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虜囚

                1


(まさか、誤算だった……。橋を燃やすときにサーシャが結界の外に出てしまったとは……)


 戦場から南に一日ほど行軍した場所に、ト・ウフー帝国のナメ砦が存在する。これはト・ウフー帝国が、アブラゲー公国との国境地帯に築いた砦だが、今は東の連合国家の遠征軍とト・ウフー帝国との同盟を破棄したアブラゲー公国軍によって占領されていた。スランは、ここの地下牢に繋がれ、拷問を受けていた。


 椅子に縛り付けられたスランは、両手の爪を全て割られ、指を全てへし折られても声一つ出さなかったが、両耳を切り落とされ片目を焼き鏝で潰されると、ついに悲鳴を上げた。


「もうやめてくれ!! 頼むからもうやめてくれ……」


 スランは泣きわめいて許しを乞うたが、いきなり金槌で顔を横殴りにされた。拷問官たちの間で何事か話し合われ、彼らが光源を持って出ていくと部屋は暗闇に支配された。一人残されたスランは、しばらく呆然としていたが、やがて血肉と歯の欠片を吐き出しながらヒステリックに笑い始めた。


(怒り狂い、傭兵どもの顔を焼くのに夢中になって、魔力を無駄に消耗するとは……。間抜けすぎる……)スランは自嘲しながら、戦場で起きたことを思い出し始めた。


(命令通り、橋を燃やすことには成功した……。サーシャとガドもポータルで逃がしたというのに、自分は逃走に失敗するとは……)


 スランは、傭兵に捕まって乱暴されていたサーシャを助けた後、空間転移装置であるポータルに飛び込んで逃げ出そうとした。しかし、ガドとサーシャをポータルによって生じた空間の裂け目へ放り込んだ瞬間に、肩に衝撃を受け、次の瞬間には地面とキスしていた。衝撃から覚めると、肩に激痛が走り、ふと見ると結界を突き破ったと思われる槍が深々と刺さっていた。集中力が切れ、ポータルと結界が完全に消えると、傭兵たちに罵られながら、殴る蹴るの暴行を受けて、気を失ってしまった。


思い出すうちに、スランはサーシャに対する恨み言を心の中で吐き始めた。


(あんな天使崩れなんか、助けなければよかった。あいつを去年の冬に助けてから、悲惨だった人生がさらに酷くなった……。奴隷以下の扱いを受けていたサーシャを助けるためにジーンと取引した結果、彼の昇進のために戦場で戦って焼死しかけた……。その後は、サーシャの剣術稽古につきあって、打ち身だらけにされた。挙句の果てに、尻軽連隊長閣下に捨て駒にされて拷問されている……)


 スランは、しばらくサーシャを心の中でこき下ろし、罵倒し続けていたが、彼女と初めて出会った時のことを思い出し、自分を責めた。


(周りからバカにされ、貶されていた自分を助けてくれた恩人に対して、何ということを……)スランは、自己嫌悪に陥りながら、どのように行動すれば良かったのか反省を始めた。


(そもそも、あんな女連隊長の命令なんか、聞かなければ良かった。さっさと逃げてしまえば……)と思って、首を振った。(いいや、ダメだ。逃げられない……)


 ト・ウフー帝国の魔導士は、帝都ニガリの地下に存在する魂保管所に自らの魂の一部を残すことが決まりになっていた。魔導士たちが残した魂は上級魔導士によって管理され、帝国を裏切った魔導士は、帝都に残る魂を破壊されて廃人になる。これは、魔導士の裏切りや逃亡を防ぐための処置だった。


(では、どこで間違ったのか……)


 口の中から歯の欠片を吐き出しながら、思考していると、傭兵に絡まれてからサーシャの動きが鈍くなったことを思い出した。


(そうだ、もっとサーシャのことを気遣っていれば良かったんだ……。もっとサーシャのことを思いやっていれば……。そもそも、私と再会する前のサーシャに乱暴した傭兵が中央軍にいたことを私が知っていれば……。え?)


スランは、後悔しているうちに、何かが頭に引っかかった。


(サーシャは捕虜交換の後、ずっとジーンの部隊にいたはずだ。あの傭兵どもはジーンの部隊にいなかった……。では、あの傭兵どもは、いつサーシャに……?)


