Retrace:81 私の決断
誕生日の翌日のことだった。
私の部屋は今、ピリピリとした緊張感に包まれていた。
目の前には、セレンとネルファが立っている。
彼らが真剣な表情で私を見ている理由は、昨日リッカから送られてきた手紙の続きだった。
てっきり彼女が送ってきたのは、誕生日のメッセージとプレゼントだけだと思っていた。
しかし、今日になってセレンがその続きを手渡してきたのだ。
「何でセレンは昨日プレゼントと一緒に渡してくれなかったの?」
「昨日は姫様のお誕生日でしたので、リッカからは絶対に渡すなと」
「そんなの別に気にしないのに」
どうやらセレンは、リッカからこの手紙だけは誕生日プレゼントと一緒に渡すなと指示されていたようだ。
確かにこの手紙の内容は、とても誕生日に渡すようなものではない。
昨日私の手に渡らないように手配したのは、リッカからの心遣いということだろう。
まあ別に私はこれを誕生日に渡されても、何とも思わなかったと思うけど。
その手紙に書かれていた内容とは――
『先日帝国政府が、勇者アイク並びに同盟連合軍の旧エルタシア王国領への侵攻を発表しました。世界同盟は本気で、【終わりの魔女】討伐に乗り出したようです』
という、かなり真面目なものだった。
いつもなら書面の上でも特徴的な口調なのに、今回だけはリッカも真剣な感じである。
「はぁ……魔女討伐なんて、面倒なことをしてくれるわね。どうせなら私が勇者召喚に成功してからにすればいいものを」
「全くですね。姫様の研究の邪魔でしかありません」
溜め息をついた私に、セレンもそう頷いた。
「そもそも何で帝国は自分から戦おうとするのよ。私がこうして身を隠している以上、自分達は安全なんだって分からないのかしら?」
「仕方ないです。彼らは私達とは違って、何も知らないのですから」
そんなセレンの台詞に、私は言った。
「じゃあ今から私が『侵攻やめて』って言ったら、彼らはやめてくれるかしら?」
「ノルン様、それは流石に無理かと」
「まあそうよね……」
ネルファの言葉に、私はガックリと肩を落とした。
いきなり私が魔女の力と情報を教えても、寧ろ逆効果でしかないだろう。
『何を言ってるんだ』と思われるのがオチだ。
セレンやネルファと話し、この魔女討伐は今更止められないものだと理解した。
私はうんざりしながらも、リッカが手紙と一緒に送ってきた資料に目を落とす。
「『総勢三百万の連合軍を分けて派遣し、魔女の塒を攻め落とす』って、ここにはそう書いてあるわね」
リッカが一緒に送ってきたのは、魔女討伐に関する作戦資料。
帝国の極秘資料そのものを、彼女は渡してきたのだ。
こんな情報まで入手出来ちゃうなんて、リッカって凄いわね。
「でも、総勢三百万の兵って嘘でしょ……? 何ヵ国に渡って兵を集めてきたの?」
「おそらく同盟国以外とも協力してでしょうから、三百万という数字はそれこそ大陸中の兵士の数かと」
セレンがそう言うと、ネルファが横から言った。
「いや、こういうものはかなり誇張して書かれている筈だ。戦に従事する人数は確かに三百万かもしれないが、実際に兵と呼べる者の数はもっと少なくなる筈だぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。数が三百万と聞けば、兵達の士気は上がるからな。本当の兵数は大体二百万くらいと思っていいだろう」
「それでも二百万ですか……」
ネルファの言葉に、セレンはそう呟いた。
確かに二百万でも凄い数字よね。
流石に得意分野だけあって、軍事についてはネルファは随分詳しい。
その点セレンはメイドだから、戦争の知識は私と同程度だろう。
何年か前まで戦場に立っていたネルファと私達では、そもそも比べられるようなレベルには無いんだけどね。
「でも兵の数を集めたところで、彼らは本当に勝てると思ってるのかしら?」
「思っているからこそ、今回出兵を決意したのでしょう」
「だよね」
勝てる見込みがあるから、こうして侵攻するんだろうし。
でも、本当に勇者アイクと三百万の兵で勝てると思っているなんて、私達からすれば正気を疑うレベルである。
セレンは言った。
「勇者アイクとその仲間。同盟の連合軍。これ以上ない戦力を揃えてきたということは、彼らは今回で決着を付けるつもりなのでしょう」
「それだけ本気ということね」
本気で世界を救おうとしているのは分かるけど、後先は考えてなさそうだ。
三百万人も動員してくるくらいだし、今回の戦いに全てを賭けているということだろう。
「それで、姫様はどうするおつもりですか?」
そんなことをセレンが尋ねてくる。
とりあえず、私は答えた。
「こうなってしまえば、流石に今まで通りにはいかないわ。私達も何かしらの手は打たざるを得ないでしょうね」
「つまり我々も出兵するということですか?」
「ネルファ、ちゃんと話を聞いてから発言しなさい。貴方も分かってるでしょ? あんな相手に出兵したところで、何の意味も無いって」
三百万もいるのよ?
