第9話 お酒は大人になってから!
ブクマ、評価有難うございます。
お陰様で総合ポイントが100を超えました!
今後も頑張って執筆して参ります!
※今回のお話は長兄ジグムントの目線で進みます。
「今日の訓練はここまで!」
夕暮れの空を背にした父マグナスの声が響く。
父の服には汚れ一つ付いていないのに、僕たち3人はボロボロだ。
「「「有難う御座いました!」」」
もうすぐ10歳になるというのに今日も父上から一本も取れなかった…。
「シグ兄まーた暗い顔してんのな?」
そういって俺の悩みを笑い飛ばすように明るい笑顔を見せるのは弟のレノマだ。
「レノだってまだ一本取れてないだろう、なのに随分と余裕だね。」
「まぁ俺も俺で色々考えちゃいるけどよ、悩んでもしょうがなくないか?」
レノは僕と違って切り替えが早いから羨ましい。
組手の時も自由な動きで翻弄してくる上に追い詰めたとしても機転を利かせた動きで鋭い一手を打ってくる。
今のところ何とか勝てているが今後は解らない、父上の教えに従って騎士剣術を習ってはいるがこれでいいのだろうか?
ジリジリと焦る心が胸を騒めかせる。
「シグ兄さん、はいこれ。スッキリするよ。」
「あ、あぁ…有難うレオ。」
差し出された革袋の水筒を煽ると爽やかな味と香りを纏った水が身体を癒してくれる。
訓練で火照った身体が内側から冷まされていくようだ。
しかし冴えていく身体とは裏腹に心は晴れない。
そう、その原因の一つが今目の前に居る下の弟、レオンだ。
レオンは以前兄弟3人で市場に行った時に魔術を行使して賊2人を撃退した。
(そんな馬鹿な!?)
話を聞いた時には賞賛の声でなく、驚嘆の声が頭の中で響き渡っていた。
ずっと守る対象だと思っていた弟が自分よりも遥か先を歩いている事を知って愕然とした。
しかもそれだけでなく、レオンは街の商人と組んで商売を始めたのだ。
先程僕が飲んだレモネードと呼ばれる飲み物もレオンが考案したもので、今ケルノンの町のちょっとした名物になりつつある。
どんどんと先を行く弟達の姿を見ていると、ゆくゆくは父の騎士団を次いでこの街を、家を守らねばならない。そう思っていた自分の覚悟がとてつもなく滑稽なものに思えてしまってしょうがない。
「まーた辛気臭い顔してらぁ。どうしたんだシグ兄さん?」
「すまないレノ。考え事をしていたんだ。」
「そうかい、思いつめすぎんなよ兄さん。」
…そうだな、ただ今は無心で剣を振ろう。
僕にできる事はそれしかない。
―――その日の夜
夜の鍛錬をしようと屋敷の中を歩いていると、厨房から光が漏れているのを見つけた。
(こんな時間に誰だ…?)
召使達はとっくに屋敷の離れに戻っているし、母上ももう寝ているはずだ。
足音を立てないように忍び足で中を覗き込むと、レオンが居た。
「レオン、こんな時間まで何をやっているんだい?」
「あ、シグ兄さん。…げっ!?もうこんな時間か!」
僕が声をかけるまで時間を忘れていたらしい。
レオンは昔から何かに熱中し始めると周りが見えなくなるのがクセだったが、相変わらずだな。
苦笑しつつレオンが作業していた机の上を見ると果物が浮いた水が入った瓶と、何やら丸い淡い黄色の塊にエール樽…
…。
エール!?
「レオ、まさかお前…。」
思わず訓練用の模造刀をゆらりと構える。
「ち、違うよ兄さん!料理に使ってたんだ!」
「料理?」
「ほらこれ!」
そういうとレオンは例の淡い黄色の塊を差し出してきた。
母上が作ってくれるパンのもとと似ているが…
「ずいぶん丸いし、膨らんでないかい?」
「うん、エールとか混ぜて実験してたらこうなった!」
「大丈夫なのかいそれ…。」
レオンは満面の笑みだが正直怖い、普通パンのもとってぺったんこじゃないか、それが膨らむなんて異常だぞ。
「うーん、多分大丈夫だと思うけど、焼いてみないと分かんないな。」
「そんな適当な…。お腹壊しても知らないぞ?」
「ちゃんと焼けば大丈夫だって。」
そう言うとレオンはせっせとパンのたねを棒に巻きつけ魔力竃で焼き始めた。
「随分慣れてるんだな。」
僕には料理が上手いか下手かは解らないが、レオンの動きは見ていて飽きない、洗練された演武の型のようですらある。
「沢山作って沢山失敗したからね、体が覚えちゃったよ。」
そういうものか、実際レオンの顔は笑顔で火とパンに向き合っている。
随分と…楽しそうだ。
「なぁレオン。レオンは失敗するのが嫌じゃないのか?」
思わず口から心の声が漏れ出てしまった。
「なんで?」
「なんでって普通失敗したら、その…失敗したらかっこ悪いじゃないか。」
「んー、そうかな?」
レオンは火から目を離さず背を向けたまま話す。
「失敗ってそんなに悪いことじゃないと思うよ。」
失敗が悪いことじゃない?
