Awake:82 剣聖の懺悔①
八章です。
※アイク視点。
【終わりの魔女】との決戦の日時が決まった。
いつ世界が滅ぼされるか分からない以上、魔女を討伐するのは可能な限り迅速でなければならない。
しかし、それは準備を怠るというという意味ではない。
俺は勇者として必要なスキルは全て習得出来たと自負している。
ここまでの日々は決して楽なものでは無かったが、手にした力は無駄になることはないだろう。
それに俺は信頼出来る仲間が出来た。
ティアナ、アミィ、ラッシュ。
彼らが共に魔女と戦ってくれるというだけで、俺は勇気付けられる思いだった。
そんな決戦を控えた二ヶ月前、俺はたった一人でとある場所を訪れていた。
そこは帝国の端に位置する山々だった。
木々ない岩だらけの荒れた山肌。
空が近いせいだろう。見上げた夜空には、満天の星々が煌めいている。
こんな草木も生えない山の中腹に、俺はわざわざ足を運んでいた。
その理由は、とある人物を尋ねる為だ。
岩肌を進んでいると、視線の先に明るい薪の火が見えた。
そして、その明かりに照らされポツンと建てられた山小屋の姿が浮かび上がる。
こんな俗世から離れた秘境に建てられた見ずぼらしい住居。
俺は懐かしい面持ちで、小屋に向かって歩いていった。
小屋の前で焚かれた火。
その薪の前で俺を出迎えるように、老いた男が胡座をかいていた。
「久しぶりだな、アイク。しばらく見ない内に、良い顔付きになった」
俺を見たその老人は、穏やかな表情でそう言った。
そんな彼に、俺は頭を下げる。
「お久し振りです、師匠。元気そうで安心しました」
「お前もな、アイク」
俺の挨拶に、老人はそう笑みを溢した。
そんな彼の容姿は、まるで仙人そのものだ。
長く伸びた髪と顎髭は、真っ白に色が落ちている。
彫りが深いその顔立ちは、シワまみれでありながらも精悍で、巌のような力強さを感じられた。
しかし、そんな雰囲気とは裏腹に、彼はボロボロの古着に身を包み、手作りであろう草履を履いている。
そんな浮浪者のような身なりの中、腰には立派な鞘に納められた一振りの剣を差していた。
遅れたが、この人物の紹介をしよう。
この老人こそ、俺の師匠にあたる男。
かの高名な『剣聖』・エルザールである。
一見浮浪者の身なりだが、剣の腕前は間違いない。
彼が腰に下げている剣が、彼の実力を証明している。
月照剣・デュランダル。
俺が持つカリバーンと同じ、七聖剣の一つに数えられる一振りである。
そんな聖剣に選ばれる程の師匠。
彼の『剣聖』という異名は、畏怖と共に大陸中に知れ渡っている。
何も随分昔の戦争で暴れまわったことが、この『剣聖』の名を各国に広めた原因らしい。
今思えばとんでもない人の弟子になってしまった。
ただの田舎者だった俺には、『剣聖』なんてまさに別の世界の人間だったと言うのに。
俺がそんな事を考えていると、師匠が口を開いた。
「そうか。お前がここに来たということは、遂に討って出るということか……」
「はい。【終わりの魔女】の討伐は、二ヶ月後に決まりました。出発する前に、一度は師匠に挨拶をと思いまして」
「やはりか……」
そう呟いた師匠は何を思ったのか、静かに揺らめく炎に視線を向ける。
そして、彼はおもむろにその口を開いた。
「アイク、覚えているか? 俺がこの場所で、お前に剣を教えた時の事を――」
「はい。今でもハッキリと思い出せます。何度もボコボコにされましたからね」
俺は苦笑しながらそう言った。
すると、師匠は少しだけ声のトーンを落として呟いた。
「分かってたとは思うが、正直俺はお前を弟子にするつもりは無かった。ゼウルス――あいつからの頼みだとしても、あの時の俺は二度と弟子を取る気はなかったんだ」
「……」
師匠が初め、俺を突き放すような態度をとっていたことは知っている。
師匠とは古くからの友人であるゼウルス陛下は、勇者である俺に剣を教えてやってくれと頼んでいた。
断りはしなかったものの、師匠は俺を進んで弟子にするつもりは無かった。
だが、俺はそんな彼に何度も挑み、その諦めの悪さから最終的には師匠が折れる形で、俺は弟子として認められた経緯があった。
それが今からおよそ三年前の出来事だ。
「お前も薄々気が付いてるんだろ? 俺が弟子を取りたがらなかった理由をよ」
師匠の言葉に、俺は素直に頷いた。
「俺が弟子になる前にも、師匠には弟子がいたんですよね?」
「……ああ、そうだ。俺にはお前以前に、一人だけ弟子がいたんだ」
二度と弟子を取らない。
そう言っていたことからも、師匠にもう一人弟子がいたことは推測出来た。
「アイク、丁度良い機会だ。ここでお前に、俺のもう一人の弟子の話をさせてくれ。まあ、大した話しじゃない。ちょっとした老人の昔話だ」
師匠の手にはいつの間にか酒瓶が握られている。
俺は薪の前に腰を下ろし、師匠の昔話とやらに耳を傾けることにした。
まるで懐かしむように炎の赤をジッと見つめ、師匠はポツリと語りだす。
「昔、俺には一人弟子がいたんだ。つまり、お前は二番目の弟子ということになるな」
俺の兄弟子にあたる者。
その人物について師匠は続けて語る。
「……凄い才能の持ち主だった。あいつは剣の才能だけなら、お前以上の怪物だった」
俺以上の才――あらゆる才能を持つ俺の『固有魔術』すら凌ぐ剣の使い手。
「その人は、そんなに凄かったんですか?」
「凄かったなんてものじゃねえよ。あれは俺の目から見ても異質過ぎた。『剣聖』なんて称号が虚しくなっちまうくらいに、あいつの剣は美しかった」
師匠の地獄のような修行を耐え抜き、俺は剣の腕を磨いた。
そんな俺以上の腕を持つ人物。
あの『剣聖』を持ってしても、そこまで言わせる圧倒的才能。
まるで想像も付かない。
「アイク、田舎者のお前でも聞いたことくらいあるだろ? 帝国に轟く『紅剣』の異名をよ」
「名前だけは何度か聞いたことがあります。もしかして、その人が師匠の一番弟子だったんですか?」
「ああ、そうだ。紅のような真っ赤な髪に、俺すら凌ぐ圧倒的剣技。いつしか人はあいつを『紅剣』と呼んだ」
紅のような真っ赤な髪。
悲しそうにその炎に視線を落とし、師匠はその名前を告げた。
「『紅剣』・ネルファ――それが死んじまった弟子の名前さ」