私達がちょろっと兵なんて出しても何の意味もない。
「それじゃあ、一体どうするんですか?」
ネルファの質問に、私は一言で答えた。
「私が戦うわ」
「ま、まさかノルン様自身が戦いの場に赴くなど……!」
何でそんなに驚いてるのかしら。
引きこもりも必要なら外に出るのよ?
「姫様、考え直しませんか?」
セレンが真面目な顔でそう言ってくる。
彼女は私が戦いに出ることが心配なのだろう。
「いつかは戦うと分かっていたことよ。それが思ってたよりも早くなっただけでしょ?」
いつかは戦わなければいけない日が来るのは分かっていた。
欲を言えば、私が勇者様を召喚し終えてからが理想だったんだけど。
「それに相手は、私の力を一番恐れている筈だわ。だからこその判断よ」
相手にとって一番の脅威とは、五年間も姿を隠してきた私である。
だからこそ私が出るべきなのだ。
けれど、セレンとネルファはまだ浮かない表情をしている。
「大丈夫よ、二人とも。今の私は無力だった昔とは違うわ。五年間みたいなことには絶対にならない」
私は断言した。
かつての私はどうしようもなく無力で、勇者様と多くの人達の協力によってその命を救われた。
でも、今はあの時とは違う。
私には力がある。
自ら人生を切り開けるだけの力が。
「引きこもるのは今日で終わりよ。目にもの見せてあげるわ!」
私は決意と共にそう声を上げた。
ずっと脅威から隠れ、とある国の城の一室に引きこもっていた。
私の存在を知る者は一握り。
世界同盟も偽勇者達も、誰も私の存在を知らない筈だ。
エルタシア王家唯一の生き残り。
五年間に勇者様に救われた娘こそ、この私なのである。
「それじゃあ、これから貴方達に作戦を伝えるわ」
作戦と言っても、現段階だとざっくりしたものしかない。
私は言った。
「結界を通過して王国領内に入った偽勇者達の動向は、逐一リッカが教えてくれる手筈になってるわ。そして私達は、その彼女の報告に沿って動くことになるわね」
同盟連合軍の大まかな動きは、リッカの送ってきた作戦資料を読めば分かる。
しかし、勇者アイクとそのパーティーの動向だけは、この場にいないリッカの報告が頼みなのだ。
そんな偽勇者の動向を前提として、私達は動く必要がある。
そのことを踏まえた上で、私は目の前の部下達に各々の役割を伝えていく。
「まずはネルファ」
「は、はい!」
「多分だけどあの偽勇者達、結界の一つすらも満足に破れないだろうから、その時は貴方が先に行って手伝ってあげなさい。こっちのことは気にしなくていいわ」
「分かりました、ノルン様」
「セレンは私について来なさい。今回の場合、敵の事を知る貴方が適任よ」
「はい、姫様」
「ラム、貴方は留守番よ。私の研究成果が詰まったこの部屋だけは、何がなんでも守って頂戴ね」
ラムはコクリと頷いた。
そして、自分の分裂体を渡してきた。
「自分の代わりに連れてけってことね。心配してくれてありがと、ラム」
私はラムを優しく撫でる。
自分は留守番を担当するから、せめて分裂体は連れてって欲しいということだろう。
この手のひらサイズの分裂体なら、簡単に持ち運び出来そうだ。
「それじゃあ、さっさと戦いの支度をしましょう。世界を賭けた戦いのね」
勇者と魔女の戦い。
それは世界の行く末を決める戦いだ。
けれど、あの偽勇者は相手にならない。
それが分かり切っているからこそ、私自ら戦う決断を下したのだ。
さあ、いこう。
世界の表舞台へ――。
この話で七章終了です。
主人公がようやくストーリーの表舞台に立ち、次章からは遂にメインの魔女討伐編になります。
序盤はアイク視点で進行する予定です。




