幕間14 アイクの冒険
帝国の主であるゼウルス陛下に呼び出され、俺は謁見の間に参上していた。
この部屋には、俺を含めた勇者パーティーの全員が集められている。
俺と一緒にいたラッシュとティアナはともかく、軍の情報部に所属しているアミィの姿もあった。
どうやら彼女もパーティーの一員として、しっかりとこの場に呼び出されていたようだ。
そんな俺達の前には、王座に腰掛けるゼウルス陛下の姿があった。
そしてその側には、宰相の地位にある男性が立っていた。
宰相・ワーグナー。
彼はこの帝国において、ゼウルス陛下の右腕として動く人物だ。
その見た目は若々しいが、実年齢は全く予想出来ない。
そんなミステリアスな雰囲気を持つワーグナーは、俺から見ても特徴的な容姿をしている。
スラリとした長身に、線の細い体つき。
真っ黒の長髪が特徴的であり、掛けた眼鏡の奥には怜悧な瞳が並んでいる。
さらにその全身を黒衣に身を包んだ彼は、まるで樹木の影のような男だった。
俺は彼とは直接的な接点は薄いが、ゼウルス陛下の信頼が厚いことからも、見た目よりも謎めいた人物ではないのだろう。
そんなワーグナーは、陛下の隣で俺達に向かって口を開いた。
「わざわざこの場にあなた方をお呼びしたのは他でもありません。【終わりの魔女】の討伐に関して、ようやく具体的な話がまとまったからです」
「……!」
俺は思わず息を呑む。
ここに勇者パーティー全員をわざわざ呼んだ理由は、この話をするためだったのだ。
「ワーグナー、そこから先は余の口から話そう」
「かしこまりました」
恭しい振る舞いと共に、ワーグナーはゼウルス陛下に話を引き継ぐ。
そして、陛下は言った。
「魔女討伐では、各国の連合軍として総勢三百万の兵を動員することとなった。これは同盟諸国に加え、協力を申し出てきた非同盟国の兵数も加えた数である」
「三百万人も……ですか!」
あまりの兵数に、俺は驚きを隠せなかった。
この数は大陸中のあらゆる国が協力してくれなければ、到底集められない程の数である。
全ては【終わりの魔女】を殺し、世界を滅びから救う為に――。
それはつまり、多くの国同士がその垣根を越えて協力してしまえる程、この世界は魔女に危機感を募らせているということの表れだった。
そんな総勢三百万人という数字に、俺以外の仲間達も唖然としている。
ティアナも事前に聞かされてはいなかったのか、とても驚いた表情をしていた。
そんな俺達を玉座から見下ろし、陛下は口を開く。
「まあ三百万といっても、それだけの兵を一度に動かすのは骨が折れる。よって、軍を三つに分けることにした」
三百万人もの人間を一度に移動させるのは難しい。
それを指揮するのは更に困難だろう。
「三つに分けた軍はそれぞれ日を空けて出陣し、第一陣、第二陣、第三陣と、順に旧エルタシア王国領へ侵攻する。分かっているとは思うが、第一陣はお主が旗頭となるのだぞ、勇者アイクよ」
「……はっ、承知しております!」
陛下の重い声音を浴び、俺はそう言葉を返した。
第一陣の旗頭が勇者である俺ということは、その結果は軍の今後に強く影響するということだ。
かなりの重責を感じる。
しかし、これは勇者として俺が背負うべきものだ。
「それで具体的な出陣の時期だが、今日から三ヶ月後に決定した。これは同盟諸国との協議を重ねた結果の日取りだ」
「三ヶ月後ですか? 些か早急ではありませんか?」
陛下の威厳に怯えながらも、俺はそう口にした。
すると、横からラッシュが言う。
「いや、早過ぎるってことはないぜ。本格的に冬が来る前に、旧エルタシア王国に侵攻するのは当然の判断だからな」
「その通りだ。冬場の戦ともなれば、兵への負担は通常よりも多くなる。それにいつ世界が滅ぼされるか分からぬ以上、魔女との戦いは早いに越したことはない」
陛下はそう言った。
確かに冬の行軍ともなれば、寒さ対策が必要となるだろう。
それに道中での積雪も考えられ、厄介事が多くなるのは予想出来る。
だからこそ、三ヶ月後。
今は夏の初め。
そこから三ヶ月後ともなれば、すっかり季節は秋の終わりだ。
