第13話 英雄の形
無事にケルノンの街に戻り、父さんが変異種の討伐完了を宣言すると歓声が沸き起こった。
中には討伐した証拠が無い、と食って掛かる人が居たが後々運び込まれたバーサークホーンの死体を見て固まっていたからいい気味だ。
勿論街に安全を伝え回ったあと、我が家に戻り無事を報告したのだが…
門で待ち構えていた母さんにその場で父さんはこっ酷く叱られた。
街を救った英雄なのにも関わらず正座させられ縮こまる父さんの姿はなかなか不憫だったが、最後は母さんが泣きながら抱きついていたから良かったとしよう。
そして騎士団の損害だが、幸いにも死者は出ずに済んだようだ。
何人か深い傷を負っていたが、父さんの依頼で片っ端から回復魔法を振りまいていったのでその日のうちに皆全快して事後処理に走っている、こういう時ぐらいゆっくり休ませてあげればいいのに…。
慌ただしく過ぎた一日だったが、その日の晩は田舎町とは思えない程盛大な宴が催され、老いも若きも入り混じって空が白み始めるまで飲み明かした。
酒が飲めない人相手にシーラが大量のレモネードを売りつけていた時には少し顔をしかめたが、客が満足そうな顔をしていたのでこれも良しとしよう。本当商魂逞しいなアイツ。
宴の席で俺がまたローゼ姉に絡まれるというハプニングはあったが、こうしてケルノンの街にまた日常が戻ってきたのだった。
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―――後日
「父上おかえりなさい。」
「ただいま。やっぱりああいう形式ばったものは肩が凝るな。」
「私も貴族よりも魔物相手の方が気が楽ですね…。」
「ははは!違いない。」
父さんとウェイグはケルノンを収める貴族から褒賞を賜った。
今日はその叙勲式に出席していたようで2人ともゲッソリしている。
貴族の世界っていうのは貴族言葉とか使って回りくどいらしいから大変そうだ。
俺?貰ってないよ。
何でかというと、表向きでは今回バーサークホーンを討伐したのは父さんとウェイグだという事にしてもらっているからだ、俺の力を公にするのは本意ではない旨を述べたら2人とも了承してくれた。
だって俺はゆくゆくは屋台料理人になりたいのにお偉方に「国のためにその力を振るえ」とか言われたら嫌だもん。前世でもウチの専属料理人になれ、とか言ってきた金持ちのオッサンの誘いを断ったらヤクザをけしかけられたから正直権力を持った人間とはあまりお近づきにはなりたくない。
他にも色々口裏を合わせてもらったが、バーサークホーンを繋ぎ止めた神縛氷鎖についても騎士団が秘蔵していたアーティファクトを使ったという事にしてもらって何とか事なきを得た。
ただ、父さん曰く領主のお抱えらしき魔術師が鎖を見て「奇跡じゃぁぁ!!」とか叫んでたらしい、上手く父さんが躱してくれたらしいが、大丈夫かな。
そんなこんなで俺自身はあの時の功績が知れ渡る事無くあまりいつもと変わらない日常を過ごしている。
あまり変わらない、ということは図らずも変化が有ったわけで…
今まで避けられるだけだった姉さんが目を合わせるだけで殺気をぶつけてきたり、ウェイグが滅茶苦茶熱い尊敬の眼差しを向けてくるようになったり…まぁそんな些細な変化だ。
「そうだレオン、この後ちょっといいか?」
「? 解りました。」
外套を召使に預けながら父さんが話しかけてきた。
一体何だろう。この前の戦闘で披露した魔法とかの事かな…?