 そのとき、扉が開く音と同時に、眩い光が牢獄の暗闇を追い払った。スランの視界は黒から白へと急激に変化し、目を傷めつけた。


「よぉ、魔導士様、ご機嫌は如何かね?」


 スランが眩しさで片目を細めながら見ていると、サーシャに絡んでいた傭兵が拷問官を数人連れて目の前にいた。


(こいつが目の前にいるということは……)


 スランは、何か釈然としなかったが、恐らく目の前にいる傭兵は東の連合国家の息がかかっているのだろうと推察した。


「お前は、東の連合国家に仕えていたのか?」


 スランが尋ねると傭兵は笑い始めた。


「あぁ、そうだよ、魔導士様」


「なら何故、彼女に声を掛けた? 正体がバレたら周りの傭兵達に血祭りに挙げられたかもしれないのに……」


スランの問いに傭兵はニヤリとすると答えた。


「中央軍の後方にいた傭兵部隊は、半分以上が東の連合国家の配下だったのさ。もちろん、あんたが集めた部隊もね」


「では、何故、私の命令に従っていた? 橋をさっさと確保すれば良かったじゃないか。そうすれば、ト・ウフー帝国軍は逃げきれず、東の連合国家は橋を渡ることができたのに……」


 ニヤニヤ笑いながら聞いていた傭兵はスランの問いかけを途中で遮って話し始めた。


「まぁ、色々あるのさ、東の国々にもね。さぁ、今度は俺たちがアンタに質問する番だぜ。ト・ウフー帝国軍の総数及び兵力配置と魔導士の秘密、そして鉄について洗いざらい話してもらおうか、魔導士様よぉ」


 スランは、ニヤニヤ笑っている傭兵を無言で眺めた。


「急に黙りやがったか。まぁ、いいや。おい、さっさと始めろ」


 拷問官たちがスランを椅子から起こし、鎖付きの鉄製の手枷と足枷がはめられ、手枷に付随している鎖が天井から突き出たフックに掛けられると拷問官たちは引っ張り始めた。徐々に両手が天井に向かって上がってゆく。しばらくするとスランの体も上がっていった。足枷をよく見ると、その鎖の端は床の鉄板に溶接されていた。スランの体がこれ以上伸びなくなると、拷問官たちは手枷の鎖を床にある留め金に固定した。


「よし、棘付きの鞭で魔導士様の背中を打て、()()ができるようになったら俺を呼びに来い」クソ忌々しい傭兵は、拷問官に命令すると、さっさと部屋を出て行った。


 拷問官たちは無言で彼が出ていくのを見送ると、拷問官の一人がスランの背後に回り込み、棘付きの鞭でスランの背中を打ち始めた。鞭打ち十回目までは耐えていたが、皮が裂けて肉が露出した背中にアルコール臭のする何かをかけられて、スランは激痛のあまり絶叫した。


                  2


(誤算だった。まさか、ラフティー・ラムーの手下がト・ウフー帝国の中央軍に交じっていたとは……。私の邪魔をするために……)


 カトル・モモノは、執務室として使用しているナメ砦の一室で歩き回りながら、状況を整理していた。騎兵師団長の報告では、和平の旗を掲げた敵の傭兵が現れ、伝令部隊と高級将校だけが知らされる合言葉を叫びながら近づいてきたそうだ。毎日変更される合言葉を……。さらに不可解なのは、白旗を掲げた傭兵が角笛を鳴らすと騎兵師団の一部が即座に傭兵を護衛したことだ。しかも騎兵部隊に護衛された傭兵がラフティー・ラムーの書状を騎兵部隊の将校が騎兵師団長に渡した……。騎兵師団長は、この書状が、本物かどうか見分けがつかなかったため、攻撃を中断し、遠征軍司令部にいるカトルに書状を持たせた伝令を送った。この無駄な時間が、青銅の小札鎧で身を固めた騎兵たちに、橋を確保する機会を永遠に失わせた。


(ラフティーの野郎が、この遠征を妨害することは予測しておくべきだったのだ。しかし、まさかラフティーの手下が魔導士を捕らえるとは……)


 カトルは急に立ち止まると顔を上げた。


(もう過ぎてしまったことは仕方がない。橋を焼かれたのは痛手だが、ト・ウフー帝国はソイミル河から東側、つまり国土の四分の一を我々に実行支配されている……。ト・ウフー帝国は相次ぐ敗北で国力が払底し、今回の敗北と同盟国の裏切りによって士気は下がっているはずだ。向こうから和平交渉を提案するように仕向ければ……)


 カトルは、当初の目的通り、ト・ウフー帝国を弱体化させ、侵略戦争を起こす気力を失わせることに成功するかもしれないと思い始めた。


(ラフティーめ、お前の思い通りにはさせんぞ……)