「とにかくこれは既に決定したことだ。アイクよ、三ヶ月後に備え今以上にその腕を磨いておくのだぞ? そなたはこの世界に残された唯一の希望なのだからな」
「はっ!」
王座から浴びせられた言葉の重みに、俺は強く言葉を吐いた。
「魔女討伐の詳細な段取りについては、追って伝えることにする。お主ら、もう下がってよいぞ」
ゼウルス陛下は俺達にそう告げて、謁見の時間は終わった。
◆
「皆様、少しお時間よろしいですか? 私の口から報告したいことがあります」
謁見の間から退出した俺達の中で、そう口を開いたのはアミィだった。
そんな軍服姿の彼女を前に、俺は首を捻る。
「報告したいこと?」
「はい。報告というのは、トワリアル地下迷宮で出会ったあのセレンさんについてです」
セレンさん。
それは俺達と迷宮の十層まで共に潜った、謎の多いメイドの女性だった。
アミィは俺達よりも一足先に帝国に戻り、彼女について調べてくれていたのだ。
「……話してくれ」
俺がそう言うと、アミィはコクリと頷いた。
「トワリアル地下迷宮から帰り、情報部の方で冒険者登録された記録や、エルタシア王国の過去の記録を探ってみました。ですが、結局セレンさんに関する有力な手掛かりはありませんでした」
「そうか……」
「引き続き情報部が調べていますが、あまり期待出来なさそうなのが現状です。セレンという人物の身元は全くの不明で、少なくとも生活拠点は同盟国内には無いものと思われます」
セレンさんと出会ったのは、この帝国から随分離れたトキリス公国だ。
この帝国の周辺では、彼女の痕跡は無くて当然だろう。
「力になれず申し訳ありません、アイク様。情報部としても、セレンさんをエルタシア王国の生存者であると仮定して調査を進めてきました。ですが、旧エルタシア王国の出身者に関する資料自体が殆ど無く……」
俺達の力になれないことを悔いているのか、アミィは俯きながらそう言った。
そんな落ち込む彼女をフォローするように、ティアナが横から口にした。
「エルタシア王国が魔女に滅ぼされてから、もう五年以上も経っているのです。他国の人の記録までは残ってないでしょうし、こればかりは仕方ないことですよ。そうですよね、アイク?」
「ああ、調べてくれただけでも俺は感謝している。流石に情報部と言えど、他国の一個人まで特定するのは難しいだろうしな」
「すみません。結局、セレンさんが何者なのかは分からないままになってしまって……」
「良いさ。アミィは頑張ってくれたんだ」
「……アイク様、ありがとうございます」
こんな慰め方で良いのかは分からないが、アミィの表情には少しだけ柔らかさが戻っていた。
そんな彼女に向かって、今まで黙っていたラッシュが口を開いた。
「それでチビッ子、話はそれだけなのか?」
ラッシュからチビッ子と言われ、一瞬ムスッとした表情をしたアミィだったが、彼女は改めて俺達に言った。
「いえ、もう一つだけ重要な報告があります。セレンさんに関する情報はありませんでしたが、以前お話していたエルタシア王国の姫に関する情報ならば残っていました」
「え? 本当!?」
ティアナがビックリした顔をする。
エルタシア王国の姫とセレンさんの繋がり。
それを最初に示唆したのはティアナ自身なのだから、その反応も仕方ないだろう。
「それはセレンさんの主人である可能性が高い、旧エルタシア王国の姫のことだな?」
「はい、アイク様。実際に調べたところ、確かにかつてのエルタシア王国には、魔術の才媛と呼ばれていた一人の姫が存在しました」
「その人は……」
アミィの言葉に、俺は身が引き締まるような緊張を覚えた。
セレンさんの主人である可能性が高い人物。
そして、【終わりの魔女】の手から逃れたであろう数少ない生存者。
これからアミィが告げるその姫の名は、【終わりの魔女】に関する重要な手掛かりのような気がしたのだ。
まるで全貌の見えない魔女という存在に、一筋の光を差し込むように――。
アミィはその姫の名前を告げた。
「その姫の名はソフィア――ソフィア・フォン・エーデル・リアス・エルタシア。稀代の天才魔術師と謳われた、エルタシア王国第一王女です」




