補給線潰し
1
「どうしたらいいかな……」
戦地に赴任してから数日後、ジーンを出世させる必要に迫られたスランは、自分の天幕で使い魔に尋ねた。
「スラン様は、使えるコネが全くないのに、何故あんな約束をなさったのですか?」
自分の使い魔に、質問を質問で返され、スランの眉が動いた。
「そんなことは聞いていない。戦場でどうやって手柄を上げるのかを聞いている……」
「そんなの無理に決まっています」
ドリーが間髪入れずに答えた。
「ト・ウフー帝国の兵士は三割以上が女性で構成されている上に、大敗北を喫したため、士気が低下しています。そんな軍で、勢いのある東の連合国家の軍勢に抵抗できるわけがないではありませんか! 数も敵の方が多いのですよ?」
一方的に、使い魔ドリーは捲し立てた。
「私も正面切って戦うつもりはない。補給線だけを狙えば……」
スランが、ドリーと相談して、戦果を上げるために無難なものを選んでいると、元天使が背後から口を挟んできた。
「敵と正面から戦い、勝利を得ることこそが正しいのです。そんな勝ち方は邪道です」
スランとドリーが嫌な顔をしながら振り返り、元天使を見た。この元天使は、スランの預かりになってから、少しずつだが感情が回復していた。スランが困りながら元天使に告げた。
「あのう、サーシャ様? ジーン殿が出世できなければ、あなたは元の辛い生活に逆戻りですよ? それで良いのですか?」
「もちろん嫌です。ですが、そんな卑怯な真似をしてまで、救ってもらいたくありません!」
サーシャは、最初に取り戻した感情である怒りに肩を震わせながら、スランに言い放った。敵味方問わず、人間たちから酷い仕打ちを受けてきた元天使のサーシャは、世間ずれして卑屈になった魔導士と違い、未だに全てが正しくなければ気が済まないようだった。
「しかし、あの、現実的には、その……」
スランは、サーシャが納得してくれそうな言い訳を必死に考えた結果、兵士の命を利用することにした。
「サーシャ様、敵と真正面から激突すれば、わが軍のほとんどの兵士は、故郷に帰りつくことができないでしょう……。しかし、敵の補給線を断てば、兵士を大勢失わずとも戦争に勝つことができるのですよ? サーシャ様は、兵士の命よりも名誉の方が大切なのですか?」
「いや、そういうわけでは……」
サーシャが言葉に詰まったのを見て、スランは天使の思考回路をようやく理解した。結局、天使という種族は、自らが善良でなければならないと思い込んでいる。ならば、そう思わせてあげればいいのだ。
「人命を第一に考えた、この作戦を了承していただけますね?」
スランは、サーシャがこの提案の粗探しをする前に、決断を促した。
「ええ……」
サーシャは不満げに頷いた。
「では、ジーン殿と細かい作戦を立てに行ってまいります」
スランは、自分の恩人を騙していることに、良心がとがめたが、今はそんな贅沢品を弄んでいる場合ではないと自分に言い聞かせた。
2
天幕を出て、青空から視点を移すと、まだ秋だというのに大地が薄っすらと白くなっていた。先ほどの会話で自分自身にうんざりしていたスランは、この光景を見てさらに気が滅入った。
副隊長のジーンが大隊本部の天幕でスランを待っていた。大隊長の席に腰掛けながら……。
「これは魔導士殿。私の昇格はいつになりそうですか?」
ジーンは、にこやかにスランに話しかけた。
「敵の補給線を潰し、ト・ウフー帝国内から敵を撤退させれば、あなたの昇格は確実です」
「……? 私が思っていたのと少し違いますな。あなたが上級魔導士の方々に掛け合って、私を引き上げてくださるのでは……」
目をぎらつかせたジーンは、スランを睨みつけた。
「そんな簡単にはいきませんよ。あなた方の失策で敵軍は、栄光あるト・ウフー帝国の領内奥地にまで侵攻してしまったのですよ? 敵軍を撃滅するなり、追い払うなりしなければ、あなたの昇進など、まずあり得ないでしょう……」