 ト・ウフー帝国を自領に併合し、東の連合国家内での立場を強化しようとしているラフティーの思惑を阻止しなければならなかった。そのためには、できるだけ早くト・ウフー帝国に和平交渉のテーブルを用意させる必要がある


 カトルは、アブラゲー公国軍を率いて北上し、ナメ砦に進駐してきたサー・ナリド・マレ将軍にアブラゲー公国の通行権を要求し、その交渉が終わり次第、アブラゲー公国側からト・ウフー帝国へと侵攻することを決めていた。


(マレ将軍が通行権と引き換えに何を要求してくるのか、そしてアブラゲー公国が裏切った場合の対応をどうするかの二点が重要だな……)


 カトルは、ト・ウフー帝国を平然と裏切ったアブラゲー公国と、その不敗の名将と謳われる日和見主義者のマレ将軍を信用していなかったが、通行権を要求している場所は平地で罠を仕掛けづらい上に、裏切り行為を続ければ、周辺国からの信用を失うという点で、裏切られることは無いだろうと踏んでいた。


(とは言え、アブラゲー公国でソイミル河を渡る際には細心の注意を払う必要があるな……。裏切られる可能性もある……)


 カトルは、部屋の外に配備されている衛兵に、自軍の将軍達を連れて来るように命じた。


                  3


 最後に拷問を受けてからどのくらいの日数が過ぎたのか、光が入らない暗闇の中に閉じ込められたスランには分からなかった。鞭で打たれた時の姿勢のまま、永遠に感じるほど長い間放置されていた。物音も聞こえない……。スランはどんなに拷問されても、ト・ウフー帝国と魔導士の情報は何一つ話さなかった。棘付きの鞭で体中の皮をズタズタにされた後、拷問官たちに、歯を全て砕かれ、腱を切られた上に鼻も削がれても、泣き喚くだけで情報を吐かない捕虜に対して、あの傭兵は興味を失ったようだった。


(死ねないというのは、こういう時に不便だな。痛くて苦しいのに死ねないとは……。痛みで気が狂いそうだ……。あ、そうか情報を全てあのクソ野郎にぶちまければ良いのか。いや、ダメだ。そもそも魔導士の秘密なんて知らないし、ましてやト・ウフー帝国軍の作戦や部隊配置なんて私は知らない……、鉄の鋳造技術なんてもっと分からない。それに裏切って廃人にされるのもやだなぁ。そう言えば、どうやって魔導士が裏切ったのか分かるのかなぁ?)


「ハハハハハハハハハハハハ……」正気を失ったスランは狂ったように笑い始めた。しばらくすると、小走りでこちらに向かってくる足音が聞こえ、直ぐ近くで金属のこすれる音が聞こえ始めた。急にドアが開くと光がスランの目を刺し、痛みでスランは呻いた。


「うるせえ、黙れ!」地下牢の看守が怒鳴った。「何を笑っていやがる、この肉塊が!」看守はスランに向かって怒鳴り散らしながら、鞭で滅茶苦茶に打ち始めた。


 スランはしばらく笑い続けていたが、鞭で何十回も打たれていくうちに、激痛で気絶した。


 鞭で打たれてから何時間、何日経過したのかは分からなかったが、意識が戻った。まだ廃人にはなっていないようだと心の中で自嘲気味に笑っていると、暗闇の向こうから様々な音が聞こえてきた。主に、悲鳴と金属の擦れる音だ。しかもその音がどんどん近づいてくる。


「もうやだ、やめてくれ……。もうこれ以上は……。やめてくれ、やめてくれよぉ、やだよぉ……。来ないでくれぇ……。放っておいてくれよぉ……」


 あのクソ忌々しい傭兵が、新しい拷問方法を思いついたのではないかと思ったスランは、恐慌に陥り、涙があふれ、小便をもらしながら、力のない、かぼそい声で懇願していた。物音がすぐ近くで止んだ。次の瞬間ドアが蹴破られ、世界に光が満ち溢れた。


「スラン! 無事ですか!?」はっと息を飲む音が聞こえた。「何て酷いことを……。私のせいでこんな目に……。ごめんなさい、スラン……。本当にごめんなさい……」


 光で何も見えないが、どこかで聞き覚えのある声だ。その声は後悔と悲しみに溢れていた。それでも、ここに来てから一度も感じたことが無いほどに心地よい響きだった。そう思った瞬間、スランは何も分からなくなった。


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