Retrace:77 転移魔術の完成
来た! 遂にこの時が来た!
今の私は最高に興奮していた。
「ふふふふふっ! あははははっ!」
「ノルン様!? 一体どうなされたんですか!?」
私が高笑いを上げていると、慌ててネルファが部屋に滑り混んできた。
心配する彼女を他所に、私は興奮をそのままに口にする。
「遂に! 遂に完成したのよ! オリジナルの転移魔術がね!!」
「そ、そんな! 本格的に転移魔術の研究を初めてから、まだそれほど期間は経っていない筈! いくらノルン様と言えど……!」
驚愕するネルファに対し、私は鼻を鳴らす。
「甘いわ! 今の貴方はオリーブオイルより甘いわ!!」
「あの、オリーブオイルは全然甘くありませんが……」
ネルファの冷静なツッコミ。
それに私は腕組みをして答える。
「ネルファ、貴方のそういうところがいけないわ。私が言いたいのはね、とにかく甘いってことなのよ!」
「あっ、はい」
何かを諦めたように、ネルファは素っ気なく返事をする。
そんな彼女に向かって、私は更にふんぞり返った。
「転移魔術も所詮は魔術。私の手に掛かればどうってことは無かったわ!」
転移魔術。
そう呼ばれる魔術は昔から存在した。
空間魔術という大枠に分類されるそれは、物体を空間移動によって別の場所に移動させるというものである。
そして、私はそんな魔術を研究し、遂にオリジナルの術式を編み出したのだ。
「それで転移魔術が完成したとのことですけど、それは本当なんですか?」
ネルファの質問。
それに対し、私はニヤリと笑う。
「見たい? 見たいのね? そこまで見たいっていうなら、特別に今から見せてあげなくもないわよ?」
「は、はぁ……。ノルン様がそこまで言うなら、是非見てみたいですけど……」
何だか私とネルファの間には、かなりテンションに差がある気がする。
まあ、そんなことはどうでもいっか!
「完成した転移魔術を見せるのは、貴方が一番最初よ。光栄に思いなさい、ネルファ」
「はい、光栄です!」
「よろしい。じゃあ、早速見せてあげるわ」
私が手に取ったのは、近くにあった空間魔術の専門書だ。
今からこれを転移させて見せようじゃないの。
「さあネルファ! 刮目しなさい! 私の華麗なる転移魔術を!」
私は声高に叫んだ。
ゴクリとネルファが息を呑む音が聞こえた。
私の周囲を魔力が揺らめく。
そして、転移魔術は一瞬にして発動した。
「――成功よ! ほら、私の右手にあった本がいつの間にか左手の方に!」
「す、凄い……んですかそれ?」
あれ? ネルファの反応が微妙だ。
「凄いでしょ? え? これ凄くないの? ネルファの反射神経を持ってしても、この本の移動は見破れないのよ!?」
「まあ確かに、本は右手から左手に瞬間移動していましたが……うん……」
やっぱりネルファの反応は芳しくない。
まさかインパクトが足りないのか?
私が首を傾げていると、扉がノックされた。
そして、部屋に入ってきたのはセレンだった。
「姫様、何だか騒がしいようですが、どうかしましたか?」
「セ、セレン! 丁度良いところに来たわね!」
まるでタイミングを見計らったような登場だ。
私はそんなセレンに向かって泣き付いた。
「ねえセレン聞いて! ネルファが馬鹿なの! 私の魔術の凄さを全然理解してくれないの!」
「その言い方は酷いです、ノルン様ぁ!」
私の直線的な物言いに、ネルファがショックを受けている。
折角一番最初に転移魔術を見せてあげたのに、そんな反応する方が悪いのよ。
そんなネルファは放っておいて、私はセレンに向かって言った。
「あのね、セレン! 私、ようやくオリジナルの転移魔術を完成させたの! でもそれをネルファに見せても、いまいちリアクションが悪かったのよ!」
「そうでしたか。では、私にもその転移魔術を見せてくれませんか?」
「良いわよ。しっかり見てなさい」
私は頷き、セレンの前で転移魔術を再び使った。
右手にあった本が、左手に転移した。
それを見たセレンは言った。
「……マジックですか?」
彼女のその一言で私の心は折れた。
「ラム、私の味方は貴方だけよ……」
私は丁度傍にいた従魔のラムに寄りかかった。
スライムとしての弾力性に富んだその身体はスベスベで、私の傷付いた心を癒してくれているようだった。
「酷いわ二人とも……。私、頑張って転移魔術を作ったのに……」
滅茶苦茶高かったテンションが一瞬で急落した。
今の私はまるで鎮火された跡の木炭のようだ。
ラムの上で俯せになっている私に、セレンが尋ねてきた。
「それでさっきのマジック……ではなく魔術は、本当にオリジナルの転移魔術なんですか?」
「そうよ。見て分からなかったの?」
「全然分かりませんでした」
私の言葉に、セレンはきっぱりそう言った。
「そう。ネルファも分からなかったのよね?」
「は、はい……。分かりませんでした……」
申し訳なさそうにネルファが項垂れている。
うーん。二人とも分からなかったのね。
「まさかこの魔術の凄さが伝わらないなんて……」
ガッカリね。
必死に研究した成果が認められないなんて。
本を右手から左手に転移させる魔術。
それがネルファとセレンにとっては、ただのマジックとしか思えない程地味だったらしい。
いや、実際地味ではあるんだけど。
この転移魔術にはとても画期的な要素が盛り沢山なのにぃ!
純粋にショックでしかない。