まさか、そんなはずないじゃないか。
僕が本音を言い淀んだのを感じ取ったのかレオンは続ける。
「だってさ、失敗したら『次は上手くやろう』って頑張るじゃん、失敗しなかったら『これでいいや』で終わっちゃうでしょ?」
「それはそうだけど…。」
「それにもし失敗しても、そこで挫けずにやり遂げた人なら僕はかっこいいと思うなぁ…っと、よし出来た!」
失敗の捉え方一つとってもこうも違うものか。
僕は失敗は悪で許されないものだと思っていたが…
(僕もそういう考え方をしていいのだろうか。)
また思考が内側に向いてしまった僕の視界にそっと焼きたてのパンが差し出された。
「兄さんも食べてみてよ、試作品だけど。」
「あ、あぁ。さっきのを見た後で気がひけるけど、香りや見た目は美味しそうだね。」
パンはとぐろを巻いた蛇のような外見に、表面にはこんがりとした焼き色が付いている。
恐る恐る受け取るとほんのり暖かく柔らかい。
いつも食べてるパンとは持った時点でだいぶ違う感じだ。
「シグ兄『せーの』で一緒に食べよう?」
「あぁ、いいよ。」
半分に割られたパンの断面から香ばしいギムの香りと柔らかな湯気が立ち上りなんとも食欲をそそる。
「「せーの!」」
パクッ
「これはっ…!」
口に含むと広がる独特の風味、香ばしいようでいて体感したことの無い香りが鼻に抜ける、これは…
「不味いな。」
「うん、不味いね。」
なんだろうこの味?これがエールの味なのかな?
食感は良いんだけど、味と香りがちょっとなぁ…
「また失敗かぁ、やっぱ難しいなー。」
マズいパンを頬張りながら満面の笑みでレオンは笑う。マズいってのになんで顔で笑うんだ。
その顔を見ていたらなんだかおかしくなってつられて僕も笑ってしまった。
「こんなにマズイのによく笑っていられるなぁレオン。」
「マズかったからこそだよシグ兄さん、笑えるぐらいマズいよこれ。」
なんだそれ、失敗してマズくて笑えるとか、変なの。
ふふふっ、なんだか面白くなってきちゃったな。
「ぷっ、ぷはは…!ははははは!!笑えるぐらいマズいパンって!」
「…あれ?兄さん?」
あー変なの、頭がぼうっとしてクラクラして変な感じだ。
足元もフワフワして…なんか空を飛んでるみたいだ。
「兄さん…もしかして酔ってる?」
「おぉー?レオが分身して見えるぞー?レオはなんでも出来てすごいなぁー。」
悔しいなぁ、僕ももっと失敗すれば色々出来るようになるのかなぁ。
でも他の騎士団員の人との合同訓練だと怒られるだろうし・・・
あ、レノとかとやる訓練とかでだったら失敗してもいいのかな?
そうだな、失敗しても死んじゃう訳じゃ無いし好きにやっちゃおう!そうしよう!
「よし!僕もやるぞー!」
よーし!俄然やる気出てきた!
「やるぞ!やるぞ!やるぞー!」
…。
バターン!!
盛大な音を立ててシグ兄さんが倒れた。
「兄さん?!」
慌てて顔を覗き込むと赤ら顔で満足気な笑みを浮かべだらしない顔で寝ている。
「…寝ちゃったよ。」
しかし憑き物が落ちたようにスッキリとした顔だ、
最近思いつめていたようだし…リフレッシュになったのかな?
「今日はもう終わりにするかな。」
このまま放置すると風邪をひきそうだし、しょうがない。
俺は机の上を片付け寝転ぶシグ兄さんを魔法で寝室まで運ぶことにした。
ヨダレを垂らして気持ちよさそうに寝ているが…
(シグ兄さん結構酒癖悪そうだな…。)
普段真面目な反動なのか生来のものなのか。
シグ兄さんに当分エール料理は試食させないようにしよう…。
お読み頂き有難うございます!
発酵パンを世界で最初に作った人は猛者だなぁと思います、エールも然り。
はてさて今後真面目な兄はどうなっていくのか、お楽しみに!
※何とか今週分も毎日更新出来そうです。だいたいいつも21時頃更新です。




