第10話 緊急事態
いつもブクマ、評価いただき有難うございます!
ここから先ちょっと長めの回が続きますので悪しからず。
昨日の実験も失敗だった。
パンの香りよりもエールの香りと風味が強調されて万人受けする味にはならなかった。
焼成時間が短い棒巻きパンだったから酒が残っちゃったんだな…。
結果としてそれでシグ兄さんが潰れる羽目になった訳で。
一応あのあとシグ兄さんには浄化をかけて体調を整えておいた。酔い冷ましにも魔法が使えるなんて便利な世界だよ全く。
もしあのまま放置して二日酔いになったとかバレたらまた父さんに怒られていただろうから、魔法さまさまだ。
とまぁ色々あったが俺はまた新商品の開発に勤しんでいる。
その商品はお察しの通り、パンだ。
無発酵パンではなくちゃんと発酵させたパンだ。
それも単品じゃなくてシーラの店の成果を使ったサンドイッチやフルーツサンドを作ろうと思っているのだが、これが結構難しい。
まず酵母が安定して作れない、幾つか自作でアプールや他の果物などを使って酵母を作っているが日によって仕上がりがまちまちでここら辺は前世と勝手が違うようだ。
そしてもう一つの問題は材料だ、こちらの世界では乳製品があまりメジャーではないようでバターやミルクが手に入らない。シーラに相談した時も「魔物の乳なんざ飲むのかい!?」と正直嫌悪感をあらわにされてしまったので後々この辺りもメスを入れなきゃいけないな。
他にも砂糖がべらぼうに高いせいで材料として使えなかったり、と問題は山積みだが何とかやっていこう。
―――そんなこんなで俺は商品開発の途中経過について屋敷でシーラに報告していた。
レモネードは滑り出しの勢いを維持して今ではそれ目当ての客が列を作るほどになっており、シーラの店といえばレモネードという程の認知度を得ている。
だが、早くも真似し始める店や独自の商品開発を始める店が出始めたので、次の手を打つべく取り組んでいるのだが思ったよりも難航している状況だ。
「アタシは結構これ美味いと思うけどねぇ。腹も膨れて酔えるとか最高じゃないかい。」
昨日と同じパン種で作ったエールパンをつまみながらシーラが溢す。
「それはお酒が飲める大人の発想だからだよ。子供やお酒が苦手な人にはウケないよ。」
「あーそれもそうだねぇ。ウチの店に来る客は最近冒険者が増えてるとは言え女性客が多いからねぇ。」
「まぁもうちょっと改良してみるよ、それで前も思ったんだけど冒険者の客増えてるんだ?」
聞けば冒険者達は日々移動しながら生活しているので日頃口にする食べ物は保存のきく乾き物か現地調達の食材が殆どらしく、町に立ち寄った時には多少高くても美味い物を食べたい!と思うものだそうだ。
そう思う彼らの目にはシーラの店の青果やレモネードはかなり魅力的に写るらしい。
「まぁこの町にくる冒険者の数は多くないからそんなに売り上げに貢献してないんだけどね。」
「でもシーラ、彼らは特別な意味を持つ客だから無下に扱っちゃだめだよ?」
「そういうつもりはないけど…どういうことだい?」
実は冒険者の客が増えるのは喜ばしいことなのだ。
彼らはこの街土着の客と違い渡り鳥のように様々な町を渡り歩くそしておそらく旅先であった事を仲間や知人に話すだろう。
その時に『青果ならシーラの店が良い』『レモネードという飲み物が美味い』等の情報を拡散してもらえれば外から来た客がシーラの店に立ち寄る機会は増えるし、他の町でシーラの名前が広がる。
要するに冒険者達はこの世界における歩く広告塔だ。
だから彼ら次第で好評も悪評も広がる、だから無下に扱ってはいけないということだ。
「なぁるほどねぇ、そんじゃ今後冒険者を相手にするときはもうちょいイロをつけてみるかね。」
「そこは任せるけど、角が立たないようにしてね?」
「大丈夫!そこらへんは任せておくれ。」
今日のところはこんなもんか、俺がモノを作らないと話が進まないからな。
会議を〆ようとしたところ、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「レオン坊ちゃま!」
