第5話 父と子
※前半レオン、後半マグナス(父)目線になります。
「このっ・・・大馬鹿者!!!」
ゴリッと巌のような拳が脳天に突き刺さる。
不謹慎ながら身体強化魔法をかけてたんだけどそれでも痛い、父さんやるなぁ。
「申し訳ありませんでした。」
目の前では父が仁王立ちでこちらを真っ直ぐに見降ろしている。
閻魔様の裁判ってこんな感じなんだろうな…と思える程に鬼気迫る雰囲気だ。
「良いか、レオン。お前が今日やったことについて私は非常に残念に思っている。それが何故だか解るか?」
「父上や母上との約束を破って一人で市場を歩き回ったからです。」
「そうだが、そうではない。」
本当は解る様な気がするが、この年の子供がそれを言うのは気味が悪いので黙っておく。
恐らく父が言いたいのは「信頼」を損なった事が残念だと言いたいのだろう。
父は俺ならばはぐれたりせず、護衛の騎士の言いつけを守ると思っていた。
母も同様に危ない事はせず、しっかりと兄たちの言いつけを守ると思って父に話を通してくれたのだ。
それを俺はおじゃんにした。
年相応の子供ならば、はぐれたとしてもそもそも路地裏に入らないし、万が一の時には周りに助けを求めるなりするはずだ。
それがどうだ、路地裏をほっつき歩いて賊に絡まれ、魔法で撃退。
全て想像を裏切った行動。
両親としては無事を喜ぶべきか怒るべきか、で考えたら怒るだろう、なぜそんなことをしたのか、と。
「もういい。当分お前には外出を禁ずる、解ったな。」
「はい…。」
羽目を外し過ぎてしまったツケだ。
(謹慎期間中は大人しく家で鍛錬の時間にあてるか)
そう思いながら俺は父の書斎を出た。
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「失礼します。」
小さな身体がドアの後ろに消え、バタンという無機質な音と共に机上の蝋燭が揺らめいだ。
私はゆっくりと窓に向かい、夜風を部屋に導きいれる。
そうすると頭に昇っていた血がスッと引いていき、少し冷静になることが出来た。
「全く…。我が子ながら末恐ろしい。」
そっとレオンを殴った拳を撫でる。
軽くたんこぶが出来る程度の勢いで叩いたつもりだったが、岩を殴りつけたような感覚に驚きつい私も身体強化魔法を発動させてしまった。
「恐らくああしなければ私が手首を痛めるところだったな…。」
レオンは我がリズベルグ家の第四子。末っ子でありながら聞き分けが良く頭脳明晰、身体能力も高く、恐らく魔法適正も高い・・・と思っていた矢先にこれだ。
正直今回の一件では姿を消したことに肝が冷え、暴漢を成敗した息子の成長を喜びたくもあるが、親として我々の信頼を損ねた事を怒らねばならない、と感情が嵐の海のように吹き荒れたので冷静ではいられなかった。
…。
思い返せばあの子が生まれた時に神器の核を握りしめていたことから、こう言った事がおきるのは時間の問題だったのかもしれない。
「将来英雄になる人物というものはこうも違うものか。」
そう言いつつ机に置かれた書類に目をやる。
書類には今日起きた出来事の顛末が報告されているのだが、内容は信じがたいものだった。
まず驚いたのはレオンが迷子になった時の報告だ。
今回の警護には子供たちの周りに6名、そして遠巻きに6名、合計12名の騎士団員が張り付いていた。過保護ともいわれるかもしれないが要人警護の任務なども受ける事がある騎士団として、行動が読めない子供というものは訓練の対象としても向いていたのだ。もう一度言うがあくまで訓練であって過保護ではないぞ。
我々は護衛・戦闘のプロだ、このケルノンの町で一番戦いに慣れているといっても過言ではない。
しかしあの子はその12人の目から易々と逃げおおせたのだ。
報告を聞いた時思わず椅子から転げ落ちてしまった。
何をしているのかと部下たちに声を荒げそうになったが、12人全員が全員『居なくなったことに全く気付かなかった』と口を揃えて言うので逆に冷静になってしまった。
全員が何か気を取られるような事があったわけでもなく、しっかりと監視をしていたのにも関わらず、レオンはごく自然にその場から消えたのだ。
普通では有り得ない、何か騒ぎに乗じて襲撃されたり対象が逃げた、という事は有っても何も起きていないタイミングで我々が見逃すというのは尋常ではない出来事なのだ。
それだけでも筆舌に尽くしがたいのだが、私が舌を巻いたのはレオンが魔法で賊を撃退したという報告だ。
その報告を聞いた時に私は座り直した椅子からまた転がり落ちる羽目になった。
しかも使った魔法がなんと氷結魔法の中でも上級魔法に位置する瞬間凍結を使用したというのだ。
私もさすがにこの報告はでたらめだと思い捕縛された犯人を検分したのだが、時間がかなり経過したにも関わらず、ものの見事に賊は氷漬けのままだった。
最初は腕利きの魔術師が通りがかりにレオンを助けてくれたのかと思ったが、冒険者ギルド・魔術師ギルドにあたっても瞬間凍結が使えるような人物はこの町に居ないという返答が返ってきた。
しかも魔法が解けた賊たちの供述で魔法を行使したのはレオンだという言質が取れてしまったので、この現実を受け止めざるを得なかった。更に驚かされたのがこの賊達、今は訳合って資格を剥奪されているようだが元は銀級の冒険者だというのだ。それを軽くあしらったレオンの実力は計り知れない。
正直今日は心臓がいくつあっても足りないと思うぐらいに驚かされた…。
「そろそろあの子にも教師をと思っていたが、こんなものを見せつけられてはどれほどの人物を招けば良いのやら…。」
私はレオンに体術訓練・魔術訓練を施していなかった。身体が出来るまでは双方共に身体に負荷をかけるので望ましくないと考えての事だったが、レオンは読み漁った本の知識や大人が行う訓練を見て見様見真似で自身に訓練を付けていたというのだから私の心配は杞憂に終わった。
独学でこの実力なのだ、そんじょそこらの魔導師や戦士では最早レオンに敵わないかもしれない。
「教師を探すことですらこれ程困るのに、父としてどう振舞ってよいやら。父親泣かせな子供だ。」
喜ばしくもあり悩ましくも有る、今までの子育ての中で何度も味わってきた感覚だが、今回はその重みが格段に違う。
「私にも、他の子どもたちにも良い刺激になることを祈ろう。」
そうして私は父親として気持ちを新たにしつつ、今日の事後処理の書類に向かう。
その日書斎には遅くまで光が灯っていた
毎度お読み頂き有難うございます!
今回は父と子、お互いの立場から書かせていただきました。
いつも異世界転生モノを読むと思うのですが親の重圧って半端なさそうですよね。
成長する喜びもあり、追い抜かれまいとする葛藤もあり、正直自分は遠慮したいなって思います。
今後も親や家族との関わりは少しずつ書いていきたいと思います。
次回もまたよろしくお願いします!