作戦失敗
1
スランはアーニン連隊長の命令を受けて、未だに寝返っていない傭兵部隊を掌握するために中央軍後方で奔走していた。ジーンの連隊の残りは結局のところ、アーニンの連隊に吸収され、スランは連隊長の任を果たさずに済み安堵した。しかし、ほっと胸をなでおろす事ができたのは、アーニンの口から次の命令が出るまでの一瞬でしかなかった。
「魔導士スランは中央軍の再建を図り、後方の橋を友軍が渡りきるまで維持しなさい。そして渡り終わったら橋を焼き払いなさい」
この命令にスランは耳を疑い、発狂しそうになった。
「こんな命令果たせるわけがない! 滅茶苦茶だ! 既に中央軍では寝返り、逃亡、投降が相次ぎ、こちらの命令など聞くわけがない! それに私には人望などない、立派な騎士様でも送り込むべきだ!」
スランは抗議したが認められず、アーニンから無視された。
渋々、中央軍後方に向かったスランは、必死に噓八百を並べ立てて、確保した傭兵部隊がギリギリまで逃走、造反しないように心を砕いていた。
「本当に契約金の十倍くれるのかよ?」
「本当です。私はト・ウフー帝国の魔導士です。嘘は申しません……」
「本当に橋の近くで待っているだけで、大金くれんのかぁ?」
「ええ、ええ、本当です。事実です。私は司令官閣下から直接命令をうけたのです。嘘は申しておりません……」
橋を眺めているだけで、戦わなくていいから、敵軍がきたら逃げてもいいし、降参してもいい、という条件で大金を餌に、後方にいた傭兵部隊を何とか掌握した。ト・ウフー帝国の正規軍が茶色の皮鎧で統一されているのに対して、傭兵どもは装備がバラバラで何も防具を身に着けていない者もいれば、青銅でできた小札鎧を着ているものもいた。
(まずい。とりあえず数を集めたが、何の役にも立たない……。アーニン閣下に殺される……)
スランは何気なく横を向くと、隣に付き従ってくれているサーシャの顔が強張り、血の気が引いているのを見て不思議に思ったが、ガドに後方を警戒するように命じたとき、サーシャに話しかけてきた傭兵の言葉で、その理由を理解できた。
「よぉ、ねーちゃん、あの夜は楽しかったなぁ。へへへ、何だぁ、今じゃ魔導士様の湯たんぽになったのかぁ?」
サーシャは何も答えず、体がブルブル震え、顔が蒼白になっていた。
「何か御用で?」スランは傭兵の目をこちらに向かせた。
「いやぁ、用って程の事でもねぇけど。その女が少し前に仲間とやった女だったから、魔導士様の近くにいるのが気になってよぉ」
「多分人違いですよ。彼女は私が魔導士になってから、ずっと私のそばにいて助けてくれていますから。二十年位前からね」
「いや、そんなはずは……」
「謝っていただきましょうか」
「はぁ? 何を?」
「彼女に不名誉極まりない言葉を投げつけたことですよ……」
スランから濃厚な憎悪と殺意があふれ出し、吐き出される言葉にも険悪なものが感じられると、傭兵は焦り始めた。
「分かった。謝るよ、謝ればいいんだろ」ふざけた態度で適当な謝罪をすると、傭兵は仲間の元に戻りこちらを見ながらブツブツ始めた。
(はぁ、どうしていつも後先考えずに余計なことを言ってしまうのか……。これからが大変なのに……)スランは自分の軽率な発言を後悔し始めた。傭兵を一つにまとめ、橋を守らなければならないときに、傭兵に不平不満を抱かせる原因を作った自分に腹が立った。
そのとき、大勢の人間が近づいてくる地響きに続いて、右翼軍の方で爆発音が聞こえた。
2
東の連合国家の左翼は、未だに指揮系統が機能しているト・ウフー帝国軍の右翼に攻撃を仕掛けたが、頑強な抵抗により膠着状態に陥っていた。膠着状態に陥ってから一時間後、カリリトから投石器の準備ができたことを伝えられたカトルは、左翼軍を後退させ、新兵器の威力を試すことにした。しかし、作戦はうまくいかなかった。左翼軍は命令通りに整然と後退を始めたが、同時に敵軍の右翼軍も急速に後退してしまったからだ。
「なっ!?」カトルは目を疑った。あの弱卒で覇気が無いことで有名なト・ウフー帝国軍がこんなにも素早く撤退するとは思ってもみなかった。投石器から放たれたカリリトの新兵器が、敵右翼の頭上で爆発し、右翼よりの敵中央軍の傭兵部隊に甚大な被害を与えることに成功したものの、敵正規軍に甚大なダメージを与えることはできず、新兵器によって功績を立てることはできなくなってしまった。
カリリトに攻撃を中止させるために伝令を送り、銅鑼を鳴らして全軍に追撃命令の合図を出した。橋を奪取し、ト・ウフー帝国軍の息の根を止め、早期講和により、ト・ウフー帝国を弱体化させるために……
3
スランが守る橋に向かって、ト・ウフー帝国の右翼軍全軍と東の連合国家の騎兵の大軍が押し寄せて来た。傭兵達は話が違うと大声でスランに抗議を始めたが、自分の身を守るため東の連合国家の騎兵部隊と戦い始めた。しかし、敵騎兵部隊は防御力の低い箇所を的確に攻撃しながら飛ぶように橋へと向かってきた。
(まずいな……)周りを見れば、かき集めた傭兵部隊が次から次へと寝返っているのを見てスランは舌打ちした。
(傭兵どもめ!)スランが心の中で悪態をつきながら、身を守るために小さな結界を張っていると、ようやく混戦を抜け出したト・ウフー帝国の右翼軍が橋を通過し始めた。
ト・ウフー帝国軍が逃げ出すのを見た傭兵部隊が、自分達を取り囲もうとしているのを見て、スランは冷や汗をかき始めた。アーニン連隊長の命令で、ト・ウフー帝国軍が橋を渡り、撤退が完了したのち、木製の橋を焼き払えと命令されていたが、敵兵を抑えながら、命令を果たすのは次第に難しくなりそうだった。
(畜生、こんな命令出しやがって!)
敵の攻撃を防ぐために膨大な魔力を消費して、結界を維持しながら、ト・ウフー帝国右翼軍の大部分が橋を渡り終えるのを見たスランは、火打石で火種を生み出し、結界を維持するために使っていた魔力を火種に注ぎ、ブツブツ呪文を唱え始めた。数秒後、結界の範囲を狭めながら、自分のすぐ後ろに存在する橋に向かって、魔力を充填した火種に息を吹きかけた。
(命令は果たしましたよ。女連隊長閣下……)心の中で恨みがましく、悪態をつきながら、橋が轟轟と音を立てて燃え落ちるのを確認したスランは、逃げ出す準備を始めた。呪文を唱えると、スランは指から白い光を出しながら、目の前の空間に魔法陣を描き、空間転移装置であるポータルを展開した。そのとき、何かに気付いた。
(あれ、サーシャ様がいない……)傭兵達の方に向き直り、サーシャが乱暴されているのを見たスランは、今までため込んでいた怒りが爆発した。