現れたのはウチの召使だ、呼吸が乱れ肩で息をしている。
「どうしたんだい?」
「急ぎこちらにお越し下さい…遣いが来ております!」
どうやら火急の要件のようだ。
それに、遣いだって?いったい何があったんだ。
「旦那、いっておくんな。」
「あぁ、悪いねシーラ。また。」
そう言って僕は召使に導かれるまま部屋を去った。
――――――――――――――――――――――――――――――
召使の背中を追うと玄関にたどり着いた。
そこで目に飛び込んできたのは腕を負傷した騎士とそれを治療する母や召使たちの姿だった。
「一体どうしたんですか?!」
玄関がさながら野戦病院のように血に濡れている。
母は俺に一瞥もくれずに騎士の治療に専念している。
「私が…ご報告申し上げます…!」
この治療を受けている騎士はウェイグ、うちの騎士団でも指折り実力を持つスカウトだ。
普段は都市の外周監視か僕達兄弟の警護を陰ながらしてくれている優秀な人だが…
傷が深いな、腕の付け根が大きく抉られている。
この人がこんな状態になるなんて一体…
「西の郊外に…ホーンブルの変異種が現れました。」
「変異種だって?!」
変異種については予備知識で知っている。
変異種とは何らかのきっかけで通常の魔物とは比較にならないほど強い力を有した魔物のことだ。
ベースとなった魔物によるが危険度は段違いになる傾向が強い。
「はい、街に向かって進行する魔物の群れを確認したので騎士団で撃退していたのですが…。」
ウェイグはその瞬間を逡巡しているのか歯を食いしばり悔し涙を浮かべつつ語る。
「殆どの魔物を掃討し終えた後に突如変異種が現れ、陣を突き崩し…蹂躙されました…!」
「…今誰がそいつの相手を?」
「…マグナス団長がお一人で…!」
思わず全身から魔力が吹き出た。
魔力の奔流によって風が巻き起こされ屋敷の中を吹き荒れる。
「きゃっ!!」
何人か召使が驚き尻もちをついたが気にしている余裕はない。
いくら父さんといえども変異種相手は分が悪い…!
ホーンブル自体は銅級の冒険者が獲物にする魔物、とはいえ変異種となるとその力は金級に届く可能性すらある。
父さんの実力は金級程あると聞いたことがあるが、負傷した味方を庇いながらでは力も存分に振るえまい。
(俺が行かなきゃ…!)
恐らく今この場で一番実力があるのは俺だ。
魔力も十分に蓄えてあるし、訓練も積んできた。
これは慢心でもなんでもなく、事実のはずだ。だから…
「母う――「レオン。」」
俺の言葉を遮るように母が声を上げた。
顔を見ると覚悟を決めたような表情で、真っすぐに俺を見据えている。
「あの人がウェイグにこう言ったそうですよ―――
――――『レオンを呼んで来い』と。」
父さんが、俺を?
「母としては貴方を危険な所に送り出したくはない。」
覚悟を決めた表情に一瞬迷いが走る、が
すぐに毅然とした武人の妻としての表情に戻り俺に語り掛ける。
「ですが、あの人が前に言っていました『本気を出したレオンは私より強い』と。」
父さんそんなこと言ってたのか…。
魔法無しの組手じゃまだ一本も取らせてくれないというのに。
「だから…お願い、レオン。」
そういうとネメアは深々と頭を下げ、こう言った。
「お父様を助けてあげて。」
言葉を絞り出す母の声は…震えていた。
「解りました。」
「このレオン、必ずや父上をお助け致します。」
お読み頂き有難うございました!
ここで本編で触れていなかったので補講解説です。この世界での強さや通貨は以下のレーティングのイメージで構成されていますのでお見知り置きを。
◾️通貨
石貨 10円
鉄貨 100円
銅貨 1000円
銀貨 1万円
金貨 10万円
白金貨 100万円
◾️ギルドレート
鉄級
銅級
銀級
金級
白金級
神銀級 ※神鉄になっていたのを修正しました。
こんな感じです。
え…?それより屋台はどうしたって?
10話までには、と言ったな…
すまんありゃ嘘だ。
本当すいません。
今週中には登場しますので何卒ご容赦を。
タイトル詐欺続きで申し訳ありません!




