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 天使に助けてもらうという幸運は、その後、全く起きなかった。東の連合国家へ侵攻したト・ウフー帝国軍が壊滅した一か月後、スランは仕事の成績が悪いため、噂通り戦地に放り出された。


 赴任先の最前線の大隊本部の天幕には、ト・ウフー帝国の帝都から最低でも十日はかかるはずだったが、スランは出発してから六日後の夕刻にたどり着いた。この大隊は侵攻部隊の予備役として国境線に置かれていたが、一か月前から東の連合国家の軍勢に押しまくられて西へと後退していた。侵攻部隊が壊滅してからト・ウフー帝国では新たな軍勢の編成を開始したが、スランが帝都で見た限り、全く進んでいなかった。


 大隊長を拝命しているはずの貴族は不在だったため、副隊長のジーンという恰幅のよい平民出身の将校に着任の挨拶をした。ジーンは、魔導士ならば、連れているはずの美人の使い魔が見当たらず、当初は怪しんでいたが、何か思いついたようで、笑顔で話し始めた。

 

「帝都から、はるばるご苦労様です。天幕を用意いたしましたので、あちらでお休みください」



 にやにや笑いながら、ジーンはスランに天幕を指し示した。


「わざわざ、ありがとうございます」


「いえいえ、とんでもない事でございます。魔導士様……」

  

 スランは、ジーンが自分のことを監督官として派遣される魔導士と同等の存在だと勘違いしているのだと思った。年に数回、軍の視察に来た魔導士によって、部隊が評価されるのだ。


 スランが用意された天幕に入りしばらくすると、黒い髪の美しい女性がうつむきながらやってきた。ト・ウフー帝国の貴族以下の階級に属する全ての者たちにとって、支配者階級である魔導士に、袖の下を渡して評価を上げて貰うのは当然の行為だ。十中八九、ジーンが手配したのだろう。


 スランは警戒しながら彼女を見ていると、不思議と何処かで会ったような気がした。彼女が、顔をあげるとそれは確信に変わった。

 

「あなたは……!」


 彼女が自分を助けてくれた天使だと気づきスランは驚愕した。美しい女性もスランの顔を見て、目を見開いたが、それはかつての深い湖の底のような青い瞳ではなく、アメジストのような透き通る紫色に変わってしまっていた。


「どうして……?」


 スランが仰天して尋ねた。


「私は東の連合国家の捕虜になり、翼を切り落とされた後、敵兵士の中に放り込まれました」


 目を伏せながら、彼女は他人事のように淡々と語り始めた。


「解放された後、この国に戻って参りましたが、私のような捕虜になってしまった天使は、上級魔導士たちから堕天使と呼ばれ、穢れたものとして扱われるのです……」


「そんな……」


「私は天使としてではなく、最下層の人間としてここにいるのです。戦闘があれば、最前線で戦い、夜は……」


 ここまで言うと、かつてト・ウフー帝国の人々から慕われていたはずの元天使は、表情を変えずに、ボロボロと涙を流し始めた。


 天幕に沈黙が訪れ、外界から悲鳴や嬌声が聞こえてきた。


「あなたをここから救い出します……」

 

 スランは暗い顔で静かに伝えた。無表情のまま、目から液体を流し続けている恩人を見つめながら……。


                 2


 翌朝、スランは天幕から出ると、ジーンがニヤニヤしながら近づいて来た。


「昨夜、私が手配した女はどうでした? サーシャは上玉だったでしょう! お楽しみになれましたか?」  


 ジーンは、元天使のことを最下層の人間だと思っているのだろう。手柄顔でスランに尋ねた。


「ええ、とても。それで、相談があるのですが……」

 

スランも、にこやかに話を持ち掛けた。


「何でしょうか?」


 ジーンの顔には、微かに期待と困惑の入り混じった表情が浮かんでいる。


「彼女を私に下さい」


「……」


 ジーンの顔から困惑の表情が消えた。


「それはちょっと……。兵士たちも彼女で楽しんでいますんで……。その、士気に影響が……」

 

 ジーンがブツブツ言い始め、狡そうな目をスランに向けた。スランはその意味を理解し、考えながら話し始めた。


「では、こうしましょう……。もし、彼女を私にくれれば、あなたが出世するために便宜を図ります。いかがですか?」


「そこまで言われては、断れませんなぁ……」

 

 満足そうに笑いながら、ジーンは二つ返事でスランの提案を受け入れた。兵士の士気の問題は他の女性兵士を使えばいいと考えているのだろう。東の連合国家との戦いで大敗を喫する前から、相次ぐ戦乱により、ト・ウフー帝国の男女比は三対七で女性の方が圧倒的に多く、女性も徴兵されている。彼女らを使うつもりなのだ。


 スランは、他の女性兵士にしわ寄せがいくだろうと予想できたが、サーシャさえ救えれば、満足だった。


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