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蜜月  作者: みすみいく
4/6

過去の逆襲

 オックスフォードの恋人だった政直が、突然現れた。関わることを拒否出来ないかたちで、コンタクトを取ってきた彼の真意は?!

 突然。意識もしていなかった手に捕らえられて、掠めるように触れられた。


 先を歩いていたアレンが、角を曲がり見えなくなった、その次の瞬間だった。


 唇を掠め盗られたのだと、意識が捕らえる迄に、妙なタイムラグが有って、敵対する者に対処すべく躰が動いてくれなかった。

 その不埒者の正体が知れた今であれば、本能が攻撃目標だと認知しなかったのだと納得できるものだったが、その場では余りのことに、暫し硬直してしまっていた。


 アレンが探しに戻って、不埒者が立ち去る背中を目で追う私に、声を掛けていたのにも、暫く気付かずに居た。


 見送る私の視線の先で、すい…と、彼は姿を消した。


 「あれは…誰です?!」

 「…え?!」


 続いていたショックに、何気なくアレンを振り返って終って居た。


 「アウル?!…貴方…」


 アレンが怒りを覚えるのはごく自然な反応だった。口付けに酔っていた訳では無いが、過去に浸って我を忘れていた。


 同じ事だった。


 意志を決めかねていた顔に、明らかな怒りが昇るのを、恐れとも、歓喜とも付かない、複雑な感情が迎えてしまった事を、私は後悔するべきだったかも知れない。


 「オックスフォードの…ですよね?!」


 聞かれて、果たしてはっきりと肯定すべきか迷った。単なる遊び相手と言うわけでは無かっただけに、友人と言ってしまうことを憚ったのだった。


 「続いていたんですか?!」

 「…何?!」


 余りにも意外な問いかけについ聞き返した。何時もの彼ならそうは聞かない。

 質問を飲み込んでしまう。


 「俺と…俺に抱かれるように成ってからも、付き合って居たんですかと聞いたんです」


 何を言うより先に、手が出た。

 パシッと、アレンの頬を私の右手が真面に叩いて居た。


 「私を疑いたいのならそうすれば良いっ!!会議には1人で出る!!お前は庁舎に戻っていろ!!」

 「ええ!!仰せに従います!今の俺には、人前に出て繕える自信が有りませんからっ!!」


 そう言い捨てて、彼が私に背を向けて足早に遠ざかる。ちらと、その後ろ姿を見たものの、両天秤を掛けていたように言われ、怒りに任せてその場を離れて議会場に向かう。


 なんという事は無い。単なる痴話喧嘩を公の場でしてしまっていた居た事に、先ず、情け無さで溜息が出た。


 案内を受けて席に着き、アレンの欠席を告げて、了承を得た。

 会議が始まってプレゼンテーションを指示する声に、愕然とさせられた。

 幻覚のはずは無かった。だが如何にも不可解だった。イメージフィルムの上映の為に暗くなった室内で、彼を捜した。


 声のした方、果たして彼はそこに居た。

 彼の目も私を捕らえていて、恐らくこの暗さが無ければ、見詰める事も無く、瞳からの印象が得られ無ければ、彼に気付く事も無かっただろう。


 気を向けて来なかった彼に、私が気付かなかったのも道理、目にブルーのコンタクトを入れて、髪もブルネットに染めていた。

 生粋の日本人では無かったらしく、東洋人とは思えなかった。彼がわたしを見詰めたまま、視線を振る、話がある…と。


 「失敬。直ぐ戻る」


 席を立つ私に気付いて、シェネリンデの担当官が会釈をした。貿易のシェアを拡大する事を目的としたプレゼンテーションの合間に、席を外して、過去の愛人と再会を果たそうなどと、誰が考えるだろう。


 会議が始まって、誰も居なくなったロビーの片隅に、彼は立って居た。相変わらず切れ上がったイメージが漂う。

 

