「入り口」
あの悲劇から数年経ち、僕は18になった。
義父さんの家の使用人見習いとして働く傍ら、小説家を目指して、来る日も来る日も執筆にあけくれた。
しかし、現実とは非情なもので、自分の作品を人目に付く場所にまで昇華させることさえできなかった。
「くそうっ!話にならない!こんなんじゃだめだ。もっと、もっと、もっと・・・!もっと書かなきゃ、書かなきゃならない・・・!」
紙に物語を書き列ねてはそれを握り潰し、ごみ箱へ捨てる。不毛だった。不毛でしかなかった。
地に足をつけ、働かねばならない年齢にさしかかったと言うのに、いまだに夢を見ている自分が惨めに思えた。
義父さんも、天国でため息を付いているかも。
「一度やめにするか。食事を作らなきゃならないしな・・・。」
用事を理由に思考を投げ捨てた。
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「あれ、おばさま。お客さんですか?」
使用人の上司にあたるマリーおばさまが、青年と玄関で談笑していた。
このあたりの出身ではないことは顔つきでわかった。おそらく、遠路はるばるこの館に足を運んだのだろう。
「ああ、そうなんだよ。新しい使用人見習いの子よ。」
その青年は「よろしくおねがいします」と言って頭を下げた。
こちらもそれに答えるように軽く頭を下げ、料理の支度に取りかかった。
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ビーフシチューを煮込みながら、考えていた。
「(このままでいいんだろうか。手に職を付けずに夢ばかりを追いかけて)」
「大丈夫ですか?ビーフシチュー、吹き零れてません?」
「あっっっっ」
青年に言われて気付いた。かなり長い時間考え事をしてしまっていたようだ。
「本当に大丈夫ですか?顔色が良くない。」
「大丈夫さ。出来上がったら運ぶから、君は席に付いていてくれ。」
それを聞いた青年は首を横にふって言った。
「そんなことできません。手伝いますよ。」
そういうなり、手慣れた手つきで食器を並べだす。
「わるいね、えーっと。名前、まだ聞いてなかった。名前、何て言うの?」
「ミヒャエル・シーランです。よろしく。」
「ミヒャエルか。僕はアンソニー。こちらこそよろしく。」
その場でがっちりと握手したあと、出来上がったらビーフシチューを食卓に並べるのだった。