スランは、さも当然のように言った。
「しかし、それでは話が違う!」
ジーンが目を見開いて怒鳴った。
「あの女は返してもらいますよ? 魔導士様!」
「まぁ、落ち着いてください。ジーン殿。私はあなたの昇進は約束しましたが、私の上司に掛け合うなど一言も申してはいませんよ? 大丈夫ですよ、私の言うとおりにすれば……」
ジーンは、スランがト・ウフー帝国上層部の魔導士たちに掛け合って、自分を昇格させ、安全な後方へ任地を変えてくれると期待していたようだった。その期待をぶち壊されたジーンは、怒り狂っていたが、
「分かりました。補給線を狙いましょう!」
スランは、自らの発する言葉のなかに魔法を仕込んで、この作戦がとても素晴らしいとジーンが思い込むように誘導し、説得した――半日かかったが――。その後すぐに、ジーンは大隊の下仕官たちを集め、意見を求めた。
「……で、諸君はどうすべきだと思うか?」
「確かに、敵軍と正面から激突すれば、我々は壊滅するでしょう。私は補給線のみを狙う作戦に賛成いたします」
やせ細った初老の下士官、ヨーグルが補給線潰しに賛成した。
「ヨーグル殿のおっしゃる通りだと本官も思います。しかし、我が斥候部隊は、今までジーン副隊長の命令で敵本体の動向のみを探ってきました。そのため、敵の補給線がどこにいるのか、補給部隊にどの程度の護衛が付いているのかを調べる必要があります」と偵察隊の隊長、ドーサン。
「なら、斥候の数を三倍にして、敵補給部隊を襲うのに好都合な場所も調べて下さい。斥候の数が足りなければ、他の部隊から目端の利く兵士を引き抜いて、あなたの配下に加えていただいて構いません」
スランがドーサンに許可を出すと、ジーンは何か言いたげにスランを横目で睨んだ。
(真正面から戦っても負けるに決まっているのだから、手元に兵士を残して置いても意味はない。それだったら斥候を増やして情報を集めればいい。まぁ、情報処理が大変になるだろうが……)
そう思うと、スランは自軍がいかに頼りないのかを思い出し、逃げ出したくなった。
「はい、魔導士様。了解いたしました……」
ドーサンが、スランに対して満足げな表情を浮かべて答える一方で、ジーンは不満げな表情をスランに向け続けていた。
この会議の三日後、敵の補給部隊が、ト・ウフー帝国と東の連合国家の間で唯一存在する峠道を少数の護衛と共に通過したと斥候が知らせてきた。スランは騎馬隊の隊長に敵補給部隊を潰すように指示を出しに向かった。
北方の遊牧民族特有のがっしりとした体格を持つグル=ズッキニは、同じような体格の部下たちと馬の世話をしながら話していた。この騎馬隊はト・ウフー帝国が北方の騎馬民族と契約して雇い入れた傭兵部隊である。
「グル隊長、敵補給部隊を潰してください。」
スランが、地図の位置を指で示しながら伝えた。
「了解……」
それだけ言うと、グルは部下に素早く指示を出し、あっという間に出撃していった。
「彼らは我々と違い、有能で勇ましいですな。羨ましいことです……」
ヨーグルが、いつの間にか後ろに立っていた。
「ええ……。ところで、ジーン殿以外の仕官の皆さんは、どこにいらっしゃるのですか? 赴任してから一度も見かけませんが……」
スランがこの大隊に赴任してから抱いていた疑問をぶつけた。
「大隊長殿は、大隊の増強を願い出るために帝都に向かいましたが、新たに編成される大隊の指揮官になるそうです。他の貴族の坊ちゃんたちは、この部隊が最前線を担うことになったので引き上げましたよ……。ハハハ……」
そう言うと、寒さで萎びた初老の下士官は、天幕に入っていった。スランは、この部隊そのものがト・ウフー帝国の上層部から見放されていることを実感した。その一方で、平民出身のヨーグルが貴族に対して自分と似たような不満を抱いていると確信し、ト・ウフー帝国の体制そのものに不安を覚えた。