 「久しぶり」

 「ああ。とんだ挨拶を食らったがね」

 「悪い。だが、俺の印象も強烈だったんだ」

 「印象?!」


 オックスフォードの頃には無かった、しっとりとした落ち着きと、実績が醸し出す自信とが見て取れた。


 「彼だろう?!君が意中の思い人は?!妬けたね。何より、何だ?!その美しさは?!」  

 「俺などは取るに足らない存在だったと思い知らされて、かっとしたんだ」


 思わず失笑した。


 「何を言っているんだか…オックスフォードのPPEを評価Aで卒業した奴が、何故いち企業のプレゼンター何ぞをしている?!」

 「各国の経済状態を見て歩いている。本音を見るには常人になっているに限る」

 「ははぁ。時間稼ぎには良い手だな。遊学というやつか?!」

 「止してくれ。25を過ぎた次の国政選挙には、母方の祖父の基板を継いで出る。だが、父の跡を継ぐべく政治家を目指している訳じゃ無い」

 「自分自身で揮える力を得るためだ。徒手空拳が君を諦める一因だったからな」

 「またそう言う…」

 「ホントだよ。あの時俺は君を自分のものにしたいと思っていた。だが俺に、君を動かす力は無かった」

 「雄として、欲しいものを奪い取る力を得たいと思い知らされた」

 「君では駄目だ」


 政直が、私を見詰めて眉を潜める。


 「…そして、私では駄目だった。お互いに盲目に成れなかった。それが別れの理由だっただろう?!」

 「だが、ぐらつきもした。自分に牽制を掛けたのを忘れたか?!」

 「いったいどうしたいと言うんだ?!よりを戻せって?!」

 「そこまでは言わんよ。彼に殺されそうだ」

 「慰めろと?!」

 「…まぁ…かな?!」

 「ほんとに質の悪い奴だな…暫くシェネリンデに居ると良い。君の本意が知れるまでだ」

 「但し条件がある。この国の経済にアドバイスをくれ」

 「加えて、君の口からアレンに釈明する事。聞く耳を持たない事を覚悟の上でだ、条件を飲むかね?!」

 私を見詰めて溜め息を付く。


 「本当に君は俺と似ているのかもな。情が有るのか、酷薄なのか判らない」

 「ああ。呑むよ。君の思し召しのままに…だ。彼に正直に謝る。会いたくないと言うわけが無い。俺が彼でも、一発殴ってやりたいもんな」

 「全く、そこまで追い込まれる何をやったって言うんだ?!」

 「婚約者なんてのに追われてる」

 「なる程、それから?!」

 「それだけだ。ただ、日本で政治家としてやっていくなら、断れない筋の女だ」

 「それから?!」

 「そいつの弟と関係を持っちまった」

 「…妹さんの話は?!」

 「親父が彼女の母と再婚した」


 彼の恋がどうにもならない結末を迎えていたと言うことだった。


 「暫く何も考えられずに、遊び歩いている時に、出くわした…犯られてたんだ。そいつを拾ったら…未来の嫁の弟だった。なのに、つい、見かねて…」

 「見かねて…ね。とんでもない展開だな…置いてきたのか?!」

 「連れてきてる」


 聞くなり頭を抱えたが仕方が無かった。

 彼を試験紙として、使ったエゴイストとしては、見離すわけにはいかなかった。


 覚悟を決めてアレンに連絡を入れた。


 「はい」


 私からの連絡だと判っていても出てくれた事に、胸をなで下ろした。


 「迎えに来てくれないか?!お前の車で」


 声に甘えが出ないかと、離れて話した。

 暫しの沈黙と、次いで吐き出された溜息が彼の愛情を伝えていた。


 「どういう事です?!」


 車に、政直と、日本を逃げ出して来なければ成らなかった原因を乗せて、とにかく、庁舎に向けて車を走らせながら、アレンが、険悪な声で聞く。


 「こう言う事」


 直がその子の顔を引き寄せて、キスするのを見せられて、アレンの声が低く沈む。


 「俺の質問を茶化さないで下さい」


 それきり車内はエンジン音しかしなくなった。


 「で?!俺は、如何すれば良いんですか?!」

 「私が聞きたい。如何すれば信じてくれるんだ?!」

 「信じて…良いんですか?!」

 