――――父さんの先導で連れてこられたのは裏山だ。
ここは日頃僕たち兄弟と父さんが組手を行っている訓練場でもある。
今日は組手をする予定はない筈なんだけど、大事な話でもあるのかな。
「父上どうし―――」
背中越しに父に語り掛けようとした瞬間
白刃が目前に迫った。
「ッ!」
咄嗟に身体強化を発動させ身を翻したものの、白刃が前髪を掠めた。
「何をするんですか!?」
最近自主トレで発動短縮の行っていたから間に合ったが、発動が遅れていたらただでは済まなかっただろう。剣気から察するに寸止めをする空気は微塵も感じなかったし。
「やはり…か。」
居合のような体勢を取ったまま神妙な面持ちでマグナスは呟いた。
実の息子に凶刃を振るったとは思えない程に冷静でありながら、少し…寂しげな空気を孕んだ物言いだ。
「すまない、どうしても一度試さざるを得なかった。」
徐に振り抜かれた剣を鞘へと戻し、マグナスは頭を垂れた。
「一体どういう事です?」
剣を収めたとはいえ油断はできない、真意を推し量る為にも警戒態勢を保ちつつ尋ねる。
「お前が私よりも強いか、それが確かめたかったんだ。」
「何故わざわざこのような事を?普段の組手でもやりようはあるではないですか。」
「他の兄弟が居る場ではどうしてもな。」
語りながら父は胸元から獅子の眼のような宝玉があしらわれた首飾りを取り出した。
そう、あれは忘れるはずもない『神器』の核だ。
「お前にコレを託すに相応しいか見極める為…いやそれは建前だな、純粋に試したかったそれが本音だ。」
「父上、それは…?」
あの時俺は赤子だったから知っている方がおかしいので話を合わせなくては。
「お前も聞いた事があるだろう御伽噺や吟遊詩人が語る英雄譚の中に現れる『神器』の事を。」
「はい、人が神より授かりし武器や道具のことですね。」
「そうだ。そしてこの宝玉がその核だ。」
やはりそうだったか。生まれた時から耳にはしていたけどそれで確定らしいな。
「これはお前が生まれた時に握りしめていた物でな。秘密裏に鑑定士に見せたのだが神器の核で間違いないそうだ。」
「つまり…。」
「あぁ、これはお前の物だ。」
父さんはそう言うとそっと俺の手に首飾りを握らせた。
「これが・・・僕の・・・!」
掌で輝く宝玉は赤子の頃と比べると大きくなったように感じる。
魔力の扱いが十分に理解出来るようになった今だからこそわかるが、この核一つの中に膨大な魔力が渦巻いている、まるで一つの星のようだ。
「本当はお前が成人するまで渡すつもりはなかったのだがな、母さんがレオンに渡せとせがむんでな。」
「母さんが?」
意外だ、母さんはこういう話に肯定的な態度を取る事は少ないと思っていたのだが。
「お前があのシーラという商人と商売を始めた時があっただろう?」
「はい。」
最初というと輸送技術について教えた時かな?
まだ1年ぐらいしか経っていないんだが随分前の事に感じる。
「あの時にお前の考えで多くの人の生活が豊かになり、助けられたという話を聞いて母さんは思ったそうだぞ?『この子は新たな英雄になる』と。」
「随分唐突に思ったんですね?」
「私も不思議に思ったさ、だが母さんはレオンが世の理を変える事で人々を幸せにする英雄になるといって聞かなかったんだ。」
何だか随分と過大評価されてしまったようだ、ただ俺は良質な食材を入手したいだけだったんだがな。
「その後も母さんに私達の物差しであの子を縛るべきではないと熱弁されてな、解らないでもないとは思ったが、力無くしては築いた物も守れないと私は思っていたんだ。」
「それであのような事を…。」
「まぁ、バーサークホーンを倒したお前には無用な心配だったな。」
これ程までに想われ、気遣われていたとは思わなかった。
普通の親ならば自分以上の力を持つ子供を持ったらどう思うだろう?
最初は英雄の誕生だと喜ぶかもしれない。
だが成長するにつれて自らの手に負えない力に恐怖するはずだ。
人の心は弱い。
前世では仕事や家族絡みのトラブルで酒に溺れる客を見てきたから尚更思う。
普通の人間でさえ家族が何を考えているか解らないと悩み心を病むことすらあるというのに、父さんと母さんは俺が強大な力に振り回されない様に、自分たちにその力が向かう事も恐れずに向き合ってくれていたのだ。
それのなんと有難い事か。
第二の人生でこの両親のもとに生まれ落ちた事は本当に幸せな事だと改めて思う。
「有難う御座います、父上。」
色々な事に対して感謝の念を込めて言った。
それで伝わるかは解らないが、感謝を伝える言葉を俺はこれしか知らない。
「良いんだ、お前は私と母さんの子なのだから。」
俺の頭を撫でる父の手は陽だまりのように温かかった。
お読みいただきありがとうございます。
そしていつもブクマと評価、有難うございます!
ついこの間20日にアクセスが跳ね上がったんですが一体何が…?
ですがとても嬉しかったです!
さて本編ですが…
どうしても個人的に親と子の繋がりを書きたくてそういったストーリーが多めになってしまいますね、反省。
これからは主人公も少しずつ年を取っていくので主人公目線の話が増えると思います。
次回もよろしくお願いします。




