは働いたではありませんか。」


 エレアーネは物欲しそうな顔で見ているだけなのだ。別に裕は意地悪をするつもりなど無い。

 と言うか、人に対して、肉の量が多すぎる。おそらく肉は全部で六トンくらいは取れるだろう。この場で十キロくらい焼いても、大した問題ではない。


 正式に許可を得たエレアーネは、皿に盛られた肉を取り、口に放り込む。


「美味しい!」


 口いっぱいに肉を頬張り、エレアーネは嬉しそうに笑顔を見せる。そうしていれば、ただの子どもだ。




「どこの誰だ! 昼にしやがった莫迦は! 客が誰も来ねえじゃねえか!」


 ワイワイと盛り上がっている中、大声で怒鳴り散らすのは居酒屋のオヤジだ。


「おう、おやっさん。ちょうど今、ビールが飲みたいと思っていたところなんだよ。」


 肉を食って上機嫌の男たちが「ビールだ!」と既に酔っ払っているかのごとく騒ぎながら、居酒屋のオヤジの背を押して広場を後にする。

 裕のおかげで、焼肉は結構塩気が強い。ビールのツマミとしてはちょうど良いだろう。



 解体が終わる頃には、多くの人は広場から引き揚げていた。

 静かになった広場に、巨大なイノシシの骨と頭が転がっている。


「これ、片付けるの明日で良いですかねえ?」

「良いんじゃねえか? 今日はもう、疲れたよ。」

「身体中臭いし、早く洗い流したいですよ。」

次回、『祭りの後の憂鬱』


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