 ああ。もう…


 「きちんと釈明しろと言ってある。やっかみだったそうだ。第一、答えはとっくに出している。言ったろう?!同調していただけだったと」


 彼等を屋敷に送らせて置いて、二人きりの執務室だった。エマージェンシーにこの所取り紛れて、忘れていた焦燥感を煽られて、たまらなくなってきていた。


 腕をとって、躰を預けた私に、彼の緊張が解けた。


 「俺が…欲しいんですか?!」


 熱くなった躰を抱いてアレンが囁く。

 声が艶を帯びなお一層私を追い上げた。


 「…ん…ぅ…」


 引かれて思わずしがみつく。


 「…籠絡されていたって良い…アウル…」


 未だ果たした欲情に掠れた声が言う。

 その声が、さっきまで躰の奥を愛撫していたものと変わらぬ程に、私を煽る。ここが執務室で無く、今がプライベートであったなら、このまま離しはしないものを…


 彼の手で拭い去られる情事の痕跡が、全て私から取り払われて、それでも未だ、細かく震える躰を抱き締められた。


 「ベッドでしたかったな」


 囁きながら覗き込まれてつい頷いた。

 ベッドで、躰を延べて、全裸で。

 布越しでも互いの躰の熱さが伝わらないことは無いが、さらさらと、次いで、しっとりと、汗を纏った肌が絡み付く心地良さは、衣服を纏ったままでは味わえない。


 こうすれば良かったんだ。と。

 詞が語るよりも多くのことを、心に直接注ぎ込む手段を、私達は持っていたんだと。今更のように納得していた。

 

 「貴方に触れていれば、不安も恐れも何も無くなる」


 頷いて、甘い吐息を緩やかに抜きながら、抱き込まれる充足に、肩に額を落とし、見掛けよりもずっと充実した背を抱き締めた。


 「…アウル?!」

 「愛している」


 思いの外自然に口を突いて出た。

 今のこの幸せというしかない感情を、伝えようとすれば他に詞が無かったからだろう。


 「俺も…愛しています」


 彼の声が、感情の高ぶりで微かに震えていた。

 己と感情も感覚も全てを分かつ相手と、満ち足りてある事が、私には信じられなかった。だが、これは現実だった。


 唇が降りてきて重なり、優しい愛撫を繰り返す。蕩けるような口付けが、愛の儀式を締めくくった。


 「うん。これで良し」


 オフィスでの交歓に、人目に晒されても不信を覚えられる事が無い様にと、アレンが私を眺めてチェックしている。


 最後に、前髪を手櫛で梳かすと微笑んだ。


 「怒っていないんだな?!」

 「俺がですか?!ええ。俺は勝手な人間で、貴方が俺を愛していてくれれば、他はどうだって良いんです」

 「凄い殺し文句」


 クスクスと笑いが漏れる。

 彼を見詰め、額にかかる前髪を掻き上げてやる。


 「私も。お前が私を…」


 言い掛けたのを唇で止めた。


 「続きはベッドの中で今夜、聞きます。でないともう一度欲しくなる」


 全ての感情が彼と共に有って、揺さぶられる外圧や、困難を、抱き締め合うことで分かち合い、或いは増幅し合って、蝕む強さから、凌げる柔らかさまでソフィスティケイトする。


 生きていく上での営みと言うところまで昇華されて来た事を、過去の逆襲を経て、甘受させられた。


 だが、それは同時に、離れては生きていけない所まで関わって居るのだぞと、思い知らされる切っ掛けでも有った。


 甘い不安が胸の中に忍び込む。


 失う予感を感じた時、お前は如何するのだ。と。

 お読み頂きありがとう御座いました。

 人生って思うとおりになんか成らないよねって言いたくなる内容ですが、まだ、終わりません。なんせ、長い間持ってましたんで。

 もう少し宜しくお願い致します!

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